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    はるち

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    はるち

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    if鯉先生と政略結婚するお話、その3

    #鯉博
    leiBo

    汝、薊のごとく棘あれば 歩くたびにしゃらしゃらと、水晶をすり合わせるように涼やかな音を立てる髪飾りが落ち着かない。所謂かんざしと呼ばれるもので、普段の自分であればとてもではないがつけていかない。戦場はおろかロドスでだってしないだろう。それをつけているのはひとえに、これを自分に買い与えた人間に会うのであればそれが礼儀だろうと思ったからだ。似合っていますよ、と結い上げた自分の髪にかんざしを刺しながら、眼を細めていた男の顔を思い出す。せっかくだからあなたに似合いの髪留めでも選びに行きましょう、と街に連れ出されたのが数日前のこと。行った店はリーの行きつけのようで、丁重にもてなしてくれる店員と共に髪飾りを探すリーは店中の商品をひっくり返す勢いだった。これでは派手すぎる、いささか品がない、あなたの良さを打ち消してしまう、等々。もういい加減くたびれた、という不平を何度か呑み込んだ末に、彼が見立ててくれたのがこれだった。
    「これなら、あなたの白い髪に映えますね」
     かんざしから垂れる小さな花々は、藤、と呼ばれるものらしい。淡く紫に色づいた、透き通る硝子細工の花。ロドスに帰ってからパフューマーに尋ねると、療養庭園にも藤のつるを這い登らせて、時期が来れば花が垂れて咲くように工夫した場所があるのだという。藤棚と呼ばれるそれを、そういえば自分も見たことがある気がする。まだ時期じゃないけど、花が咲く時期になったら一緒に見に行ったらどうかしら、とパフューマーはおっとりと微笑んだ。その一緒、というのが彼女と、という意味ではないことに気づいたのは、自室に戻ってからだった。
     だから、まあ。今日、彼の元を訪れるのは、近衛局に必要な書類を提出するついでに、これの礼を伝えるためであって。遠い将来の約束をするためでは――ないのだけれど。
     今のところは、とドクターが一歩踏み出した時に、不意に煙草の匂いが鼻を突いた。
     時流のせいだろう、近衛局でも自由に吸えないのだと、彼はいつかにそう溢していた。用意された喫煙所でしか吸えないのだと。時代ですかねえと良いながら彼が胸ポケットから煙草を取り出したので、ロドスも禁煙だとは言ったのだが。
     煙草の匂いを嗅ぐと、思い出すのは彼のことだ。――もしかしたら、彼も、この先にいるかもしれない。誘われるようにふらふらと、ドクターはその先へと足を向ける。匂いの出どころは中途半端に開いた、ベランダへと繋がる扉のようだった。それに手をかけた時に。談笑が聞こえる。
    「見たか? リーさんが最近金で買った飼い猫」
    「ああ、製薬会社の上役……だったか?」
     扉にかけた手が止まる。開けることも閉めることもできないまま、風だけが煙草の匂いと声を運ぶ。
    「なんであんなのにしたんだろうなあ。リーさんならよりどりみどりだろ」
     客観的に見れば、自分は確かにそうなのだろう。ろくに栄養も足りておらず、血色も悪い。野良猫だと言われても信じるだろう。もし彼が自分を選んだ理由があるのなら、それは毛並みが人とは違っていたからだ。
     それ以上の理由はない。
     ドクターはそろそろとドアノブから手を話した。この先に自分の探している人はいない。ならば別のところにいかなければ。この風の届かないところへ。
     踵を返すと、しゃら、と音がした。彼のくれたかんざしだ。逡巡の後、ドクターはそれを抜き取った。一つにまとめた髪がばさりと広がる。これ以上音がしないようにと、ドクターはそれをこぶしごとポケットに入れ、強く握りしめた。
     もう花々は音を立てない。けれど、力を入れすぎたのだろう。手の中で音を立てずに砕けた花が、肌を苛む。
     でも痛くない。痛みなどない。こんなものは。
     ――自分に、それを感じる機能はない。
     
     ***
     
     ウェイ長官に必要事項を伝達し、今後の方針を共有した後でリーのところへ顔を出すと、彼はいささか怪訝そうな顔をした。
    「髪、解いちまったんですか?」
     髪に癖がついている、と彼は、一房を掬い上げる。やはり彼の目を誤魔化すことは出来ないか、と溜息をつきながら、ドクターはポケットの中身を取り出す。
    「来る途中に落としてしまってね。……せっかく君がくれたのに、すまない」
     砕けた花の残骸を見つめ、リーは優しくドクターの名を呼んだ。
    「反対の手、見せてくれませんか」
    「……」
     自分を見つめる鬱金色の、無言の圧に耐えかねたドクターがポケットに突っ込んだままの反対の手を取り出す。握り込んだこぶしを開かせて、リーは乾いて黒ずんだ血の跡を見つめた。
    「拾った時に切ったんだよ」
    「……、そうですか。手当はまだみたいですね」
    「大丈夫だよ、これくらい」
     大した傷じゃない、と手をひこうとしたが、それを許す男でもなかった。座ってください、と言われるままに来客用のソファに腰を下ろす。確かこの辺りに救急箱が、と雑然とした部屋の片隅を漁る背中に、思わず笑みが溢れる。自分も大概執務室は雑然としているが、彼も負けず劣らずだった。
    「何笑ってるんです」
    「いや、君のこういうところを見るのは初めてだと思ってね」
     何せデート――結婚している間柄でもこの表現でいいのかわからないが――のときはいつもスマートに自分をエスコートする、瀟洒な良家の貴公子なのだ。リーはいささかばつの悪い表情で、あなたが来るってわかっていたらもう少し片付けましたよとぼやく。
    「来るなら連絡してくださいよ」
    「そうしたら驚かないだろう」
     予告なしでやってきて、それで、自分の与えた髪飾りをつけているところを見せるつもりだったのだ――本当は。
    「痛みますか」
     浮かない表情を、彼は傷が原因だと解釈したらしい。黙ってうなずくと、彼は慣れた様子で応急処置を始める。
    「……あ、そうだ。ちょいと野暮用がありますんで、待っててもらえませんか?」
     どうせこの後の予定は特にない。PRTSも持ってきてあるから、彼の仕事が終わるまでの間に自分の仕事を片付けることもできるだろう。
    「構わないよ。仕事中に悪いね」
    「いーえいえ。あなたの顔を見たらやる気が出てきましたよ。これからもずっといてくれませんか?」
    「ロドスの執務室を併設していいなら」
     こりゃあウェイの説得が大変そうだと笑いながら、彼は書類を手にして執務室を出ていった。彼がいなくなると、部屋の沈黙はとたんに重く感じる。息を吐いて、ドクターはソファに身を預けた。自分のワーキングチェアより余程座り心地が良い。仕事を済ませるつもりだったが、このまま眠ってしまいそうだ。
     眠気を追い払おうと数度瞬きをしても、背後から忍び寄る睡魔の気配が色濃くなるだけだった。結局ソファと眠りに沈んだドクターを呼び起こしたのは、茶の香りだった。
    「あ、目が覚めましたか?」
     座ったまま寝ていたからだろう。頭は重く、眠気が燻っている。それを追い払うように、眼の前のローテーブルに湯気を立てている茶杯が置かれた。
    「……これを、君が?」
    「そうですよ、どうぞ」
     言われるままにに一口飲むと、少しずつ意識が覚醒していく。カフェインが入っているのは、何もコーヒーだけではなかったか。ありがとう、と礼を言おうとして、不意に、彼から茶以外の匂いがすることに気づく。
     煙草の匂いだった。
    「ああ、どうしたんです。そんな顔をして」
     怖い夢でも見ましたか、と言って傍らに彼が腰掛ける。
    「……どこに、行っていたの?」
    「あなたの気にするようなことじゃありませんよ。ただの野暮用です」
     彼が、膝の上で固く握りしめられているこぶしを、数刻前に彼が自身で手当したそれを掬い上げる。それをそっと開かせて、消毒液の匂いのする包帯へと口づけた。
    「強いて言うと、硝子の破片の掃除ですかね」
    「……」
    「ここはおれの庭みたいなものなんですが、ね。……あなたを傷つけるものの片付けが済んでなくて、全く。すいません」
     リー、と彼の名を呼ぶ。先程、茶で喉を潤したばかりのはずなのに。喉が乾いて、声が張り付くようだった。
    「――君が、私のために、そんなことをする必要はないんだよ」
    「いいえ、あります」
     声は穏やかで、それでいて反論を許さない。例えば空を渡る風が、人間の意志など意に介さないように。
    「おれのつがいを侮辱した」
     手のひらから髪へと、彼の手が移る。癖の残る髪を梳きながら囁かれる言葉は、正しく恋人への睦言で。なのにどうして、胸の奥が冷えるのか。
    「仕事が終わったら、また髪留めを買いに行きましょう。今度はもっと豪奢なのにしましょうか」
    「……そんなの、付けて外を歩けないよ。今日のでも、私には贅沢すぎないか、人前を歩くのが恥ずかしかったのに」
    「構いませんよ」
     いつの間にか、もう日が傾ぐ時間だった。西日が部屋と、彼の瞳に赤を差す。
    「おれの前でだけつけてくれれば、それで。――ねぇ?」
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    はるち

    DONEドクターの死後、旧人類調技術でで蘇った「ドクター」を連れて逃げ出すリー先生のお話

    ある者は星を盗み、ある者は星しか知らず、またある者は大地のどこかに星があるのだと信じていた。
    あいは方舟の中 星々が美しいのは、ここからは見えない花が、どこかで一輪咲いているからだね
     ――引用:星の王子さま/サン・テグジュペリ
     
    「あんまり遠くへ行かないでくださいよ」
     返事の代わりに片手を大きく振り返して、あの人は雪原の中へと駆けていった。雪を見るのは初めてではないが、新しい土地にはしゃいでいるのだろう。好奇心旺盛なのは相変わらずだ、とリーは息を吐いた。この身体になってからというもの、寒さには滅法弱くなった。北風に身を震わせることはないけれど、停滞した血液は体の動きを鈍らせる。とてもではないが、あの人と同じようにはしゃぐ気にはなれない。
    「随分と楽しそうね」
     背後から声をかけられる。その主には気づいていた。鉄道がイェラグに入ってから、絶えず感じていた眼差しの主だ。この土地で、彼女の視線から逃れることなど出来ず、だからこそここへやってきた。彼女であれば、今の自分達を無碍にはしないだろう。しかし、自分とは違って、この人には休息が必要だった。温かな食事と柔らかな寝床が。彼女ならばきっと、自分たちにそれを許してくれるだろう。目を瞑ってくれるだろう。運命から逃げ回る旅人が、しばし足を止めることを。
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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