カウチポテトパリパリと軽い音が室内に響く。音の主はソファに転がり、ガサガサと袋を漁ってはまたパリパリと音を立てる。
そんな光景を見たことがなかったクラウスは驚いた。少なくとも、彼がするものではないと思っていた。ザップならともかく。
しかし、悪くはない。たまの休みだ。自由に過ごせばいいし、レンタルの映画を見るのもいい過ごし方だ。そのお供や姿勢など、それこそ当人の自由ではないか。
「いらっしゃい、クラウス」
クラウスが声をかけるより早く、部屋の主がクラウスを歓迎した。ただし、カウチに寝転がったまま、視線は画面を向き、ビール瓶と菓子の袋を手放さず、だ。
「何を食べているのだね?」
「ん?ポテチだよ」
「ぽてち」
「え?知らない?ポテトチップス」
「あぁ、それなら知っている。ポテチと略すのかね」
「うん。君もどうだい?あんまり食べたことないだろ、こういうの」
クラウスは怠惰に寝そべるスティーブンの足元に腰を下ろそうとした。広々とした高価なソファは、スティーブンが寝そべってもまだクラウスが座れる余裕がある。すると、こっちにこい、と頭の側へ呼ばれた。
クラウスが座るのを確認するなり、スティーブンはそのままずりずりと匍匐前進してクラウスの膝に頭を乗せた。世界一高級な膝枕だ。
テーブルの上にはあらゆる味のポテトチップスとビールが並んでいる。
「おすすめは?」
「入門編としては、やっぱり塩かコンソメじゃないかな。ブラックペッパーもいいかもな」
「ふむ。それは?」
「えーっと、チリチーズ味。なんか期間限定だって」
スティーブンの言葉を聞き、クラウスは塩味の袋を探し出して開けた。塩味を口に入れる前に、スティーブンが差し出したチリチーズ味を1枚咥える。
「辛い」
「だよな。結構辛い」
そう言いながらスティーブンはチップスを口に含み、ビールを煽った。ソファのすぐ傍に、ご丁寧にもクーラーボックスを用意し、中にビール瓶が詰まっている。スティーブンは怠惰な動作で長い腕を伸ばし、その中から1本を選んで、クラウスに渡した。
「あー、ちょっと待ってくれよ。この辺に、栓抜きが・・・」
「いや、構わない」
「へ?」
クラウスはスティーブンから受け取った瓶の栓に前歯を引っ掻け、がっと引いて栓を外した。野宿でもあるまいに、そんな野性的な真似をしなくても。
「・・・意外とやんちゃだよな、君」
「だとしたら君のお陰だと思うのだが」
「それもそうだ」
スティーブンはくすくすと笑いながら、テレビ画面に視線を戻した。画面の中では広大な宇宙をバックに、巨大な宇宙船が航行している。
「SFかね」
「そう。アクション映画とかさ、なんかもう、素直な気持ちで見れなくて」
「何故だね?」
「だって、現実の方が迫力あるし」
「なるほど」
「でもまだ、宇宙には行った事ないからさ」
「夢がある」
「そういう事。ま、異星人と異界人はあんまり変わんないかもしれないけどな」
それでも力技で物事を解決するヒーロー映画よりは、不測の事態を知恵とその世界観独特の技術で解決するSFの方が、まだフィクションとして見れるのだとスティーブンは言う。
スティーブンは空になったポテトチップスの袋をゴミ箱に押し込んで、油のついた指を舐めた。
「時々、さ」
「うむ」
「こういう、ジャンクなもの食べたくなるんだ」
「そうか」
「それで、こうやってごろごろソファに転がって、ビール飲んで、部屋散らかして、何にもせずに怠惰に過ごしたくなる。なんか、そういう駄目な自分が必要になるって言うか・・・」
「なるほど」
「・・・幻滅、した?」
「何故?」
「だってこんな、格好悪い俺、見たくなかっただろ」
クラウスはぱちぱちと目を瞬かせた。確かに、普段の凛としたスティーブンとは全く異なる姿だ。しかし、だからと言って幻滅するなどとんでもない。
「君は、いつも私に悪い事を教えてくれたではないかね」
「うーん・・・」
「これもそうだ。ギルベルトは決して教えてくれない、私が今まで知らなかった休日の過ごし方だ。とても魅力的ではないかね」
「魅力的かなぁ?」
「まだ君について知らない事があったとは。君はどこまでも私を魅了してやまない」
「こんな事で」
「つまるところ、君と一緒であればなんでも楽しいのだ、私は」