ひゅ、と双鉞が空を切り、刃にこびりついていた血が振り落とされる。
戦場へ向かう曹操軍が遭遇した野党を相手にした。戦にも満たない小競り合いは、瞬きの間に終わった。
さすが張遼様、と兵達がそわそわと浮き足立つ。これからの戦を鑑みるに、良い傾向では無い。叱咤をしなければいけない。張遼は顔を見合わせ囁き合う兵達に鋭い視線を向ける。
「張遼殿」
声が聞こえてきた。
楽しげに弾んだ低く甘い声の主は、張遼が此度の戦で支持を仰ぐ軍師である郭嘉その人だった。
張遼は声の方へ顔を向けると、郭嘉はすぅと目を細め張遼を見つめる。
「郭嘉殿、露払いは」
済みました、と言いかけた声が、途切れる。
一歩、二歩と跳ぶように張遼の胸の中に近づいた郭嘉は、生真面目で堅い言葉ばかりを紡ぐ唇に、自らの唇を押しつける。
乾燥してかさついた張遼の唇は郭嘉の唇を擽り、その感触に郭嘉はくすりと小さく笑う。
張遼の薄い唇を、郭嘉は舌先で舐める。
その熱い感触に驚いた張遼は、命に等しい双鉞を思わず取り落としてしまい、自由になった両手で郭嘉の肩を掴み引き離すように力を込める。
「ッ、郭嘉殿、一体なにを……!」
困惑する張遼を尻目に、郭嘉はぺろりと赤い舌で自らの唇を舐める。
「あぁ、すみません。血が付いていたので」
血が付いていた。張遼は血を流していない。ならば、野盗の血か。張遼はさっと血の気が引くのを感じた。
「なりません郭嘉殿、なにが入っているかも分からない血を舐めるなど……!」
「血が付いた張遼殿があまりにも美しくて、ついね」
「つい、ではありません……!川が近くにあるので洗わなければ……!」
「張遼殿は真面目ですね」
目に見えて焦った様子を見せる張遼に、郭嘉はくすくすと唇に手を当て肩を揺らして笑う。
郭嘉の細い手首を掴み川へ向かう張遼に引かれながら、郭嘉は残された兵達に「少し休憩しておいてほしい」とひらひら手を振って見せた。
残された兵達は呆気にとられながらも、まぁ張遼様と郭嘉様ならいつものことか、と納得してみせ、各地面に腰を下ろし始めた。