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    gt_810s2

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    gt_810s2

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    ※現パロ銀高
    ※小学生
    ※高杉くんの体が弱め
    たぶん続きます

    いちど護ると決めたから 記憶に残る限り一番古い印象は、ヘンなやつ。
     最初に剣を合わせた後の感想は、ウザいやつ。
     数年の時を過ごして得た感情は、バカなやつ。俺が。

     諦めが悪くて強情で人の話を聞きやしない。悪いところなんて挙げようとすればいくらでも出てくる。そりゃあどっかの国にあるゴミ山よりも高く高く積み上げられちまう自信がある。ほっときゃいいのはわかってる。だからバカなやつなんだ、俺は。

    *****

     春風が桜の花びらを小川へ運んでいる。枝から勇気を出して飛び上がって宙を舞い、くるくる電柱を避けて周りの木々や草花からも逃れてようやくたどり着いた水面で一息ついた薄紅色たちは、水流に沿ってすいすい川を下って行った。一枚、また一枚と集り群れとなって進んでいく姿はまるで花の絨毯。ぴったりくっついて緑道を流れる水を埋め尽くすのを見ていると、裸足で慎重に踏み込めば上を歩けるような気がする。たとえばそう、真夏のふかふかの雲を眺めればみんなそこで寝そべって昼寝が出来るんじゃないかと考えるし、秋に土手の下を埋め尽くした一面のススキを見つけたら合間を縫って頬を擽って貰ったら気持ちいいだろうなんて想像するし、冬を迎えて暫くしてから窓の外が雪でまっ白になっていたらザクザク音をたてて埋もれたら温かそうだなんて、妙なことが浮かぶもんだ。そういうのと同じ。陽を浴びて輝く花びらの下は何が混ざっているかわからない濁流だと知っていても惹かれてしまう。
     みてくれだけで引き寄せられることというのはいくらでもあるもんだ。だから俺もきっと、そう。気の迷いってやつ? 春はぽかぽかしてるし気も抜けがちだ。花粉で頭がぼーっとしてることもある。だから集団下校で並んで嫌いなヤツと手を繋いで手の中が汗ばんでいるのも気の迷い。だって口を開かなければ隣を歩くクラスメイトは存外可愛い顔をしているんだ。つまらなそうな重たい目蓋下の瞳は、陽射しを受けて若菜色をしている。滑らかな頬の横にある鼻はすこし低くて小鼻がちいさい。への字をしている唇は長さがないからちょこんとついているみたいで、見ているとどうしようもなく心の中が擽られたみたいになる。砂利道を一歩進むごとに汗は増える。傷の少ない青いランドセルにちょっかいを出すと、ぎろり、と視線だけで怒りを訴えられた。

    *****

     高杉は俺が通う剣道教室に後からやってきた。違う学区から来たという高杉はいの一番に、先生をやってる松陽に「お前は強いのか」と聞いた。聞けば高杉は自分の学区にある小学校に通っていなかったらしい。私立の大学付属小に通っていたが問題を起こして転校を考えており、自分たちが暮らす学区の小学校へ編入させ噂がたつのを恐れた両親が生活範囲をずらすために教室には連れてきた。その二週間後ぐらいだったろうか、同じクラスの隣席を高杉が陣取ることになったのは。
     松陽は誰とも仕合わなかった。教室で一番長い俺だけの特権で、初日から松陽に突っかかるあいつの姿を見て、端的に言えば俺はムカついたのだ。だから高杉の相手を買って出た。高杉はひとつも怯まなかった。それどころか何度打ち負かしても傷を増やしても絶対に稽古を休まなかった。途中で、明らかに俺がつけたのと違う傷を作ってくることもあった。なのに、一度も。俺たちは毎日毎日喧嘩した。はじめは確かにムカついた。けど、いつの間にか俺は楽しいなんて思いはじめていたんだろう。高杉が来るのを待ち望んで、少しでも遅れてくるとイライラした。あいつが来なくなったら追っかけまわしてぶん殴りに行ってやろうなんて、そう思うほどに、俺はあいつと稽古する時間を大事にしていた。
     それに気付いたのは、高杉と出会って三ヵ月が経った日のこと。

    「一本!」

     審判役の仲間が声を上げると同時に、俺と高杉の間で恒例となった試合を見守っていた連中はわあっと声をあげて駆け寄ってきた。よくやった、すごいよお前、どんな稽古をしたんだ、筋力は変わったか、銀時って弱点はあるのか、俺にも勝てるかな、なんて、さまざま。その頃はまだ見学に来ていただけだった桂も驚いていた。高杉の紹介――――と言っていたが、今思えば勝手について来たんだろう。そう、その日は桂までも驚いた顔を見せた。高杉のことを俺よりは知っていた筈の、桂でさえも。
     ざわめく教室の中で高杉は大きく口をあけて笑っていた。周りも嬉しそうにしていて、悔しかったのは俺だけ、それが気に食わなくて怒鳴る声すら明るさの中に溶かされていくみたいな、そういう時間だった。だから俺はよく覚えている。祝いムードが充満した空間で気が緩んだ高杉が膝から崩れ落ちた、その瞬間の衝撃を。動揺を、血の気が引く感覚を。もう立ち上がらなかったら、剣を合わせられなかったら、あの笑顔を見ることが出来なかったら。だってやっと見つけた本気でやれる相手なんだ。勝ちたいと負けたくないがいっしょくたになって、あいつしか一人しかいないと思えたんだ。歯を食い縛ったり睨みつけたりするだけじゃない、そういう顔も出来るんだって、もっと笑えばいいのにって、これから沢山見られるかもしれないって、期待したのに。
     自分でも驚くぐらいの大きな声で高杉を呼んだ。狼狽える仲間の間に割り込んで、咄嗟に松陽が呼んだ救急車が到着しても絶対に離れなかった。あいつが目が覚めるまで、いや、絶対に目を覚ますその瞬間に「明日も来いよ」と絶対に伝えたかったからだ。

     救急車の中、高杉の呼吸は、ハッ、ハッハッ、ハッ、と不均等なリズムで浅く刻まれた。合間合間で眉間に皺が寄り白くなっていく肌の上には汗が滲む。ぴくりと時折動く指に力は感じられなくて少し重たかった。救急隊員が何やら処置をはじめて俺は隅に追いやられたが隙間から見える高杉からは目を離さなかった。どうしようもなく無力な俺は、ただ見つめるしか出来ずにいた。

    *****

     高杉が目を覚ましたのは存外すぐ、病院に到着して一時間半ほどが経ってからだった。
     消毒液の臭いが鼻をつく病室の中に高杉はひとりぼっちで眠っていた。すぐに連絡はついた代わりに行きつけの病院だからあとは主治医に任せると言った母親の代わりに、俺は松陽と二人で高杉を待った。ベッドから徐に体を起こした高杉は特に驚きもせずに布団を眺め、稽古の時と同じく真っ直ぐに俺を見つめて「いたのか」と呟いた。松陽が親が来ない事情を説明してもがっかりする様子はない。昔からこうだ、無理をするとすぐに倒れる。両親ははじめ過保護だったようだが、言うことを聞かない高杉に飽きれてもう何も言わないんだと言う。きっと、たとえば教師とか近所のおばちゃんとか、周りの大人も何も言わなかったんだろう。
    「晋助、私はその話を聞いていませんでしたよ」
    「言ってないから、当たり前だろう。そもそもこんな面倒な体質、知ってたら入塾を許可もしてない」
    「晋助。……黙っていたことを怒っているんじゃありません。貴方が私たちを信用してくれていなかったことが悔しいんです。長時間の稽古が難しいと知っていたら、休憩を挟んで取り組むことも出来た。心拍数が急激に上がらない方がいいのかとか、寧ろ君の入塾を認めるために詳しい話を聞きたかったんですよ」
     松陽の広い手の平に包まれて、高杉の肩は更に小さく見えた。無表情だった瞳は上目蓋に丸みを帯び、ぱち、と、高杉が一度瞬きをした。唇が一瞬だけへの字から動いて、解けかけた指先がぎゅうと拳を再びつくる。「いいのか」と、さっきと一文字違いの言葉を呟いた。それはきっと高杉がはじめてする、自分が自分でいいのかという問いだったように思う。松陽はにっこり笑って頷いた。俺はただ黙ってそれを見ていた。伝えたかった言葉は呑み込んで、なんだか泣きそうな気持ちになったまま立ち竦んだ。本当は俺がその肩に手を置きたかったのに、目線を合わせて言葉をかけたかったのに、あいつと同じ、ただの子供の俺には何も出来なかった。俺があいつを護らなきゃいけない。松陽の方が頼りになるかもしれないが、松陽が目の届かない時間の方が多いのだ。だからあいつが無理をしないように、また倒れないように、俺が護る。万が一そうなったって、一番に駆け付けるのは俺であるように。

     あの日俺は、そう誓ったんだ。
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