タッツン先輩の誕生日にサプライズをしたいんだけど。
マヨイの教室まで一彩を引きずってやってきた藍良がそう口火を切ったのは十一月の最後の日──彼の誕生日からわずか三日後のことだった。
「というと、何かアイデアがあるのですか?」
「うん、あのねェ」
ポケットから取り出したホールハンズのロックを外してトンとひとつ画面を叩くと動画が開いた。二人にプレゼンするために準備していたのだろう。
「これは……巽先輩かい?」
「ですねえ。でも……」
そこに映っていたのは見たことがない衣装を身につけた巽だった。いや、確かに巽なのだが少しばかり幼い顔立ちをしている。
「そう、ソロ時代のタッツン先輩。とりあえず聞いてみて」
はい、と藍良に渡されたイヤフォンを一彩と分け合って装着する。教室のざわめきに混じってすっかり聞き慣れた、けれど聞いたことがない巽の声が流れてきた。ミディアムテンポの優しい歌だ。心地いい声に耳を委ねながら、マヨイは嫌な予感にぎゅっと口を引き結んだ。ちらりと見上げた藍良はわくわくと目を輝かせている。
「でね、誕生日パーティーのときにおれたちでこの曲をやりたいなあって」
「それはいいね!」
やっぱり。予想通りの展開だけどその対応はすぐには浮かばない。楽しげに盛り上がる藍良と一彩に水を差すこともできず、マヨイは曖昧に笑った。
藍良に送ってもらった動画を繰り返し流す。歌やダンスのメモをとりながらどうしようか頭の中で組み立てていく。手の動きは止まることなく、次々と浮かぶアイデアを矢継ぎ早に乱れた字で書き留めているが、頭の底の方には冷たいものが重く沈んでいた。
結局、藍良のアイデアは採用された。マヨイはどちらかというと反対だった。巽は喜ばないかもしれないと、真っ先にそう感じられたから。でもそれはマヨイの憶測でしかなかったのではっきりと言うこともできないまま、一彩は藍良に賛同して、それでそういう流れになってしまった。
マヨイが新たな振り付けとパート割りを考えて、練習は夢ノ咲学園で。巽だけが学校が違うのが思わぬ形で役に立った。部屋は違うとは言え星奏館内ではいつどこで見られるか分からないが、学園なら絶対に安全だ。長時間の居残りなどしたら気づかれる恐れがあるので個々で練習しつつ、休憩時間に全員で合わせる。そう計画をして、まずは第一段階としてソロのパフォーマンスを三人用に調整している最中だ。
巽は喜んでくれるだろう。ひとの好意そのものを喜べる清廉なこころの持ち主なのだから、どんな贈り物だって喜びを持って受け取るのだろう。ソロ時代には色々と、なんだか厄介そうなことがあったようだから喜ばないのでは、なんてマヨイの考えすぎに違いない。いやらしい、邪なこころがそう思わせるのだ。
そう思うのに、不安が喉に引っかかった魚の骨みたいにしつこく存在を主張する。忘れたくて作業に集中しようとしてもその作業自体が原因なのだからどうしようもない。
(──あ、)
サビの途中、見せ場というべき部分で一度動画を止めて少し前に戻す。何度か同じことをして、この部分は変えようとメモをして再び動画を再生した。
他にも同じことをした部分がいくつかある。それは全て足に負担がかかるところだ。今の巽には好ましくない、少なくともマヨイはやってほしくないと思うところ。
一通りの流れを整理したところで動画を閉じて、マヨイは溜め息をついた。ひどく気が重い。これからこのパフォーマンスの練習をしなければならないのだと思うとますます滅入る。そんなふうに思ってしまうこと自体が自分の矮小さの証拠のようで、どうしようもなかった。
巽が喜ばないかもしれない、なんてただの卑怯な言い訳だ。巽の気持ちにかかわらず、マヨイが見せたくないだけだ。だから何かと理由をつけて、そういう振り付けは全て変えた。仮に今の巽に振りをつけるならこうはしない、と判断したところは全て問題ないように変えた。
三人でやるからとか隠れて練習するには難易度が高いとか、藍良と一彩はきっとそれで納得するだろう。でも巽はマヨイの意図に気付くだろう。かつてのダンスと違う部分を並べれば自ずと浮き上がってくるのだから気付かないはずがない。そのうえで優しく笑ってありがとうと言ってくれるのだ。
何故こんなことをするのか、マヨイは自分でもよく分からなかった。藍良と一彩には気づかれないだろう範囲で、巽には気づかれることを前提にしつつその優しさに期待して、まるで悪事を親に隠す子供みたいなことをしている。
マヨイはこのころの巽を知らない。どんなアイドルだったのか、巽が何を思っていたのか、何も分からない。ただ見せたくない──今はもう選べないダンスを何の不安もなく踊る巽を。