雨が降る 踏切で奇妙なことが起こると高専に電話があったのは、じめじめとした梅雨の時期で、その日も雨が降っていた。
「行ってくれるか」そう夜蛾先生は教室に俺と傑を呼び出して言った。踏切で何が起こっているのか俺たちも先生も知らされていない状態だったから正直不安だったが、電話の主人はもっと取り乱していて、一体何が起こっているのか知れそうにもなかったのだという。ただ先生は拍手をする人間がいる、いや、人間じゃあないかもしれない、とだけ言った。俺はそこでなぜか嫌な予感がしたが、呪術師はこの世ならざるものを恐れてはならないし逃げてもいけない。俺はそれを思い出し、薄暗い部屋でサングラスを掛け直した。
「傑も行くの? 俺一人でもいいけど?」
「喧嘩をふっかけようとしても無駄だよ。今回は怪異についてよく分かっていないからね。私も行くさ」
俺たちはそんなことを言って、夜蛾先生からもらった地図を持って件の踏切に行った。そこは小さな、電車も数本しか通らない踏切で、しかし地蔵や花束が置いてあり、不穏な空気はあった。残穢もある。それも大量の何かの残穢が。
「どう思う?」
珍しく傑が俺に尋ねた。彼もこの大量の残穢に戸惑っているのだろう。俺はそれに「これだけじゃあなんともね」と言いつつ、地蔵の前にひざまずいた。それは事故の犠牲者を守っているというより、関西圏によくある地蔵盆のもののようだった。ここは関東だから、なぜ置かれているのかは分からないが。この地域が、関西からの移住者が多いのかもしれないけれども。
俺たちはしばらく踏切の周りを動き回った。近所に住む誰かにも話を聞きたかったが、周囲に人はおらず、それも叶わなかった。
そんな時稲光が落ちて、ここに来て初めて踏切の遮断機が降りてきた。カン、カン、カン。警報器が鳴る。なのになぜか傑は踏切の中央にいる。俺はそんな傑の腕を強引に引くが、強く立たれて上手くいかない。「傑!」俺はもう面倒になって彼の頭を数度殴り、ぐったりとした恋人をずるずると引っ張る。その時、ぎりぎりの隙間を警笛を鳴らす電車が通り過ぎてゆき、そして雨が降り出した。ぽつぽつとだった雨は、今は頬を叩くまでになっていた。
「傑、どうしたんだよ、何かに乗っ取られた?」
「あれ……」
傑が指を差す。電車が通り過ぎて、けれどまだ降りている遮断機の向こう側を指差す。そこには見知らぬ大人たちがいて、にこにこと笑いながら俺たちに向かって拍手喝采をしていた。足元はうっすらと消えている。ここにあった大量の残穢は、彼らのものだろう。
「最初にあれを見つけて、取り込もうと思ったんだ。でも駄目だった。反対に吸い込まれそうになったよ。助けてくれてありがとう、悟」
傑が笑って立ち上がる。濡れた頬には、一筋の髪が張り付いていた。
俺たちはその後彼らを全員祓い、夜蛾先生に連絡をして念のため年季のいった呪術師に来てもらうことにした。多分、祓っても祓っても、あの不気味な大人たちは復活することだろうから。そんな予感があった。
「今回、俺たちあんまり役に立たなかったね」
「先遣隊としては役に立ったさ。先生もそれを期待したんだろうしね」
傑はそう言うと、俺の腕を引いて雨が強くなってゆく中、遠くで待たせている補助監督の車へと向かった。俺はその手が冷たいことに気づいて、もしあの時彼を無理やり引っ張らなかったらと、そんなことを思ってぞっとした。
雨が降る。稲光が落ちる。喝采はもう聞こえない。ただ聞こえるのは、静かに当たりを満たす、そんな雨ばかりだった。