朝。着替えていた五条悟は自身の異変に気がついた。
(なんだこれ)
心臓の辺りに、そこだけ丸く切り取ったようにぽっかりと穴が空いている。
(ストレスで胃がやられるとか、そういうやつ……?)
伊地知の顔が思い浮かんだ。
ここ最近は上の連中とのやり取りも多かった。それが原因かもしれない。
(ま、後で硝子に診てもらえばいいや)
痛みはなかった。心臓は正常に動いているし、穴は空いているがグロテスクな感じではない。
まだ一人しかいないが、午前中は一年生の授業がある。午後からは任務が数件。教師兼最強の呪術師は今日も今日とて忙しいのだ。
さて、と五条は何事もなかったように着替えを済ませた。
(本当になんなんだろうなこれ)
真夜中。多忙な一日を終えた五条は、自室のベッドに腰掛けながら胸に空いた穴に指を突っ込んでいた。
そこにあるはずの骨や心臓にぶつかることもなく、指はどんどん呑み込まれていく。
(硝子でも分からないとなるとね……)
異常はない。とりあえず様子見。それが家入の回答だった。
幸い、日常生活に支障はない。
二年生を含めた生徒達も、これに気づいている様子はなかった。
(見慣れちゃえば大丈夫でしょ。寝よ寝よ)
指を引き抜き、五条はベッドに横になった。
夢を見ていた。
もう戻れない春の日。暖かな日の光が差し込む教室で親友と呼べる存在と出会った。
そして、あの冬の日。冷たい静寂の中で親友を手にかけた。
心に、ぽっかりと穴が空いてしまった。
忌々しげに目覚まし時計を睨み付ける。
(あー……そういうことか……)
気だるげに身体を起こし、五条は服越しに胸の穴をそっと撫でた。
「寂しんぼはどっちだよ……」
多分、きっと、この穴が消えることはないのだろうと五条は思った。