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    はるち

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    はるち

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    香水にまつわる小話

    #鯉博
    leiBo

    The musk  シャワールームで恋人の香水を使うと、抱かれているような感覚になる。
     そう話していたのは、執務室をカフェ代わりにガールズトークを繰り広げていたアンブリエルとアンジェリーナとウタゲの三人の中の誰かだった。いや、アンジェリーナは私の前ではこの手の話題を避ける傾向があるから、残る二人のどちらかであろう。この場合の抱かれているというのがどのようなニュアンスであるかは議論の余地があるが、極東の言い回しの通りに女三人集まって姦しいを体現しているような彼女達のやりとりに口を挟むほど私も野暮ではなく、また話題が秋の空よりもころころと移ろいゆくものだから、私が仕事の手を止める余裕が出る頃には彼女達の会話の中心は最近入職したオペレーターで誰が一番かっこいいかということに変わっていた。僭越ながら私も意見を求められたので、やはりインドラだろうと回答した。
     彼女達が去った後に、私は一人先程の話題を反芻していた。シャワールームで香水を使うという発想は合理的だ。室温や外気よりも温度が高く、また湿度も高いために、香水中のアルコールが気化するまでの時間が短く、また体表に振りかけたときのように面ではなく三次元的に香りを楽しむことができる。新たな気づきを得た思いだった。後で彼女達には礼を言わなければ。
     そういうわけで私はスワイヤーに連絡を取り、事前に取り決めた契約範囲外の業務となるから多忙であれば捨て置いて差し支えないと断りを入れた上で、龍門で取り扱いのある男性用香水のカタログを送って欲しいと依頼した。以前彼の事務所を訪れた際に、該当のものは目にしているから写真を見れば彼が使用しているものは判別がつくはずだ。しかし数日の後、スワイヤーから届いたのはカタログではなく彼が使っている香水そのものだった。どのように礼を言えばいいのかわからない、これは極めて個人的な依頼になるのでロドスから礼をすることはできないので次に本艦を訪れる時はドクターとしてではなく私個人として礼をさせてほしいと連絡すると、そんなことはいいから自分の時間を大切にしなさいという返信があった。彼女がどうして近衛局員から慕われているのかその一端を垣間見た思いだった。しかし、自分の時間を大切にしなさい、とは。彼女からの好意は有り難く受け取ったが、その扱いにはいささか困る。
     さて、これで事前準備は整った。香水瓶をシャワールームへそのまま持ち込むわけにはいかないので、予め別の小瓶に分注しておく。審美眼のない私でも、香水瓶の造形的な美しさは十分にわかった。使うものといえば戦場の血の匂い、腐臭、その他諸々を隠す消臭スプレーだけの私とは異なり、彼は身なりに気を遣う人だった。私も何かそれらしいものを見繕った方が良いだろうか。彼が戻ってきたら相談しよう。
     分注した小瓶を持って中へと入り、シャワーを出す。初めは水だったそれが温まるにつれて、湯気は浴室内と全身を包む。普段であれば一日の疲れを流すにはそれで十分だが、今日はこれで終わりではない。湯を浴びたことで全身の血管が拡張しているのとは別の理由で身体が熱くなるのを感じた。空間に向けて数回香水を噴霧すると、今となっては最早懐かしさすら感じる匂いがこの狭い空間を満たした。香水と混ざり合った水蒸気が目に染みる。一つ二つと呼吸をすると、その空気は肺だけでなくもっと奥から私を満たし、空いた穴を塞ぐようだった。流れていくシャワーの水音だけが聞こえる。目を閉じ、その水音の影に彼の声を探したけれど、結局のところ無為なだけだった。ロドス本艦の資源を私一個人の感傷のために浪費するわけにもいかない。水を止め、脱衣所へ出ると、
    「随分と長いこと入っているから心配しましたよ。のぼせてませんか?」
     開け放たれた扉から、湿気と香りを過分にはらんだ空気が脱衣所へと、彼が立っている脱衣所へと流れる込む。心配そうな彼の表情が一瞬にして怪訝なものへと変わる。ち、違う、と私は口走っていた。これは、その、としどろもどろに言い訳をする彼は、何を思ったのか濡れることも構わずに私を抱き寄せ、まだ水の滴る髪へと顔を寄せる。先程まで私がしていたように、肺が浸るほど深く息を吸い込んだ彼は、ややあって深々と息を吐き、それが肌を掠める。ドクター、と私の顔を覗き込む彼は、匂い立つような笑顔をしていた。
    「そんなにおれのことが恋しかったんですか?」
     その後、私は骨の髄まで染み込むほどに彼の匂いを纏うことになるのだが、これについてはまた別途検討する。
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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