【主へし】未完成の肖像「主は、人物画を描きませんよね」
長谷部の問いに、男は絵筆を動かしていた手を止めた。長谷部の眼下、イーゼルに置かれたP6号のキャンバスに描かれているのは、男の視線の先にある、本丸の畑をそのまま切り取ったような風景画だ。但し、男の視界に入っているはずの、内番に勤しむ男士らの姿はひとりすらも描かれていない。男が描く絵はいつもそうだった。見たものそのものをリアルに写し取るときでも、或いは視界に入れたものを解釈して再構築するときであっても、はたまた頭の中の空想を現実に落とし込むときであっても、描くための手法や表現は変われど、そこに生き物が描かれることがない、という点だけは共通していた。
「長谷部、あそこに植えられている野菜、全部何か分かるかい」
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