【暖かなときめき】「ほら」
と手渡されたコーヒーカップから温かさが伝わってきて、少し冷えていた僕の手がじんわりとその温かさを受け入れていく。
「ありがとうございます」
今日はワンちゃんの世話を頼まれていたのだが、日頃の疲れがたたって降谷さんの家の畳の上で寝落ちしてしまった。最近は気温もぐっと下がってきて、もうすっかり秋だ。僕のようなワイシャツ姿で寝ていては体も冷えてしまう。
腹にかけられた降谷さんの布団の端っこが無ければ腹を壊していたかもしれない。ワンちゃんには感謝しなくては。
降谷さんから頂いたいい香りのコーヒーを一口飲む。手から伝わる温かさと同じ優しさが体の中にじんわりと染み込んでいって、ほう……と口からため息が出た。
「そんな格好で居眠りなんて風邪をひくぞ。なんで暖房をつけないんだ? 」
遠慮してるのか? なんて聞かれて「ははは……すみません」と曖昧に返事をする。まさか寝る予定も長居する予定もなかったなんて言えない。急ぎの仕事が入っていないことだけが救いだ。
「もうこんな時間だし、折角だから夕食を食べていくといい」
そう言ってエプロンを手にする降谷さんにお礼を言いつつスマホを確認してみたら、時間は既に十八時。僕がここに来てから三時間が経っていた。……流石に寝すぎだ。
夕食を作っている降谷さんを手伝える技量など持ち合わせていないので、僕は大人しく顔を洗うとワンちゃんに向き直る。
「ワンちゃん」
「アウ?」
「布団ありがとう。おかげで腹を壊さなかったよ」
この小さな体で大きな布団を引きずるのは大変だっただろう。
感謝の気持ちを込めてそう言って撫でれば、ワンちゃんは嬉しそうにしっぽを振った。可愛い。そしてとても優しくて賢い子だ。
……そうだ。やることが無いならワンちゃんの散歩に行ってこよう。そう思ってスーツの上着を着て立ち上がり降谷さんに声をかけると、お礼の言葉と降谷さんのパーカーを着るように言われた。
確かに昼間ならまだしも、日も落ちたこの時間にスーツ姿では少々冷える。
僕はありがたく降谷さんの裏起毛のパーカーを借りて、ワンちゃんにハーネスを着けて玄関から出ていく。
エプロン姿で「行ってらっしゃい」と見送ってくれた降谷さんに胸がときめいた気がしたのは、多分、気のせいだろう。