ステーキだって毎日食べたい「君の手料理が恋しくなるよ」
目の前の皿を悩ましげに見つめる仕草に、恋しいのは料理だけかと反駁したくなる。とはいえそう言ったところで、肝心の相手はどういうことかと首を傾げるだけだろう。いや、そこまで計算尽くでやっているとしたら恐ろしいことこの上ないが、こと戦術においては天才的なドクターも、情緒的な面、特に色事に関しては未だに無邪気な子どものようだった。だからこそいつも、こちらばかりが翻弄される。
もう龍門に帰っちゃうんだろう、と。拗ねた子どものような眼をしてドクターはこちらを見つける。おれにも龍門で仕事がありますもんでねぇ、と答えれば、溜息をついてドクターは箸を手に取った。
「じゃあ最後の夕食を心して食べないと」
「んな大げさな。またいつでも作りますよ」
「本当に?」
じゃあまたア達の面談に来る時には頼んだよ、というこの人は、自分に料理をつくるために戻って来いとは言わないのだろうか。ただ自分に会いに来てほしいとは。実のところ自分が求めているのはその言葉で、ただこの人に必要とされたら、どんなにか胸が弾むことだろう。料理の隠し味は愛情だとよく言ったものだが、しかしいくら愛情と恋情と執着を流し込んだところで、食べた先ではすっかり消化され、その人を構成する要素にはならないらしい。
「まあ、それくらいのペースがいいんでしょうけどね」
「うん?」
「毎日食べたら飽きちまうでしょう」
特別な料理は特別な時に食べるからこそ価値があり、どんなご馳走だって毎日食べれば胃もたれの原因となるだけだ。だからおれの料理を食べるのはたまにで丁度いいでしょうと言えば、ドクターはそうだろうかと首を傾げる。
「君の料理に飽きる日なんて、想像もつかないけどな」
「ワイフー達にも言ってやってくださいよ。あいつら、今日はジェイの魚団子の方が良いって言う時もありますよ」
「毎日君が作るのも大変だろう。ウンは料理が得意だけど、ワイフーとアは……。まあ、君達がいるから良いよね」
でも、とドクターは言葉を続ける。
「私だったら毎日君の作ったものが食べたいし、そうなったら嬉しいけどな」
ああ、もちろん、君に龍門での仕事があることはわかっているよとドクターは言う。
「だからこうして、たまには作ってくれないか」
「……はあ。まあ、たまに、でしたら」
良かったとゆるやかに微笑んだ人が食事に専念するのを見て、おれはテーブルの上に置いた湯呑を手に取る。緩みっぱなしの口元を誤魔化すためにはそうするより他なかった。
嗚呼、全く、この人と来たら!