「今宵、私の元へ来い」
里の子らと戯れていたモクマの元に訪れたフウガはそれだけを告げ、踵を返し城へと帰っていった。
「フウガ様、帰っちゃった」
「フウガ様、怖い顔してた」
蹴り駒を手に握ったまま、少年と少女がぽつりぽつりと呟く。
モクマは肩を落とし、深くため息をついた。
「あれは無いと思うぞ、フウガ。子供たちもお前が急に里に来て驚いてたぞ」
刺身に味噌汁、大盛りの飯。膳に並んだ豪華な食事に箸をつけながら、モクマはフウガへ非難めいた視線を送る。
「貴様が城に居付かず里にすぐ降りるからであろう」
「……」
味噌汁を啜りながら冷ややかに告げたフウガのその言葉にモクマは反論ができなかった。
本来城仕えの忍びとして城に詰めていなければいけないと分かっていながら、モクマは度々城を抜け出し里へ降り、子供たちと遊び女性との話に花を咲かせていた。任から大きく外れたその行動は、モクマの方に非がある自覚はあった。
「ところで、何か用か?」
話題を変えようとモクマが問えば、フウガは怪訝な表情を浮かべ細い眉を顰める。
「用がなければ呼んではいけないか」
「……いや……」
何か後ろ暗い命令を受けるのかと内心身構えていたモクマは、あっさりとしたフウガの言葉に肩透かしを喰らっていた。
「モクマ」
味噌汁に口をつけていたモクマがチラリとフウガを見、椀を下ろす。
「まだ私が恐ろしいか」
フウガは刺身に箸をつけながら問う。
「分かっている癖に聞くのか?」
一瞬、モクマから殺気が滲む。しかしフウガは特段機にした様子も無く、鼻を鳴らして笑う。
「モクマ」
湯呑みに口をつけたまま、モクマはフウガに視線を送る。
「私はこれからも、こうしてお前を呼ぶ」
フウガは箸を下ろし、睫毛の隙間から微かに見える黒目でモクマを見据える。
その視線の強さに、モクマは箸を握る指の力を思わず強めた。
「拒むことは許さん」
尊大な言葉。フウガらしい、とモクマはどこか他人事のように思った。
フウガはこうして度々モクマを呼ぶ。モクマはフウガに呼ばれる度に、居心地の悪さを感じていた。フウガの顔を正面から見ることを躊躇っていた。子供達と戯れている時のような穏やかな感情が掻き乱される。モクマはフウガのことが未だに苦手であった。
「フウガ」
「なんだ」
モクマを呼ぶフウガの声の調子を真似、モクマはフウガを呼ぶ。フウガは応えた。少し意外だった。
「まさか、俺のこと好きなのか?」
モクマはわざと戯けてみせる。
軽口を叩きフウガを怒らせれば、もう呼ばれることもなくなる。心の平穏を取り戻せる。そう思ったモクマが咄嗟に口にした言葉。
そのモクマの言葉が耳に届いた瞬間、フウガの手から箸が音を立てて転がり落ちる。
箸を取り落とした手を自ら見つめた後、味噌汁が並々と注がれた椀を下ろし、フウガはモクマを見つめる。その目は大きく開かれ、白い肌がみるみる赤くなっていく。
「………え?」
フウガの言葉にならない反応に、モクマは頬を引き攣らせた。