喫茶リコリコinハワイ、本日は店じまい。
カーラジオから流れていたうろ覚えの歌詞を口ずさみながら、千束は夕日が沈みゆくビーチをひとり歩いていた。
「……ん?」
さくさくと軽い砂の感触を楽しんでいた足元から、ふと顔を上げる。
猫背がちな痩躯。気候にそぐわない黒ずくめのコート。中から覗く派手な柄のシャツ。
帽子を目深に被っているせいか、顔つきまでは判別できない。
しかし、千束にはその姿に、見覚えがありすぎた。
「よお」
おそらく、千束が視線を向ける前から相手は気づいていた。それでいて、意識がかち合った今になって声をかけてきた。間違いない。
「……真島……」
「久しぶりだな」
「……、そーね」
千束は一度止めた脚を再び動かす。顔を覗き込めるくらいの距離まで近づいてみれば、真島の顔面は両目さえも包帯で覆われていて、まともに確認できるのはにやついた口元くらいだった。
「元気そうじゃねえか。何よりだ」
砂を踏む音。それとも微かな歌声だろうか。ご自慢の聴覚は無事らしい。
真島の表情を読むには判断材料が少なすぎる。とはいえ、真島とは呆れるほど取っ組み合いをしたのだ。予備動作を見抜くのは容易い。
なにより、戦意を感じない。千束が飛びかかれば簡単に砂の上へ沈みこむ。一秒先の未来を想像し、千束は嘆息する。
「どこで私たちのこと嗅ぎつけたの」
「偶然だ偶然。俺も驚いたさ」
「信じられるわけないでしょ」
「今は療養中なんだよ、おかげさまでな。今なら簡単に俺を仕留められるぜ」
真島は相変わらず両腕をだらりと垂らしたままだ。煽り文句でもなんでもなく、真実だろう。
千束はぎゅうと目を瞑る。目蓋の裏に浮かぶのは、あの憎たらしいくらい綺麗に咲いていた花火。
「……しない。私だって、今は休暇中だから」
「へえ、そりゃ残念」
千束の心臓の不調に勘づき休戦を提案してくる真島の性分からして、本気で再戦を申し込んでくるならば万事環境を整えてからだろう。千束が首を縦に振るとも端から思っていなかったのか、真島の声は軽く、さして気落ちしているようには感じられなかった。
「それにしてはよく働いてたみてえだけどな、看板娘。お前の方はすっかり調子が良さそうじゃねえか」
「……いつからいたの気持ち悪いんですけど?」
もしかして両目の負傷はブラフなのか。千束は疑いを深めた。