秘密を明かすに善き日和。「えー、残念なお知らせと残念なお知らせがあります」
「それは普通良いニュースと悪いニュースがあるって言うんじゃないの」
帰宅早々そう口にすれば、目の前の少年はそう突っ込んでくる。
「じゃぁ、比較的良いニュースと比較的悪いニュースどっちが良い?」
そう言い換えて尋ねれば「じゃぁ、比較的悪いニュースから」と返され、私は頷く。
「国境も超えて引っ越すから、編入試験を急いで受けねばならない」
「あー、じゃぁ、比較的良いニュースは」
「異動により出張がなくなります」
「ナルホド、で、どこ行くの? アメリカ? ドイツ?」
「日本」
「ワォ。僕日本語わからないんだけど」
そう言って少年が口に出した言語は流暢な日本語だった。
そんな会話をした半年後、私と少年は私の生まれ育った実家に顔を出していた。
「そんな訳で引っ越してきました。」
「そんな訳って君ねぇ……」
いい加減老いた父に経緯を簡単に説明し、訪れたのが丁度おやつタイムで出された和菓子をつまみつつお茶を飲んでいれば呆れかえった声で返される。隣に座る少年が生まれた時でさえポストカード一枚で済ませた娘が孫連れて帰ってきたんだからもう少し喜んでくれたっていいと思う。
「まぁ、住む所もここら辺で決めてあるからヨロシクーって感じで」
そんな事を言ってみれば隣と向かいからため息が漏れる。
「紫苑君の学校は」
「いやー、帰国決まった時には出願ギリでバッタバタでさー。父さんとこの付属入れる事になったよ。良かった良かった」
「バタバタしたのは僕だけどね。いきなり編入試験ってホントないよ」
紫苑はしれっとそう言い放ち素知らぬ顔で出された緑茶に砂糖をぶち込んで中身を啜る。
「ごめんて。その代り新居の一番いい部屋あげたでしょうが」
「静音は籠れる狭い仕事部屋とベッドがあればどこでも住めるでしょう」
15歳の息子は私の事を名前で呼ぶ。それにケチを付けたことは無いが、目の前に座る父からの視線が痛い。
「そっ、そういえば時嗣とかヴィンも最近は日本によく来るんだって!?」
話を反らそうと親戚のドイツ人兄弟の話を口にすれば、そうそう。と父は頷く。
「ヴィン君は留学してきて居てね、今は瀬波君と篠原君が世話を焼いているみたいだね。家もそっちに移っているし。時嗣君も日本での仕事が多いみたいで結構来ているかな。うちの車を借りてく時に会うんだ」
上機嫌で話した父のうちの車、の言葉に思わず私は声を上げる。ウチにある車といえば、私が学生時代に乗っていた亡くなった叔母から譲り受けた車なのだ。
「私のアストンちゃん時嗣が使ってんの!? 車目当てで来たのに!」
「15年もほっぽり出してよく言うよ。売られなかっただけ良かったと思いなさい。それに時嗣君からしてみれば母親の車だよ」
「まーそうなんだけどさ。車庫に車無いなとは思ってたけど、時嗣今こっち来てんの?」
そう尋ねれば「彼も瀬波君の家に居るんじゃないかな。住所は変わってないよ」と笑って返された。
「分かった。行ってみるとするかぁ……紫苑も行く?」
「流石に会ったばっかりの祖父と二人きりとか静音の悪口しか話すことないし」
そう言った紫苑に父は噴き出して、私は思わずため息を漏らす。
「全く、誰に似たんやら」
口からこぼれた言葉には「静音じゃないなら父親なんじゃないの」と返された。
「そう言えば父親は誰なんだい?」
紫苑へ尋ねた父の言葉は紫苑から「さぁ?」と返されていた。だって話してないし。
「静音、その話も今度ゆっくり訊かせてもらうぞ」
「あーわかったわかった。気が向いたらね」
向くも何も、これから会いに行くんだけどね。という言葉はそっと飲み込んだ。
「それにしても、ヴィンとか時嗣さんに会うのも久々だね」
実家から出て徒歩圏内にある瀬波君――駿馬の家へと歩いていれば、紫苑がそう口にする。
「そうだなー、メールとかはよくやってたけど、まさか駿馬の家に居るとは……」
「セナミクンって人とも知り合いなの?」
首を傾げて尋ねる紫苑に「大学の同学年。専攻違うけどアイツが父さんのゼミだったからちょくちょくつるんでたんだよね」と返せば興味なさげな「ふーん」という返答。
そんな事を話していれば、目の前には相変わらずデカい日本家屋。門には最近はもう見かけない純日本風な表札にデカデカと『瀬波』と書かれていた。
「ええい、たのもー!」
門前で声を張り上げれば、隣に立つ紫苑に「静音、ソレ道場破り」と言われ、「気分的にはそんなんだから良いんだ」と返す。紫苑はそっとインターホンを押していた。
『ハイ、瀬波です……っていうか、さっきの大声もしかして静音? 今行く』
インターホンの音声はこちら側から一声の返答も許さず切られ、門の向こうの玄関から、4人の男がドタドタと出てくる。
「シズネちゃん!シオンも! 久しぶりー!」
そう言って一番先に出てきたのはふわふわとした金髪の青年。勢いそのままに抱き着いてきた彼を受け止めれば、「ヴィンだ、久しぶりー」と紫苑が彼に声を掛ける。
「あーもう、ヴィンいきなりダッシュすんなって。っと。久しぶり、静音さんに紫苑くん」
その後ろを困り顔で追いかけてくる時嗣に私は片手をあげ「おー」と返す。
「静音、この状況はどういう事なの」
その後ろから出てきた状況が掴めない駿馬と先輩のコンビは先輩が代表して口を開く。
「私も訊きたいし、なんで時嗣とヴィンがここに居んの」
そう返してやれば先輩は「まー色々あってな」といううすらぼんやりとした返答しかしてくれなかった。
「まー、何だ、とりあえず上がって」
家主のその一言に、私たち二人は家から出てきた四人について日本家屋の中へと入る事を許された。
「で、どうしてこうなった」
「とりあえず関係を整理しよう」
居間に通され、各々が席に着けば、私と駿馬は口を開く。そして駿馬は私に話すことを促すのだ。
「とりあえずヴィンと時嗣は私の親戚でこいつらがチビの頃にドイツ行ったら遊んでた仲。一度こっちに来た時は虫取りとかガチでやって超楽しかった。フランスの院に留学して現地で就職したからその後も時間が合えば会ってたけど会うのは久々。日本に帰って来たのは異動でこっちの法人で働くことになったから。まーほぼ在宅だけど。で、ヴィンと時嗣がここに居るのは? ヴィンはこっち留学して駿馬と先輩に構われてるってのはさっき実家寄った時父さんから聞いたけど」
「よし、とりあえずヴィンと時嗣さんと静音の関係は分かった。ちなみに俺とヴィン、浩介と時嗣さんで付き合ってる。で、そこの少年は?」
私の言葉に駿馬が頷き、駿馬もイトコ兄弟との関係を話し、私は噴き出す。
「ッハ! マジかー。知らんうちにそんな事になっちゃってたの。いやぁ世間って狭いねぇ! まさか駿馬とヴィン、先輩と時嗣がくっつくとはねぇ!」
彼らの関係について感想を述べれば駿馬は「で、そこの、少年は?」と根気強く、紫苑を手で示し私に問う。これは答えなければならないだろう。カフェオレを啜っている紫苑をチラと横目で見て、私は少しだけ息を吐き、吸う。
「息子。ちなみに父親は駿馬な」
声を震わせないように、出来るだけ冷静にその言葉を放てば、一瞬の沈黙ののち、隣では咽る音。目の前では思考を停止した駿馬の姿と、眉間に手をやる先輩、そして驚愕の表情を浮かべる兄弟。
「あー、静音。うん、ええと……」
一番ダメージが少なかったのであろう先輩が言葉を出そうとし、言葉に詰まる。
「紫苑、大丈夫か? ホレ、ハンカチ」
カフェオレが変な所にでも入ったのであろう。咽る紫苑にハンカチを出してやれば、「いきなり何でそんな爆弾発言!?」とハンカチを口に当てながらも絞り出す。
「いや、今言っとかないとさー、後々面倒になりそうだし?」
「そんなノリで! 言わないでよ! ホラ、お父さん? 固まっちゃってるじゃん!」
駿馬を指して疑問符付きながらお父さんと呼ぶ紫苑に妙な感動を覚えていれば、大分落ち着いたらしい先輩が再度口を開く。
「えーっと、駿馬の子ってのは本当?」
「流石の私でもココでウソぶち込む気にはならんですよ。卒業前に駿馬がめちゃくちゃ落ちてた時に一発やったらまさかのみたいな?」
んで、留学は決まってたし向こうで紫苑産んで就職と続けようとしたところに「ごめん、静音ちょっと黙って」と先輩が被せてくる。
「……俺の子、なんだ」
今まで固まって口を閉ざしてた駿馬がぽつりと漏らす。
「間違いなく。何ならDNA検査しても良いぞ」
「何で生もうと思ったんだ?」
「堕ろす理由は無かったしな」
「俺が父親で良いのか?」
「事実だからなぁ」
な、紫苑。と隣に居る息子に尋ねれば、「母親がコレだしね」としれっと言われる。
「なぁ駿馬、コレはどっち似だと思う?」
思わず駿馬に話を振れば、「静音だな」と返されて、残りの三人も異口同音に駿馬に同意する。
「全く酷いなーちょーっと隠し子連れてきただけじゃん」
軽く恨み言を口にすれば「普通ねーよ」と先輩が返す。
「それはそうと、静音は今何処に住んでんの」続けられた問いには「近所だよ、紫苑は付属の高校入るし」
「マジで? 俺そこで教師やってるから紫苑くん宜しくな」
「あっ、よろしくお願いします」
そんな会話をしていれば、「夕飯、食っていけよ。もし良ければ泊まっても良いし」とぽつりと駿馬が口を出す。その言葉に今まで沈黙を守ってたヴィンが「そうしなよ! 久々にシズネちゃんとシオンにも会えたし!」と声を上げる。「じゃー俺は時嗣と美味いワインでも買いに行くかな。ヴィンも来いよ」そう言って先輩は従兄弟たちを引き連れ腰を上げる。
そうして居間には駿馬と私、そして紫苑の三人が残されて。
「まぁ、今更認知しろって迫ろうとは思わないし、ヴィンとの仲を引き裂こう何て事も思ってないから心配すんな」
そう言ってやれば、駿馬は呆れ返った顔で「そんな事心配すらしてないけど?」と笑い、言葉を付け足す「静音も、紫苑くんも、好きな時に遊びに来いよ。別に住んでも良いし。部屋は有り余ってるしな」
「相変わらず馬鹿でかい家だよなホント」
そうして思わず二人で吹き出して笑ってしまえば、静かにこちらを観察していたらしい紫苑が「何でそこまでしてくれるんですか?」と駿馬を見つめる。その問いに、彼は慈愛に満ちた笑みを深めて言葉を重ねた。
「家族だからだよ」
――――――――――――――――――――
静音さんと紫苑くん初登場。
(2016-03-13)