Present for you.「クリスマスったって、俺らにゃ関係ねえな」
ハンクは鼻の頭を赤くして、寒さに身を縮めながら言った。
「そうですね」
コナーも同意する。この寒さの中、缶コーヒーで暖を取りながら張り込みをしているというのに、クリスマスもなにもないものだ。
そもそも、変異したばかりのコナーはクリスマスの正しい意味すら理解していなかった。キリストの誕生を祝う日、という辞書に載っているような文面は知っているが、家族や恋人と過ごす特別な日、というものはまだよくわからない。
廃屋の一室から向かいのラブホテルを見張る。そんな定番中の定番の張り込みで潰れるクリスマスも、コナーには別に何の感慨も沸かないものだった。
「そもそも、非番だったのにな。悪いな、復帰前のお前まで付き合わせて」
「いえ、復帰した時の予行演習だと思えば」
「そうか」
コナーは今、デトロイト市警への復帰を待っている身だ。時勢はアンドロイドと人間の共存を叶えるため、様々な準備を整えている。この年末年始、政府とサイバーライフは死ぬほど忙しいだろう。
その影響もあって、反アンドロイド派の過激化が進んでいる。つまり、アンドロイドのひとり歩きは危険だ。コナーはほとんど家から出ない日々を送っていた。
クリスマスイブに奇跡的な非番を得たハンクに、たまには外に出よう、と連れ出されたのが午後4時ごろ。散歩をして買い物をして外で食事でも、なんて話をしていたものの、途中で見つけた指名手配犯の顔にそうはいかなくなってしまった。
レッドアイスの売人のひとりだ。大量のドラッグを流して相当に稼いでいたはずだが、質素倹約で目立たない行動をとり続けていたせいで中々尻尾を掴めなかった。取引ひとつとっても、すれ違いざまにスリの要領で受け渡しを行うという徹底ぶりだった。
「クソ野郎でも、クリスマスは女と過ごすんだな」
「アンドロイドですけどね」
所謂、成人用のアンドロイドと共に男はホテルに入っていった。レッドアイスで荒稼ぎした金の使い道としては、かなりお粗末だろう。
「朝まで出て来ねえだろうな」
「・・・人間の男性というのはそんなに持久力があるものですか」
「アンドロイドってのは情緒がねぇな・・・」
「?」
ハンクはやれやれと肩を竦めて、冷めた缶コーヒーを飲み干した。この気温は人間であるハンクには応えるだろう。治安の悪いダウンタウンの廃墟は、窓も割れていて気温は屋外と変わらない。
「缶を捨てるついでにトイレに行ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
コナーは手を振ってハンクを見送った。どうせ朝まで動きはないだろう、とハンクは言っていたが、一応見張っておく必要がある。コナーはホテルの入口に視線を戻し、窓枠に頬杖をついた。
今日はクリスマスで、街は随分賑わっている。コナーと同じように感情を持って初めてのクリスマスを過ごす変異体も多いだろう。昼のワイドショーでも、そんな家族にいい一日を送ってもらいたいのだ、と笑っている一家が映っていた。
人間、とくにアメリカ人にとって今日は特別な日のはずなのに、こんな日に犯罪を起こす輩もいる。いや、こんな日こそ犯罪率は上がり、警察は忙しくなる。人間は不思議だ。
気付けばハンクが出て行って、一時間近くが経とうとしていた。あまりに遅い。恐らく、近くの店舗にトイレを借りに行ったはずだ。この時間ならコンビニぐらいしか開いていないか。大通りに出たところにあったはずだから、すぐに戻ってくるはずなのに。
探しに行くべきか?いや、今自分がここを離れるのは・・・、ハンクにも迷惑がかかる。休職中とはいえ捜査専門アンドロイドとして、張り込みひとつできないようでは名折れだ。
そうだ。買い物をしているのかもしれない。コーヒーを飲み終えて、夕食も質素なサンドイッチだったし、これから徹夜となればお腹がすくだろうから。
そうこう考えているうちに、ホテルから男がひとり出てきた。間違いない。あの男だ。アンドロイドはおらず、ひとりきりだった。
どうする?逡巡は、あってないようなものだった。
【容疑者を追跡する】
目の前の指示に従う以外に選択肢はない。コナーはハンクにメッセージを送りつつ、すぐに廃屋の裏口から外に出た。表から出れば、警戒心の強い男に気付かれる可能性がある。こんなボロ屋から出てくる人物なんて、どう考えても怪しい。
コナーはゆっくりと男の背後に近づいた。このまま捕まえても良かったが、できれば穏便に行きたい。コナーは今、捜査権を持っていないのだから。
「すみません」
年の瀬のデトロイトは寒い。雪がちらつく中、コナーは男の肩に手を置いて呼び止めた。とにかく時間を稼ぎたい。できれば、ハンクが戻るまで。
「落とし物を探していて、この辺りでこのぐらいの、箱を見ませんでしたか?プレゼントなんです」
今日はクリスマスだ。一番尤もらしく、緊迫感のある嘘だろう。正面から向き合った男の顔をもう一度照合して、間違いなく指名手配犯であることを確認する。
「知らないな」
「そうですか。あなたも、これから大切な人とクリスマスを?」
「・・・あ、あぁ」
コナーはちらりと男が持っている荷物に視線をやった。茶色いありふれた紙袋だ。ドラッグが入っているようにも、札束が入っているようにも見えない。だが中身をスキャンすれば、その両方だとわかる。
「残念だなぁ。こんな時間にプレゼントを買い直せるような店はどこかありませんか?」
「知らねぇよ。アンドロイドの分際で、一丁前にクリスマスだなんて気取ってんじゃねえ。さっさと失せろ」
もうすぐ日付が変わるような時間だ。開いているのなんて、コンビニかファーストフード店ぐらいだろう。だが、コナーの目論見は見事成功した。
「アンドロイドだってクリスマスぐらい過ごすさ。なぁ、コナー」
男がコナーに中指を立てるのと同時に、男の後頭部には銃口が突き立てられていた。コナーはにこりと笑う。勿論、ハンクに。
「差別的な発言はよろしくねぇな。署でゆっくり話聞くか?」
「は?何の話、」
「残念だったな。てめぇが取引した奴がとっくにゲロってんだよ」
それを聞いた途端、男は踵を返し、ハンクを突き飛ばして逃げ出した。だが、こちらはコナーがいる。ただのドラッグの売人如きが、最新鋭アンドロイドから逃げきれるはずもない。
コナーはすぐさま男に追いつくと、近くに止めてあった車のボンネットに両手をついて身体を浮かせ、見事な飛び蹴りを決めた。頬がへこむほどの衝撃は、流石に堪えただろう。男が持っていた紙袋からはレッドアイスと現金が零れていた。現行犯決定だ。
「悪かったな、遅くなっちまって」
ハンクは男の背中を押さえつけて手錠をかけながら、コナーに謝った。
「いえ。何事もなくて、良かったです」
確かに、トイレに行っただけにしてはあまりにも遅いから心配していたのは事実だが。
すると、ハンクはコナーに布の塊を差し出した。一見すると布の塊だが、それはどうやらフリース素材のマフラーと帽子のようだった。一見して安物だとわかる、ノーブランドの品だ。それこそ、スーパーやコンビニの片隅でも売っているような。
「ハンク、これは・・・」
「お前にプレゼント買ってやろうと思ってたのに、このクソ野郎のせいで台無しになっちまったからな」
「プレゼント」
「クリスマスにはプレゼントが付き物だろ?安物で悪いな。今度もっといいの買ってやるから、今日はこれで勘弁してくれ」
もうコンビニぐらいしか開いていないのだ。ハンクは喚き散らして抵抗する男の背中を思い切り蹴って黙らせていた。コナーはマフラーと帽子を受け取って、寒くもない首と頭を防寒した。
雪がちらついていても、アンドロイドは寒さを感じない。低温による凍結に対する危険信号は出るが、それだけだ。人間のように寒くて耐えられないと思うことはない。だが、ハンクはコナーを人間扱いして、寒さを防ぐようにと教えてくれた。
寒い日には暖炉に火を入れて、分厚い服を着るのが季節感というものだと教えてくれた。だから、コナーはマフラーも帽子も、とても嬉しかった。これはこの季節を楽しむためのアイテムなのだ。
帽子を被れば、こめかみのLEDは隠れる。危ない時代だから、ハンクとの外出もこれを被っていたほうがいいかもしれない。
「ハンク、ありがとうございます。僕、これがいいです」
「そこのコンビニで買った安物だぞ?」
「はい、嬉しいです!」
コナーが笑うと、ハンクは変なやつだな、と苦笑した。男に浴びせる罵声とコナーにかける言葉のギャップが凄まじく、その切り替えの鮮やかさにはコナーも驚いたほどだった。
「日付が変わりました。メリークリスマス」
「メリークリスマス。おら、さっさと乗れ!!」
連絡を入れればすぐにやってきてくれた連行用のパトカーに男を押し込みながら、ハンクはこの状況に酷く不似合いな言葉でコナーに返事をした。
日付が変わって今日は、ハンクが帰ってきたら一緒に食事ができるだろう。今度こそ、クリスマスの仕切り直しだ。出掛けるとロクなことにならねぇ、とハンクは言うだろうから、家で暖かくして過ごそう。勿論、スモウも一緒に。
繁華街のほうから、クリスマスを祝う音楽と歓声が聞こえてきた。ハッピーホリデー!