もったいない精神の果てに「やけに使い込んであるわねぇ、ソレ」
テーブルを挟んだ向かいでモンブランを前にするナツミが卓上に置いたままにしていたスケジュール帳を指す。
文庫サイズのスケジュール帳に巻いているのは少しくたびれている布製のブックカバーで。
「ああ、ブックカバー?飛鳥くんにもらったのなんだ」
「片桐君に?それにしちゃぁ草臥れてるけど、ミケあんた片桐君と再会したのって結構ここ数年の話よね……まさか」
「大学時代に貰ったものだから」
私がそう言えば、ナツミは「あんたの物持ちの良さは昔っからだけど、コレほどとは……」などと言いつつ、顔をしかめる。
「そんな顔しなくたって良いじゃない!結構便利なんだから!」
「でもあんた大学の時はそんなブックカバー使ってなかったわよね?中学から愛用してたっていうの使ってたじゃない」
ナツミの記憶力に曖昧な笑みを返しながら「貰ってから数年は飾ってたし……前に使ってたブックカバー壊れちゃって使い始めたっていうか……」
そんな私の言葉に、ナツミは思わずと言うように身を乗り出しながら突っ込む。
「使ってやんなさいよ!」
「相変わらず仲良しさんですねぇ」
そんなコントのようなやりとりをしていれば、店主である茜くんがマグカップ片手に笑顔を浮かべてやってくる。紅茶をあんなに美味しく淹れてくれる茜くんのカップの中からは香ばしいコーヒーの香り。私は彼がコーヒー党なのが未だに信じられずに居る。
「店長仕事はどうしたのよ」
そんなナツミの突っ込みには「休憩中ですよ」と笑顔で返し、隣の席に置かれているイスを引き寄せ私とナツミの間の一辺に陣取った。十数年来の常連である私とナツミもそれを良しとしてこれについては何も言うことはない。茜くんのこの行為は、私と飛鳥くんが再会というか、婚約のようなものをしてから始まったのは、恐らく、私とナツミが常連と言う以上に、茜くんと飛鳥くんが十数年来のバンド仲間であるという事が大きいのだろうと思っている。
「それにしても、片桐さんも心配じゃないンですかねー彼女置いてヨーロッパ飛び回ってるとか」
「あー、それに関しては私が保証する、この子飛鳥くん一筋だから」
茜くんの意地悪げな声色にナツミはあっけらかんと答える。「彼氏は何人か居たみたいだけど、片桐君の事が忘れられなくてとっかえひっかえ振りまくってたのは仲間内で有名だから」と付け加えながら。
「やるねぇ」
口笛付きではやし立てる茜くんに「そんなんじゃない!」と言いながら、弁明するように言葉を重ねようとすれば「そんなんじゃない」とナツミは冷たく切り捨てる。
「あんた「片桐くんの事諦めなきゃって思って他の人と付きたったりもしてたけど、どうしても諦められないのぉ~」って言ってたじゃない」と意地悪く笑う。
「そんな事言ってないじゃない!」
「似たようなもんよ、良かったわねー妥協して違う男とくっついてなくて」
「ていうか、俺らの仲間内でも「アイツら何でアレで付き合ってねーんだよ」ってよく話題になってて」
ナツミと茜くんに追い打ちをかけられ、私は思わずテーブルに突っ伏す。ナツミは兎も角として、
「何で茜くんの周りでそんなことに!?」
「いやぁ、だって結城さんはミケちゃんの事知ってたみたいだし、俺らも生活圏丸かぶりだからたまに片桐さんと二人で居るところ見かけてたし?」
それだけ言い切って「おっと、そろそろ仕事に戻るかなー」なんて白々しくマグカップを持ち、イスを戻してそそくさと茜くんはバックヤードへと消えていく。
「良かったわね、あんた達いろんな人に見守られてて」
そう言ってにやにやと紅茶に口を付けるナツミに、私は言葉を返せなかった。
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ミケちゃんはほ○日手帳愛用者だと思われ。
(2015-07-14)