【水葬に帰すアストランティア】「フロイド、こっちに来て」
「なんでぇ?金魚ちゃん」
「何でもだ」
真っ白い部屋。薄青い空は白い太陽が昇っていて、同じように薄青い海が見える。それらがよく見える窓際にフロイドはいた。一方リドルは真っ白い部屋の真ん中にあるテーブルに添えられている椅子の一つに座っていた。
キッチンのシンクからはポタポタと水が滴る音が聞こえ、遠くから聞こえる波の音と重なってもまだ静寂と呼ぶにふさわしい空間だった。
面倒くさそうに窓に背を向けてフロイドはテーブルに向かう。
「こんな何もないところでじっとしてんの無理でしょ」
「無理でもキミはここでじっとしていて欲しい」
「意味分かんないこと言うね、いっつも意味分かんないこと言ってるけど」
ギィと椅子を引いて座る。頬杖をついてリドルの方へ向いた。
「大体さ、何でここにオレと、ええと……、え?」
リドルを指した人差し指はポトリと落ち、ピチャと音を立てて天板に水たまりが広がった。
それを冷ややかな目で見つめるリドルはそっとフロイドの手を持ちテーブルへ下ろした。
「ここはそういう場所だそうだ」
「……アンタの名前、さっきまで呼べてた気がするんだけど」
「ああ……、そういうこと。ボクはリドル・ローズハート。キミからは……不本意だけれど『金魚ちゃん』と呼ばれているよ」
「ふーん……そっか」
考え込み、一瞬真顔になったかと思うと、ニタっとした顔でリドルを見つめた。
「二人っきりなんだ、オレ達」
「そうだね。何か問題でも?」
「何でオレがここにいるのか、アンタがここにいるのかもわかんねーんだけどさ、ラッキーって思うんだよねぇ」
欠けた指があるかのようにリドルの手を撫でる。
「ボクは全く思わないね」
ため息をついて手を除ける。リドルはテーブルの上のティーカップをつまみ一口飲んだ。
「……キミは何もわからないわけか」
「何も、ってわけじゃねーよ?オレの名前はわかるし、遊んだこととか、この間食べたやつとか、覚えてるって。ああでも…」
「でも?」
フロイドは背もたれに寄りかかって窓の外を向いた。部屋と同じくらい真っ白い雲がゆっくりと流れていく。
「周りの人間の顔とか…名前とかは結構忘れてるかも。だってアンタ……金魚ちゃんのこと言われてもさ、思い出せそうと思ってもすぐに思い出せなくなるんだよね」
不満そうに唇を尖らせながら言う。
「……思い出せなくても困らないだろう?」
「いや、全然」
「どうして」
すかさず否定され、思わず重ねて尋ねてしまったことをリドルは僅かに後悔した。
「だって好きだもん、金魚ちゃんのこと」