空閑汐♂デイリー800字チャレンジ:EX「お前ら相変わらずニコイチなのな。まぁ、丁度良かったが」
廊下を連れ立ち歩いていた二人の男に声を投げかけたのは、彼らの担任である吉嗣宇浩で。吉嗣の声に仲良く足を止めた空閑と汐見は同じタイミングでくるりと振り返る。それはまるでダンスのステップのようで、吉嗣は喉でくつりと笑い声を漏らしていた。
「で、何すかセンセ」
「課題は出したと思うんですけど」
口々に問いかける汐見と空閑の言葉にひらりと片手を振りながら、吉嗣は彼らの答えを否定する。
「違ぇよ、お前らだけだぞ。飛行訓練の日程希望出してねぇの」
ため息混じりの言葉に彼らの声は「あぁ!」とユニゾンする。しかしそれでも彼らは不思議そうに一方は首を傾げ、一方は眉を寄せる。
「提出期限までまだ余裕ありますよね?」
「せっかくアメリカ校まで行ける機会だし、じっくりタイミングを吟味してる最中なんすよ」
首を傾げながら空閑は吉嗣に問い、眉を寄せた汐見はその書類が提出出来ていない理由を口にする。吉嗣は二人の生徒から投げられた言葉を整理し――その顔を思いっきり顰めていた。
「つまりアレか、お前ら飛行訓練でアメリカ校に行けるからってたっぷり観光するつもりって事か?」
「まぁ、何にも包まずに言っちまうと」
「そういうことになりますね!」
吉嗣が今まで受け持った生徒達の中でも格段に成績が良い二人の男は、真面目そうな表情で揃って頷く。しかしその話の中身は遊ぶ事に対し、全力を尽くそうとしている計画の一端だ。
にこやかに人当たり良く座学実技問わず高水準の成績を維持する空閑と、神経質そうな細面を大体顰めて愛想のかけらもないのだが実技に関しては天賦の才を備えているのだろうと思える程に成績が良く――実技の成績が良い者に良くある座学が疎かになるという事も決してない汐見。
期末中間試験の度に変わる席順や、学年末試験の結果で変わる筈の部屋割が一年の頃から全く変わらない――席順に関しては空閑と汐見で時折前後が逆になる事はあったが、最後席を獲得した汐見が空閑がデカくて黒板が見えないと苦情を出し、席替えからものの十分程度で彼らの座席が元に戻されたなんて事もあった。
天才でも秀才でも、吉嗣はあまりそれについて興味はない。天才だろうが秀才だろうが、その先にある数少ない――けれどその選抜を通過した者には必ず用意されている席を求め、勉学に励んでいる事には違いがないのだ。
空閑と汐見という不動のツートップが居るこの学年はさぞかし可哀想だと思わない事はないが、妬む位なら勉強しろとは思うのが吉嗣であった。担任と生徒という関係も三年目にもなれば、多少の贔屓心も出て来ない訳ではない。その贔屓心だって、成績を維持している彼らが時折サボタージュするのを黙認したり課外時間に整備の復習をしたいと言った時には格納庫の鍵を渡してやる程度だ。
――しかし、しかしだ。これはどう言ってやれば良いのか。
航宙パイロットコースに所属しているからと言って、高校在学中に宇宙を縦横無尽に駆ける事が出来るライセンスが取れる訳ではなく。高等部では自家用操縦士の技能証明を取る事が在学中の目標の一つとも言える。本部校に併設されている航宙士学院への内部進学条件でもある。
そして、その技能証明を取るための訓練は世界中にいくつかある系列校の一つであるアメリカ校で行う事が恒例になっていた。
「やっぱルート66でツーリングってのは外せないよな」
「だからさぁ、それやるなら夏休みに行きたいじゃん」
「いやでも、試験日を考えると微妙だろ。早めに行っておいた方が良いって」
掛けるべき言葉に迷い押し黙ってしまっていた吉嗣をよそに、汐見と空閑はこうでもないああでもないと言葉を交わす。完全にメインイベントは飛行訓練ではなく、一世紀半前には国道としては廃線となっているにも関わらず現在もバイク乗りの聖地と言われている道へと行くことになっている。
「お前ら、そういうとこだぞぉ……!」
吉嗣が絞り出した言葉に、揃って首を傾げた二人に「一応さ、セスナ免許でも取りに行けるの選抜された生徒なの分かってるか? 普通に修学旅行の自主研修どうするみたいなノリでワイワイしてるけどさ、それ取れなかったら内部進学も出来なくなるんだぞ? うちからの推薦はお前らのどっちかだからな?」と言い聞かせるように言葉を紡ぐ。そんな言葉に彼らはキョトンとそれぞれの瞳を瞬かせ「当たり前じゃないすか」と首を傾げるのは汐見だ。
「俺らが何の為にこの学校入学したと思ってんですか、吉嗣先生? それくらいササッと取って、ついでにツーリング満喫するくらい出来なきゃこの先やってけませんって!」
カラカラと笑いながら他の生徒に訊かれたら憤死するか暴力に訴えそうだなと思ってしまう言葉を口にする空閑に、吉嗣は深い溜息を吐き出し空閑へと視線を向けながらも力なく声を漏らす。
「空閑お前なぁ、もうちょっと猫を被る努力をしろよ……」
「先生とアマネたちの前くらいですって」
カラカラと笑いながら頷いた空閑に、クルーコースの幾人かの姿を浮かべる。確か彼らとこの二人の殆どが同じ剣道部に所属していた筈だ。そんな空閑の言葉に頷いた吉嗣に、汐見は何も面白くなどないと言った愛想の欠片もない表情で「センセが心配しないでもこいつ、コミュ強リア充ポジティブシンキング脳内花畑野郎すよ。ソツがねぇの」と彼は一体空閑に何か恨みでもあるのかという言葉を放つ。
「すごい偏見」
「うるせ、まぁ最近ちょっと違うんかなとは思いはじめてっけど。でも他のやつに対してはそんな感じだろ」
「待ってアマネ、待って待って、俺に何か手落ちでもあった!?」
「は? ねぇよ」
「えっでも最近違うって今!」
「黙れ、ステイ!」
ぐいぐいと汐見の肩を掴んで縋るように声を上げる空閑に、汐見は腹立たしげに犬へ投げるような言葉を空閑へとぶつけている。確かにこの様子は大型犬と飼い主といったような光景で。仲良き事は美しきだが、教師の前でのやり取りとしてはあまりにも気安すぎやしないか? とも思ってしまう。
――まぁそれだけ、互いに気安い関係になっているんだろうな。
そんな風に結論付けた吉嗣は「暴力沙汰はダメだからな。あと、飛行訓練の調査票は早めに出せよ」と口にして、そそくさと彼らの元を離れて自身の根城ともなっている格納庫へと足を向けるのだ。