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    yaguruma_85

    @yaguruma_85

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    yaguruma_85

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    アラビアンな世界の貴族と踊り子なカイ千です。
    深く考えないで読んでください。

    あらびあんkicg「成功すればたんと褒美をやろう」
     猫なで声でそう言う主人を、床に座ったまま千切はにっこりと笑みを浮かべて見上げた。その言葉をそのまま受け止めて喜ぶには千切はいろいろなものを見すぎていた。褒美とは何だろうか。いつもより豪華な食事、あるいは新しい衣装や宝石。どうでもいい。どうせ千切が本当に欲しいものは与えられない。
     美しい装飾の施された曲刀を受け取りながら、千切はあえて失敗したら、と聞いた。主人はニヤニヤと笑うだけだったが答えは分かりきっている。死だ。



     宴もたけなわという頃合いに千切は呼ばれた。今宵の客人は異国からやって来た貴族の一団だ。千切の主人がもてなそうと呼び寄せたらしい。異国との交流をなどという名目らしく、室内は随分盛り上がっていた。
     しゃらしゃらと足環を鳴らしながら入ると客席からほうと感嘆の声が漏れたが、千切は気にせず中央に進みでた。舞台を取り囲むように毛足の長い絨毯が敷き詰められ、序列に沿って客人や主人たちが座っている。千切は悟られぬよう視線を走らせ、舞の構えを取りながらヴェール越しに目標を確認した。楽師たちが楽器をかき鳴らし、千切は舞い始める。長いヴェールが千切のあとを追い、装飾品がぶつかり合いしゃらりと音を奏で、腰に下げた曲刀が千切に役目を忘れさせまいと意識に重くのしかかる。もう骨の髄まで染み込んでいる舞をしながら、目標が視界に入るたびに千切は頭が冷えていくのを感じていた。
     客席の中でも最も序列が高い者が座るところに鎮座しているのは、美しく金に輝く髪の毛の先をこれまた目の覚めるような青に染めるという変わった風貌をした異国人だ。名は教えられたが忘れてしまった。覚える気がなかった。どうせ千切はこの会場を出ることなく死ぬだろうから、不要な情報だった。間違えようのない風変わりな容姿で助かったと、思うことはその程度だ。彼は銀の杯を片手に千切の舞を見つめている。隣に座りもてなそうとする千切の主人の言葉など耳に入っていないようだった。
     随一の踊り手などと持て囃されているが、こういう場で千切の舞をちゃんと鑑賞する者は案外少ない。接待の場であると同時に権謀術数が入り乱れる政治の場でもあるからだ。賞賛する者、所詮踊り子と侮蔑する者、様々な人間をここで見てきたが、これから殺そうとする相手に熱心に見られるのはさすがに初めての経験だ。
     素直に嬉しいと、そう思う。自分の境遇や運命に何らかの感情を抱くことはもうやめてしまっていたが、踊りは好きだ。それだけはずっと変わらない。彼に舞を披露することはもうないだろう。せめて、少しでも彼の記憶に残ればいい。
     音楽が止み、千切は膝をついて礼をする。降り注ぐ拍手のなか主人が頭を上げることを許し、こちらへ来いと呼んだ。主賓の彼に紹介するという流れだ。千切は揺れる曲刀の重みを感じながらゆっくりと歩いた。
    「──素晴らしい舞だった」
     賞賛の言葉に千切は黙って頭を下げる。身分の低い者は許しなく口を開くこともできない。それに気付いたのか男は少し話そうと言い、千切はちらりと主人を窺ってから頭を上げた。正面から見た男はヴェール越しでも美しいことがよく分かった。金の髪は柔らかく輝き、両目は空の青とも湖の青とも違う、この国にはない青色をしている。肌は抜けるように白く、月のようなひとだと思った。
    「……お褒めいただき、光栄です」
    「失礼でなければ顔を見せてもらっても?」
     千切は再び主人を窺ってからゆっくりと頭全体を覆うヴェールを持ち上げた。視界を遮るものがなくなり、真っ向から男と向かいあう。男はじっと無表情に千切を見つめていたが、しばらくして美しいなと微笑んだ。
    「舞う姿も美しかったが、こうして間近で見ると尚更だ。素晴らしい宝玉をお持ちで羨ましい限りだ」
     後半は主人に向けての発言だろう。主人は大袈裟に喜び謙遜しながら、さっと千切に鋭い視線を向けた。さっさとやれと言うことだろう。お得意の話術で男の意識を自分に向けさせ、この隙にやれと言っている。
     まあいいか、と思えた。どうせこんなお粗末な作戦は失敗する。万に一つ成功したとしても、大切な客人を手にかけた大罪人として処刑される。主人の甘言を信じられるほど千切は能天気ではない。だから今宵この場で死ぬのだと覚悟してこの日を迎えた。しかし思いがけず最後の舞をこの男に真剣に見てもらえて、そのことはいくらか千切を慰めた。
     どうせ誰の記憶に残ることもなく無為に殺されるだけと思っていた。自分を殺そうとした愚か者の舞としてほんの少しでも彼の記憶に留まるれないだろうか。そんな大それたことを祈りつつ、千切は腰に下げた曲刀の柄に手を伸ばそうとした。
    「──ところで、ひとつ頼みがあるのだが」
    「はい、なんでしょう?」
     主人と話していた男が急にこちらに顔を向け、千切はぎくりとして手を止めた。
    「彼を譲っていただけないだろうか?」
    「は?」
     思わず何も装わない声が漏れ出て、千切は慌てて口を噤んだ。主人も虚をつかれたのかぽかんとしている。
    「彼の舞に惚れ込んでしまった。大切な宝玉とお見受けするが、そこを押してなんとか頼めないだろうか?」
    「いえ……それは……」
    「お前はどうだ?」
     誘うように手を差し出され、その手を受け入れるわけにもいかず千切は主人を見た。どちらにせよ自分に決定権はないし、刃を向けられる状況でもなくなった。主人は主人で迷っているようで千切から目を逸らしている。邪魔なこの男を消すより、ここで千切を売った方が金になるかもしれないと脳内で算盤を弾いているのだろう。
    「──では、」
     結局千切は売られることになった。主人が提示した金額は千切には想像もできないものだったが男はこともなげに頷き、商談がまとまると千切に手招きした。満足げに笑む男を見据えつつ、彼の手に従う。
     もう主人だった男の機嫌を窺う必要はない。そして一生をかけても到底得ることができないだろう金額の価値が千切にはあると認められた。それは確かに喜ばしいことであるのに、千切の心は冷える一方だった。
     ──そんな価値にどんな意味がある?
     二度と月も太陽も見ない覚悟でこの場に臨んだ。それを男の気紛れと主人の欲深さだけで無意味なものにされた。ここへ連れて来られて数年、凝り固まっていたはずの感情が解けていく。
     男に腰を抱くように引き寄せられ、逆らうことなく座り込む。青い目を細め、男は千切の頬を撫でた。
    「名は?」
    「……千切、豹馬」
    「豹馬、俺はカイザー。ミヒャエル・カイザーだ」
    「カイザー、様」
    「様なんてつけなくていい」
     男──カイザーは鷹揚にそう言うが、染み付いた身分意識はそう簡単に変えられない。千切が困っているのを察したのかカイザーはそれ以上強要させようとはせず、千切の主人だった男に話しかけた。
    「ご厚情に感謝する」
    「いえいえ、こちらこそ。それは私にとって宝でございました。ぜひ大切に扱ってくださいませ」
    「ああ、もちろんだとも。ヒョウマ、突然のことで驚いただろう。生まれ故郷からは離れることになるが、不自由はさせないと約束しよう」
     千切はぱっと顔を上げた。
    「……本当に?」
    「ああ」
    「私が何をしても、自由だと?」
    「その通りだ。俺の元にいる限り、お前は自由だ」
     近くから見るカイザーの青い目は美しかったが、ひどく冷たい色をしていた。口では千切を褒め称えながら、お前は自由だと言いながら、その実千切のことなんてまるで見ていないような、そんな色だ。
    「……私が何をしても許してくださると?」
    「そうだな、俺の手に収まることであれば」
     千切は微笑んだ。主人や客人たちを満足させるために身につけた笑みだ。カイザーは一瞬不快そうな色を浮かべて、だがすぐに面白がる表情に変わった。
    「なら──」
     カイザーの手を振り払い素早く腰に下げていた曲刀の柄を引き抜くと、千切は大きく一歩踏み出した。突然のことに理解が追いついていないだろう元主人の喉に刃を深く突き刺す。悲鳴をあげることもできず無様な呻き声を漏らしながら男は後ろに倒れ込み、料理や果物を盛っていた銀器が音を立てて崩れ、後ろに座っていた客人は何事か叫びながら後ずさった。それらを意に介さず千切は力任せに曲刀を引き抜く。どっと血が吹き出し、この男がもう助からないことは明白だった。静まり返った室内に血が滴る音だけが響く。
    「これも許してくれるんだよな、カイザー?」
     振り向きカイザーに笑いかける。さすがに驚いたのかカイザーは目を見開いていた。それで千切はもう満足だった。
     指先一つで右から左へ動かされる駒のような命にはもう飽き飽きだ。ここは骸になりつつある男の領域だからその部下たちに殺されるかもしれないし、手に負えないとカイザーに始末されるかもしれないし、ひょっとしたら本当にカイザーがこの場を収めてくれるかもしれない。
     自分の行く末はもうどうでもよくて、ただ殺されるならこの男のように一思いに殺されたいとだけ思いながらヴェールで曲刀の血を拭って鞘に納めた。鞘と柄に趣味の悪い装飾が施されたそれを倒れた男の胸に置く。馬鹿みたいな大きさの宝石がついているのだからあの世へ渡る船賃くらいにはなるだろう。
    「──ククッ……」
     突如誰かが笑い出した。どう動くべきか思惑が錯綜する室内で、カイザーだけが嗤っていた。
    「ああ、いいぞヒョウマ。この程度はどうにでもなる……ネス、」
    「はい」
     カイザーに応えて彼の背後に控えていた青年が立ち上がった。千切はもうすっかり傍観者の気分で、所在なく立ったままでいると同じく立ち上がったカイザーに抱き寄せられた。肌が触れ合う距離で、ふわりと知らない香りが千切を包む。カイザーの国の香りだろうか。
    「だが、まだ足りないな。不足分は俺が補おう」
    「え、」
     カイザーの腕が背に回り、強く抱きしめられたと思った瞬間、背後で悲鳴が上がった。
    「ふむ、クソどもは悲鳴もクソだな」
    「……!?」
     何だ、何が起きている。確かめようにもカイザーの腕のなかで身動きが取れない。悲鳴、カイザーの言葉、そして漂う鉄の臭い。導き出される答えが信じがたくて、千切はただ身を固くしていた。
    「ネス、あとは任せたぞ」
    「はい、お任せください」
     限られた視界の端で窓から異国風の兵士がなだれ込んでくるのを捉えた。あっという間に室内は怒号と剣戟音で満ちたが、カイザーは冷静そのものだった。千切を抱き上げ悠々と歩き出す。彼の行く手を阻もうと兵士が立ちはだかったが、異国の兵士が彼らを次々に倒していく。カイザーはそれすらも気にかけず、千切に笑いかけた。
    「お前への餞だな」
    「……随分物騒な餞だ」
    「悪くないだろう。お前を縛りつけていたクソどもだ、最期にそれくらいは役に立ってもらわないと困る」
     宴会場の外も血の臭いが充満していた。見張りに立っていたはずの兵士は全員倒れ伏し、そのなかをカイザーは歩いていく。
    「……いいのか、こんなことをして」
     千切の主人だった男はそれなりの権力者だった。それを殺して部下も殺してそれで終わりとはいかないだろう。
    「なんだ、俺を心配してくれるのか?」
    「俺の身を案じてるだけだ」
    「それがお前の素か、その方がいい。なに、案じることはない。最初からそのつもりだったからな」
     ひとりの兵士が駆け寄ってきてカイザーに何事か耳打ちする。それに対してカイザーは無言で頷いただけだったが、兵士は心得ているのか一礼してまたどこかへ走って行った。
    「そのつもりって……皆殺しにするつもりだったってことか?」
    「ああ、その方が手っ取り早いからな。その前にヒョウマが現れてくれて助かった。何も知らないままお前まで殺してしまうところだった」
     額に軽く口付けられ、何とも言えない気持ちで千切はヴェールを取ってほしいと言った。水を浴びたいとも。血に塗れてヴェールは見る影もなく汚れていたし、千切自身も相当血を浴びている。こんなヤツをよく抱き上げられるものだ。そんな千切の呆れに気付いているのかどうか、カイザーはヴェールを取り払ってその場に投げ捨てながらすまない、と苦笑した。
    「水浴びは朝まで待ってくれ。さすがに先にこの場を離れないと面倒だからな、ひとまず水と布を用意させるからそれで我慢しろ。ああ、新しい服も必要だな。今は間に合わせのものしかないが、国に戻ったら好きなものを選ぶといい」
     カイザーは饒舌だった。上機嫌に話し続けるカイザーの腕の中で、千切は小さく声をあげた。
    「どうした?」
    「いや……何でもない」
     誰にも邪魔されることがないままふたりは邸の外に出ていた。もう出ることはないだろうと思っていた宴会場だけでなく、主人の許しがなければ踏み出すことを許されなかった邸からもあっさりと出ることができた。夜の冷たい風が運んできた花の香りが漂っている。
    「ここからは馬に乗る。少し行ったところに馬車を待機させているからそこまでは辛抱してくれ。馬の経験は?」
    「……ない」
    「なら俺にしっかり捕まっておけ」
     カイザーの手を借りて恐る恐る馬に跨る。この方が安定するからとカイザーは千切を背中から抱き込んで手綱を握った。初めての馬は予想以上に揺れが激しく振り落とされやしないかと不安だったが、慣れてくると周囲の景色を見る余裕も出てきた。あっという間に街を抜け、馬はまるで重さを感じさせず駆け続けた。
    「──すごい、気持ちいい!」
    「それはよかった」
     風を切るとはこのことだろうか。月が照らす荒野を駆けながら、千切は声をあげて笑った。
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    Replies from the creator

    yaguruma_85

    DONEお題をいただいたngcgです
    プロポーズするngcg うえ、と千切が急に声を上げて、凪はゲームを一旦中断してどうしたのと声をかけた。気分が悪くなったのだろうか、そういう感じとはちょっと違った気がするけど。その予想通り、これ見てくれとスマホの画面をこちらに向けた千切は顔色が悪いこともなくいたって健康そうだ。ただそのきれいな顔を嫌そうに歪めているだけで。
    「なに、動画?」
    「そ、たまたま関連で出てきたから見てみただけなんだけどさ」
     千切が画面をタップして動画が始まる。街角のカフェのテラス席で一組の男女が仲良く話しながらお茶を飲んでいるという何の変哲もない日常の光景だ。これがどうしたんだと思っていたら、男女の他のお客さんたちが一斉に立ち上がった。何事、と女性の方は驚いていたが男性の方は平然としていて、それどころか彼も立ち上がって、そして何故か一斉に踊り出した。何コレ。座ったまま目を白黒させている女性を取り囲んで踊るってホラー? ダンスが終わったところですっとカフェ店員が近寄ってきた。トレーの上にはコーヒーではなく小さな花束と小さな箱。それを受け取った男性が女性の前に跪いて箱をパカッと開けると、そこには輝くダイヤがついた指輪。感極まった女性が涙しながらそれを受け取り二人は抱き合い、踊っていた人たちや店員、さらには通りすがりらしい人たちも拍手喝采……
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