分厚い紙の束を取り出すと、つやつやとした様々な色合いが目に飛び込んでくる。
グリーン、ホワイト、パープル、レッド、イエロー……派手な色が多い割に、目に優しいと思えるのは、きっとそれらが自然と調和していた色だから、なんだろうな。
大ぶりの葉野菜に手をのばして、またよくわからない植物が入っているな、と首を傾げる。
世界中をひっちゃかめっちゃかにかき回し続けている「ピアノの先生」から送られてくる荷物は、半分が彼の綴るうつくしい筆致の手紙で、もう半分は野菜で埋め尽くされていることがほとんどだ。時折、隙間には僕の仕事に役立ちそうなので、等と書いたメモや資料が入っていることもある。惜しげもなく呈されたそれらに目を通すと、何故か自分が追っている真っ最中、外部に漏らしているはずのない隠匿された事件にかかわりのある証拠や証言が記載されていたりする。助かる……と手放しで喜べるような状況じゃないよな、と思いながらも、見なかったフリをするには整いすぎたそれらの内容を無視するわけにもいかず、結局善意の第三者からの情報提供として処理をすることにしている。とてもありがたい反面、ちょっと困るんだよなあ。
そういったことが起きる度、盗聴器とか仕掛けられているんだろうな、と溜息を吐く。隠しカメラとかも、探せばあるのかもしれない。シキから渡された端末もすこしあやしいと睨んでいるけれど、とある国の防衛機能として動いている衛星を利用した回線で接続されているそれは、どんな辺鄙な場所でもネット回線が繋がるという大きなメリットを持っている。少し治安の悪い地域に入るだけで、普通のスマートフォンやモバイル端末は利用できなくなることがほとんどだ。しかも、手軽で使いやすいフォーマットになれてしまうと、署にあるPCさえ少し不便に感じてしまう。機能と画面の大きさの割には随分軽く感じるタブレットを、手放せる気がしない。
「うーん……」
手の中の野菜をためつすがめつ確かめてみる。葉野菜の先端は濃い緑の色合いを広げていて、茎の部分に近付くにつれ色合いを薄く変じていく。根元の部分なんて、ほとんど白と言っていいような色合いだ。ほんのり、緑がかっている気がするけれど、気のせいだと言われたら納得してしまいそうな淡さだった。
つやつやした緑は、きっとチェズレイ自らが選んで寄越したものだとおもう。当然、美味しいだろうし、栄養価も高いんだろう。たまに何の冗談か自分のことを僕の母なんて言い出す彼が、僕に美味しくないものを送りつけてくる、という行為は考えづらい。
とはいえ、名前もわからないその野菜の、調理方法なんて僕は知らない。
「うーん……仕方ないよな」
ちらりと、タブレットへ目を向けた。
食べ方によって、野菜はその味をまるっきり変えてしまう。そのまま食べられるのか、それとも火を通した方が良いのか。もっと言えば、強火で炒めるのか弱火で煮込むのか、味わいも食感も変わってくるし、適当に扱えばどんなに美味しい食材も食べられたものじゃなくなる、と……口を酸っぱくして教えてくれたのはこれ等の野菜を送りつけてきた相手だ。
だったら、僕でも簡単にわかって扱えるような食材だけを選んでくれればいいのに、と思いながらも、それじゃ彼にとっても僕にとっても意味がないことは、いつの間にか知っていた。
今日受け取ったことや、ちょうど今開封したことだって知っているはずだ。今更、遠慮なんてするもんか。
会話のためのアプリを立ち上げて目当ての人物を呼び出せば、1コール鳴り終わるより前に出てくれる。
「……久しぶり、チェズレイ」
「ボスからご連絡を頂けるなんて光栄です」
一カ月ぶり……前回、荷物が送られてきた時期と同じだけの時間を経た会話は、どこか気恥ずかしい。画面越しに僕を見据える紫は、カメラの位置の関係か、上目遣いに潤んで見える。普段あまり目にすることのない角度はチェズレイの造形を崩すことはなく、むしろ馴染みのないうつくしさに少しだけどきりとした。
「知らない野菜が入っていたんだけれど」
「どれです?」
先ほど手にしていた葉物と、他にもいくつかあれこれ見せて、その名前と取扱いのレクチャーを受ける。
こうした時間を、彼はことのほか楽しみにしているように見えた。それに付き合っている僕は、言わずもがなだ。
道の分かれた僕たちは、おそらくこの先しっかりと重なることはなくて、けれどもこうして細い糸を手繰りながらつながりを縒り続ける。
表面だけをやわくなぞるようなやりとりをもどかしく思わないわけじゃないけれど、深く踏み込むことが許されていないことはきっとお互いに知っていた。
けれどいつか、丹念に紡がれる糸のその先を望んでも良いんだろうか。
「それでは、おやすみなさい。あたたかくして休んでくださいね」
「チェズレイも、おやすみ」
――朝、起き出して。
耳に残る甘やかな声を思い出しながら、食卓に並べた野菜を一口食べる。
強い苦みの中に僅かな甘さがほどけて、なんだかくれた人を思い出した。