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    はるち

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    はるち

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    老鯉と若鯉と博士が三人で仲良くする話

    #鯉博
    leiBo

    色仕掛花手折「興が乗った。貴君、珍しい夢を見てみたいとは思わないかい?」

    リィンの私室に呼び出され、二人で酒盛りをしていたことは覚えている。アンジェリーナがアカユラの奥地から珍しい酒を持ってきた、とリィンはいつにもましてご機嫌だった。盃を何度も空にしては手酌も構わずに再び満たし、詞を吟じたかと思えば心の赴くままに舞い踊る。仙境にありて夢でも見ているようだった。しかし宴もたけなわ、そろそろ切り上げようかとドクターが立ち上がったときに、リィンはその袖を引き、そう言った。
    珍しい夢とはなんだろうか。いわゆる明晰夢のことか。勿論興味はある、と答えたのが、ドクターにとって運の尽きだった。
    「蝶の夢は所詮蝶なり。ならば貴君よ、君は夢の中でも、目を覚ましていられるのかな?」
    頭を殴られるような眠気に襲われる。ドクターが最後に見たのは、立っていられないほどの酩酊感の中、回る視界の中央で、極上の笑みを浮かべているリィンだった。

    ***

    「――い。おーい。……寝てんのか?」
    肩を揺さぶられ、虚空を漂っていた意識が身体に舞い戻る。鉛のように重い瞼をこじ開けたのは、うとうと眠ってもいられないほど、周囲が何やら騒がしいからだった。
    「……あれ、リー?」
    視界に映るのはリィンではなく、金色の双眸だった。まさか起こしに来てくれたのか。それとも部屋で眠ってしまった自分の迎えにとリィンが彼を呼んだのか。気恥ずかしさから瞬時に意識が覚醒する。
    「ごめん、リィンと酒を飲んでいたら眠ってしまって……」
    「……あなた、おれのことを知っているんですか?」
    「は?」
    ドクターはぱちぱちと瞬きをした。眼の前にいるのはリー、龍門の私立探偵であり現在はロドスのオペレーター、そして自分の恋人である。見間違えるはずもない。のだが。
    違和感があった。その正体を探るべく、ドクターはリーの顔をまじまじと見つめる。
    「……すまないが、今は何年だろうか」
    「今日が何月何日かも忘れるほど飲んでるんですか」
    彼は呆れたように嘆息し、そしてドクターの質問に答えた。
    ドクターが記憶している日時より、数十年も前だった。

    ***

    「……」
    これは一体どうしたものか、とドクターは頭を抱えた。
    リィンが一枚噛んでいることは間違いない。一枚どころか今回の黒幕だ。リィンが歳の化身として、時空跳躍とも言うべき権能を持っていることは知っている。しかしそれはこうも安々と行使されるべき力ではないだろう。
    「落ち着きましたか?」
    青年の声に顔を上げる。自分の知っている恋人の顔よりも随分と若々しく、あの老獪な雰囲気はない。
    「おかげさまで。すまない、君に迷惑をかけて」
    「袖振り合うもなんとやら、と言うでしょう。お気になさらず」
    重なる面影と、重ならない鏡映。
    そこに寂しさにも似た感傷を覚え、それを振り払うべくドクターは目の前に置かれた湯呑に手を伸ばした。
    「……」
    「口には合いませんでしたか?茶の淹れ方には自信があるんですが」
    「すごく美味しいよ」
    「それは良かった」
    頬を緩ませる青年の笑顔に、見慣れた昼行灯の影はない。なのに茶の味だけは同じだった。
    自分はどうも、炎国の街の片隅で眠っていたようだった。リー以外の人間がはじめに自分を見つけていたらと思うと背筋が泡立つ。時間旅行に途方に暮れている自分を、リーは文無しの浮浪者だとは思わなかったようだ。もし酔って眠っている間に財布をすられでもしたなら、行く宛ができるまではおれのところに来ますかい。その言葉とともに差し出された手を取ったのは、自分を見つめる金色の温度が変わらなかったからだ。
    彼に連れてこられたのは、自宅ではなく宿屋の一室だった。大人二名一室、と店員に話をしていたので、前からここに泊まっているというわけでもないらしい。アやウンたちに話を聞く限り、彼の実家は炎国でも相当な名家のようなので、そこにこんな怪しい人間を連れ込むわけにもいかないという判断からだろうか。
    「ところで。おれたち、どこかであったことはありますかね」
    「初対面だよ。それともナンパかい?」
    「だとしたら誘い文句としては下の下でしょうね。特にこの街では」
    この街――、そういえばここは炎国のどこなのだろうか。ドクターはもう一口、茶を啜る。
    「おれたちが初対面だって言うなら、どうしてあなたはそんなに――」
    湯呑がドクターの手から滑り落ちる。しかしそれは動揺からではない。
    「――おれの匂いをさせているんですか?」
    視界が回る。世界が回る。身体のバランスを保っていられない。落ちた湯呑が茶を撒き散らして服と床を濡らす。傾いだ身体を、リーは引き止めるのではなく押し倒した。彼の背中越しに天井を仰ぐのは初めてではない。しかし今は、逆光の中でも輝く金色が、底冷えのするほど褪めて見える。
    「……な、にを」
    「わからないとでも?」
    あの茶に混ざっていたものは、親切ではなく毒だったのか。手足は自分の思うようには動かず、意識に霞がかかる。彼の指が釦にかかる。やめてくれ、という声は掠れて、彼を静止するには至らない。
    「……ああ、これはまた」
    服の下に隠れていたものが顕になる。羞恥で呼吸が浅くなる、白熱灯と彼の影の下、そこに晒されている素肌には、いくつも痕が刻まれている。彼にとってはよく知ったもので、けれども知らないものだろう。
    「おれとあなたは、随分と好い仲なんですねえ」
    「……善人同士だからね」
    浅い呼吸の合間に囁かれた言葉に、彼はくつりと喉を鳴らす。自分を組み敷く金の瞳を恐ろしいと思ったのは、今このときが初めてだった。今となってはすっかり自分の肌に馴染んだ指先が、刻まれた痕の一つを辿る。興味深そうに。自身を見下ろす瞳に、好奇心と混ざって燃える炎を見出す。それはつがいを求める欲であり、普段は自分を蕩かすように熱いそれが、今は爛れるように痛い。薄い肌を爪先がかすめ、思わず喉から溢れそうになった声を唇を噛んで堪える。跳ねる身体を可笑しそうに撫でながら、彼は囁いた。
    「我慢しなくてもいいんですよ?ここはそういう街ですから」
    「そういう、街って」
    「花街ですよ、ここは」
    だから、そう。行きずりの男女が宿の一室にいることも、街の明るさから身を潜めて睦み合うことも、帳の影から艷めいた声が聞こえることも、この場所では有り触れたことなのだろう。一夜限りの夢を見ることも。
    けれども。
    「やめて、くれないか。君は知っていると思うが、リーは嫉妬深いんだよ」
    果たして過去の彼とこうしていることは不貞に該当するのか――と、朦朧とする意識を、肌を這う舌が焼く。身を焼く痛みではない、砂糖の甘さに現実感が乖離する。それでも、夢の中でも目を覚ましていなければ、と。手を伸ばしたときに。
    「――何をしているんですか?」
    ぶち破られる勢いで開かれた扉が、室内に立ち込めていた雰囲気を霧散させる。ドクターは視線だけ、リーは首を音のする方へと向ける。そこには龍門の夜を切り取ったような男が立っていた。 
    「……なるほど。あっちが、あなたにとってのおれですか」
    見ただけで、若い方のリーは状況を把握したらしい。そしてそれは、彼にとっても同じことだった。理解が早くて助かりますねえ、と人当たりの良い笑顔を浮かべながら、それでも底冷えのする光を瞳に湛えたリーが部屋の中へとやってくる。
    「ほら、その人を返してもらいますよ」
    不承不承、といった体で若いリーがドクターの上からどく。安堵か、それとも飲まされた毒のせいか。リィ、と甘い滑舌で、心底嬉しそうにドクターはつがいの名を呼んだ。はいはい、と伸ばされた腕を掴んだリーは、ドクターを後ろから抱きしめるようにかかえ上げた。
    「……そっちのおれは今、何をしているんですか?」
    「あなたには関係ありませんよ」
    「そうですか。まあ、幸せそうで何よりです。――その人がいるからですか?」
    金の瞳が交錯し、雷電めいた火花が散る。そうですよ、と壊れやすい細工を慈しむような強さで、リーはドクターを抱き締めた。
    「妬けますねえ。……ねぇ、ドクター。あなたにとって、おれはリーじゃあありませんか?」
    「は?それはどういう――」
    若い、過去のリーが影のように、ドクターへと近づく。自身を抱きしめる腕が強さを増したが、しかし彼は自身を止めることはしなかった。
    「あなたがおれのつがいなら。――おれの過去も、未来も、現在も。みぃんな、あなたのものだってことですよ」
    耳元で囁かれた言葉は、果たしてどちらのものだったか。声を上げて尋ねようにも、顎を掴んで上を向かされ、重なった唇が言葉を奪う。もう一人の彼は、初雪のように白い肌の上に自身の痕跡を残すことに忙しい。嗚呼、これが夢ならば。目を覚ましていることなど、一体誰に出来ようか?
    ドクター、と自分を呼ぶのは、過去と現在、夢と現のどちらなのか。そんなことさえもう分からない。吐く息が熱い。触れる肌が熱い。流し込まれる熱は、互いの境界を溶かしていく。彼と自分、彼ら自身の。どんな蠱惑も誘惑も、夢の中では罪にさえなるまい。リー、と名を呼べば、心の底から嬉しそうに応える声がある。胴に絡みつくのは腕と尾だ。誰にもやるまい、というように。
    「愛していますよ、ドクター」
    二人の龍の腕の中、月に溺れる夢を見る。
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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