灰色の男➀男がこの街に来たとき、最初に見たのは灰色の空だった。
世界は煙がかったような、灰色のインクを吸い取ったような色をしていた。
明け方だというのにどんよりとした空気が街を包む。
途中、甘い香りのする女と会話をした。
「探し物があるのでしたら、あのホテルへ行ってはいかが?」
少女の甘い声と細い指がさすまま、男はそのホテルの前まで来ていた。
扉を開ける。長時間雨に打たれた身体は冷え切っていて、
ホテル内の暖かい空気に手足の感覚を取り戻す。
ホテルのラウンジらしき場所で褐色肌の男に呼び止められた。
「おい、お前びしょ濡れじゃないか。」
その言葉に反応したメイド服の女がすぐに裏からタオルを持ってきた。
それを受け取る。ホテルに常備された清潔なタオルを男は顔を押し付けそのまま濡れた髪をかきあげる。覗いた目がじとりとようやく駆けつけたメイドとホテルのオーナーに向けられた。血の気のない薄い唇が開かれる。男の声は低く重い印象だった。
「君たちは色を持っているか?」
突然の問いに二人して「はい?」と言わんばかりの視線を男に向けた。
そうだ。このホテルに来る者にマトモなモノなんてないんだったと、
ホテルのオーナーは慣れているはずの感覚を再度認識した。
ホテル内を一通り案内され終わり、街も歩いてみた後、
まだ自室に入らないまま男はホテルのバーカウンターに腰をかけ、声をかける。
「とある方を探しに来た。名前はクリオネ」
慣れた手つきでバーテンの仕事をしているエルツの手が一瞬止まる。
覚えがあるようだ。
「彼女は死んだ。」
そう言葉をしながら、そこで煙草を吸っていた男が席を立つ。
残った煙を手で仰ぎながら近寄って口を開いた。
「ヘカテという女が殺した。」
その言葉に近寄ってきたディーゼルをエルツは一瞥した。
が、それ以上何も言わなかった。
ディーゼルはカウンターテーブルに肘をつけ、
男に身体を寄せる。不遜な態度だったが、
男は眉ひとつ動かさずにディーゼルを見つめた。
男の薄情な様子にやりづらさを感じる。機械と話してるようだと思った。
この街ではそれもあり得る。
「彼女が殺されるなんてことがあるのか」
独白か、問いか、どちらとも取れない口調だった。
ディーゼルに目線が向いている。そのことでディーゼルがそれが問いだと判断した。
肩をすくめて嘲る様に笑う。
「あり得ないとでも?」
「理由がない」
きっぱりとディーゼルの言葉に返す。一度目を見開いた。
流石のディーゼルもこれには冷笑が浮かぶ。
「あるから殺すんだろ」
ディーゼルは男と目を合わせず、小さく吐き捨てた。
男は懐疑的な様子でディーゼルの言葉を待つ。
少し間が空いたあと、いつもの様子に切り替わる。
「よっぽど妻想いと見た。気になるなら教会でも見に行くといい」
グラスがバーカウンターの上に置かれるおとが響く。
その音にふとディーゼルが音の主に目を向ける。
エルツはディーゼルをじっと見ていた。
少しの間、エルツとディーゼルが見つめ合う。
重い沈黙のなかようやくエルツが口を開く。
「それは、どういう意味で?」
「危険な目に遭うかはそこの男次第では?それに中々危ない目に遭う玉じゃないでしょう?」
言いながら慣れた手つきでポケットから煙草を取り出す。
よれた煙草を咥えジッポライターで火をつける。煙を吐き出して、
そのままとぼけたように笑いかける。
「あの子に情でも?エルツさん」
静かな重い問いかけだった。
ディーゼルの言葉を噛み砕くようにエルツは目を伏せてから口をゆっくりと開いた。
「いえ、少し知っているだけです」
エルツにしては珍しく、歯切れの悪いような返事だった。