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    はるち

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    はるち

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    夏なのでホラーっぽい話を。
    作中で引用しているエピソードは「島の幽霊/蘆花公園」からの引用となります。

    #鯉博
    leiBo

    赤い糸を引け「なんですかい?そのモンスリってやつは」
    「モンスタースリープの略だよ。クロージャが開発した新しいソフトでね」
     最近何か変わったことはありましたか――と。久しぶりに本艦を訪れたリーの問いかけに対するドクターの返答がそれだった。子どもたちの間ではおまじないとしてストラップが流行っていること、最近入職したオペレーターによる武術指南、厨房がリーの来訪を心待ちにしていたこと、そして新しいクロージャの発明品。
     それはロドスで大人気なのだという。リーは今年の四月にクロージャが喧伝していた弾幕要塞!ソルジャーズ・アッセンブルを思い出したが――実はテスターとして声を掛けられていたのだが、のちの評判を聞く限りは断って正解だった――、少なくとも新しいそれは、ロドスで大人気なのだという。
    「睡眠時間と質に合わせてモンスターが成長するんだ」
     ほら、とドクターは自身の端末をリーに見せた。中にはクヒツムに良く似たキャラクターが表示されている。なるほど、今回はシーに技術協力を依頼したらしい。コンセプトとしては睡眠管理アプリなのだろう。子どもでも大人でも楽しめるソフトだ。クロージャはようやく、自らの商才を正しい方向へと発揮しているらしい。
    「たくさん集めたり育てたりして楽しむゲームなんだよ」
    「なるほど。それでドクターは、そのために睡眠の質を高めたいと」
     そうなんだよ――とドクターはワーキングチェアに身を預けると、背もたれが軋んだ。その顔色はお世辞にも良いとは言い難く、目の下には隈が滲んでいる。
    「最近、よく眠れなくて」
     ドクターが眠れないのは、今に始まったことではない。それは抱える仕事量の多さゆえに徹夜を余儀しているというケースが多いのだが、今回は違うのだという。
    「なんだろう……睡眠時無呼吸症候群なのかな?なんだか息苦しくて」
    「そんな年でもないでしょうに。空調のせいじゃありませんか?」
     困ったねえとどこか他人事のように笑うドクターは、デスクに置いたマグカップに手を付けた。リーが秘書としてここに来てから、何倍目の珈琲なのかは数えていない。止めたが、こうでもしないと仕事にならないのだと苦笑した。
    「……」
     す、とリーが手の甲でドクターの頬に触れる。驚いてこちらを見上げるドクターに、鬱金色の瞳は思案を宿して揺れていた。
    「少し、痩せましたか?」
    「おっと。それは褒めているのかな」
     機嫌を良くしたように瞳を輝かせたドクターは、木陰に身を寄せる猫のように、情人よりも低い体温に頬を寄せて目を閉じた。茶化さないでくださいよ、と今度はリーが苦笑する番だった。
    「安眠の方法、ねぇ……。わかりました、何か香りの良い茶でも――」
     ふ、と言葉が止まる。頬から手が離れ、支えを失ったドクターはたじろいだ。
    「ちょっと」
    「これ、どうしたんです?」
     リーが掴んだのは、マグカップを持っていたドクターの左腕だった。袖口から覗く手首には、糸のように細い赤い痕が付いている。
    「うん?いや、覚えてないな。どこかに引っ掛けたのかも」
     最近寝ぼけているから――と目を閉じ、記憶の糸を手繰り寄せようとしたドクターは、そのまま眠りにつきそうになって慌てて目を開けた。
    「まあ、大した怪我じゃないよ」
    「……」
     手首を掴んだまま、リーは親指の腹でその痕をなぞり。
    「ドクター」
    「なに?」
    「今日は一緒に寝ましょうか」
    「自分の家に帰ってくれ」

     ***

     近所に■■さんという、優しいおじいちゃんがいました。
     いつもニコニコしている■■さんが珍しくしょんぼりしてるのに気づいて、どうしたの?って聞いた。そしたら「最近家の前にポイ捨てする人が増えてね」って悲しそうに言った。
     ■■さんの家には大きな庭があって、小さい子供が遊べるようにって開放してあったんだ。広いからごみ捨ててもいいだろう見たいに思ったのかな。
     私はムカついて、「ひどい、警察には言ったの?」って言ったけど、■■さんは悲しそうに首を横に振るだけだった。
     優しい人だから、監視カメラつけたり、犯人探しみたいなことはしたくないんだなって思った。
     でも、■■さんはもうおじいちゃんだし、掃除だってしんどいだろうなと思って、どうにかならないかなと考えた。
     それで、いい方法を思いついたんだ。
     私は美術部で、絵とか得意な方。
     学校に合った木材と絵具で、かなり本格的なみに鳥居を作ったんだ。
     話を聞いた友達も協力してくれて、友達は紙粘土でかわいい狛犬を作ってくれた。
     それで、それを■■さんの庭先に置いたんだ。
     それで毎日様子を見てたら、なんか、皆拝むようになって。お供え物とか置く人も増えてきたのね。
     もちろんそんなふうだから、ポイ捨てする人もいなくなって。■■さんも笑顔で、なんかいいことしたなって思った。確かに、犯人なんか見つけても、町中の雰囲気がぎすぎすしていただけかもしれないし。
     ただ、ここには何の神様が祀られてるの?って通りすがりの人に聞かれたときは困った。
     そんな思い出。

     ***

     リーおじさんにもこれあげる、と。
     食堂で腕を振るっていたリーが、おいしいご飯のお礼にと、小さな客人からもらったのは、赤い糸の巻き付いた人形だった。人形に顔はないが、白衣にロドスのロゴが入った上着とくれば、その簡略化されたシルエットも誰かに似て見えてくる。
    「これね、糸が切れるでもっているとね、おねがいがかなうんだよ」
    「おや、いいんですかい?」
    「うん!だいじにしてね!」
     またね、つぎもちゃーはんをつくってねと言い残し、何度も振り返ってはこちらに手を振りながらその少女は食堂を後にした。見送っていたリーは、その背がすっかり見えなくなったことを確かめてから表情を消す。
     ドクターの言っていた、ロドスで流行っているおまじないとはこれのことだろう。
     だとすれば少しばかり、急いだ方がよさそうだ――と。リーはエプロンを脱ぐと、食堂を後にした。向かう先は決まっている。廊下を足早に進んだリーが扉を開くと、中にいた人々は思いがけない来客に目を丸くした。
     ロドスのエンジニア部である。
     いやあどうもと気さくな笑みを向けながら、リーは左右を見渡しながら奥へと進む。探し人はすぐに見つかった。
    「こんにちは、ニェンさん」
     リーの顔を見て、ニェンは作業の手を止めた。
    「ちょいとお願いしたいことがありまして」
    「なんだよ。もしかして火鍋のレシピを教わりに来たのか?」
    「違います。作ってほしいものがあるんですよ」
     リーは簡潔に依頼内容と伝え、腕組みをしながらそれを聞いていたニェンは唸った。
    「一週間」
    「三日でどうにかなりませんかねえ」
    「オメー、人のことを何だと思っていやがる」
     そこをなんとか、とリーは両手を合わせてニェンを拝み、ニェンはじとりとした半眼で彼を見つめた。
     エンジニア部への珍しい来客を、オペレーターたちは遠巻きに見つめていた。リーが恐ろしい――というよりも、上機嫌とは言い難いニェンに迂闊に絡まれることを避けるためだ。
    「ニェンさんだって気づいているでしょう」
    「……」
     何が、とは言わない。必要以上にこちらへと干渉しないのは彼女なりの矜持でもある。だから迂闊に立ち入ったことは言えないが――しかし、このまま放置することは、彼女としても本意ではないだろう。
     舌打ちがあった。
    「四日だ」
     これ以上はどうにもならない――とニェンは顔をそむけたが、リーはそれに恭しい一礼で答えた。
    「ご協力ありがとうございます」
    「んで、それまではどうするんだよ」
     がしがしとニェンが頭を掻く。顎に手を添え、しばし黙考したリーは。
    「子守歌でも歌いますよ」

     ***

     ある日、仲間の家でゲームしてたら盛り上がって、気づいたら九時を過ぎていた。俺は慌てて走って帰ったんだけど、徳から自転車が猛スピードで走ってくるのが見えた。
     危ない、と思った時にはもう遅くて、俺は思いっきりはねられた。
     本当に死ぬかと思ったよ。頭がぬるぬるして、たぶん血が出てて、それよりなにより全身が熱くて、「きゅうきゅうしゃ……」って死にかけの虫みたいな声で言った。
     でもさ、自転車のヤツは「バカヤロー、死んどけ!」って怒鳴って、そのまま猛スピードでどこかへ走り去っていった。
     結局通りかかったおじさんが救急車呼んでくれて、俺は死ななかったんだけどさ。
     あの「死んどけ!」ってセリフが忘れられなくて、復讐を決意した。
     自分自身を利用することにしたんだ。
     それから俺は毎日、自分がひき逃げされた場所に花を供えた。それで、これ見よがしに手を合わせる。投稿するときは勿論、近所の人が犬の散歩をしてるときとか、人が多い時間を狙って、一日三回くらいやる時もあった。
     そしたら不思議なもんで、俺が見てないうちに花だけじゃなくて、お菓子とかお供えしてあってさ。いつの間にか、簡単な献花台みたいなもんまで設置されてんの。
     二か月くらい経ったら、警察から連絡があって、自首してきたんだって。
     なんか、毎日男の子の幽霊が家に出て、俺を轢き殺したな~っていうから何とかしてくれ~って半狂乱だったらしい。
     ショボいかもしれないけど、ちょっとスカッとしたわ。

     ***

     一日二日眠れずとも構わない。三撤くらいは許容しよう。
     しかし、一週間続く不眠、ともくれば。
    「……」
     ドクターは鏡の前の自分を見つめ、しばし無言になった。
     あの日、リーに手首の後を指摘されたときは、なんとも思わなかった。ただどこかに引っ掛けたか、紙で切ったのだろうと。しかし、あの日以降、意識してみると――自分の体には、線のように細い痕が、いくつも浮かんでいた。
     例えば、手首。
     例えば、大腿。
     例えば、胴体。
     例えば――首。
     首をぐるりと一周するかのような痕を見ていると、そこに何も巻き付いていないとわかっていても自然と呼吸が浅くなる。当然、身に覚えはない。ネックレスなどの金属でかぶれた覚えもないし、自分で首を締め上げた覚えもない。
     であればなぜ、こんなにも息苦しいのか。
     ドクターはかぶりを振った。疲れているせいだろう。今はこんなことをしている場合ではない。
     下着をつけて、シャツに袖を通し、スラックスを履く。白衣と上着を羽織れば、いつも通りの「ドクター」の完成だ。
     自室を出る。薄暗い室内から白熱灯の元に出るだけで頭痛がした。それを無視して、執務室へと向かう。今日の秘書は誰だったか。パッセンジャーだったら、珈琲を淹れてくれないか頼んでみよう。一歩ごとに頭蓋に響く痛みを極力無視しながら、ドクターは執務室へと向かった。
     扉を開けても、そこにはまだ誰もいなかった。しんと冷えた朝の空気だけがある。カレンダーを見る。今日の秘書はシーのようだった。ならば少しくらいの遅刻は多目に見るべきだろう。
     自分でインスタントコーヒーの用意をしようと、簡易キッチンへと向かおうとし――ドクターは、崩れ落ちるように床に座り込んだ。
    「――」
     聞こえる音が遠い。耳鳴りが煩い。上体を起こしていることに耐えられなくなり、胎児のような姿勢で転がった。頭が痛い。息が苦しい。呼吸ができない。睡眠薬と賦活剤で化学的に覚醒と睡眠を制御しようとする試みは、まだ早かったのだろう。
    「……、ぅ」
     眠れないのは。
     眠ることが恐ろしいからだ。
     息が詰まる。吐く息と吸う息が釣り合わない。酸素が足りない。酸素を求めて叫ぶ心臓がうるさい。はくはくと口を開いても、少しも息を吸えやしない。手も足も縛り上げたように動かなくて、なるほどこれが金縛りかとかろうじて動く理性だけがそう判断する。
     視界が赤く染まる。そして何も見えなくなる。喉から掠れた喘ぎが漏れる。それは、気道を締め上げられた人間が、末期に漏らす吐息のようで――
     ――しゃきん、と。
     鉄の擦れる音が、鈴のように響いた。
     途端に気道が解放され、酸素が肺になだれ込む。死ぬほど求めていたものが流れ込んだ気道は、けれども急に解放された反動で激しくむせ込んだ。ああ大丈夫ですかい――と降り注ぐ声は鉄よりも優しい。は、とようやく吸った息の先、涙で滲む視界の中には。逆光の中でも眩しい金色と、その光を反射する鉄色の刃がある。
    「――もう大丈夫ですよ、ドクター」
     だから安心して眠ってくださいね――と。
     手のひらが視界を覆い、暖かな暗闇は毛布のように体を包む。
     最後に知覚したのはどこかで嗅いだことのある煙草の匂いで、それを最後に意識が断線した。

     ***

     ありがとうございました、と。
     差し出された鋏に一瞥もくれず、ニェンは持っとけよ、とだけ答えた。
     リーは神妙な顔で頷き、それを外套のポケットへと滑り込ませる。代わりに煙草の箱を取り出し、一本に火をつける。それが済んだ後は左手はポケットの中、鋏の感触を楽しんでいた。
    「にしても回りくどい真似をすんなあ。祓うだけならいつでもできただろ」
    「ただ単に祓うだけなら、ね――。けどそれじゃあ、呪詛返しと変わりませんからね」
     それは、相手に呪いを返す方法だ。確かにそれで呪いは解けるかもしれないが、かけた相手には必ずその反動が来る。人を呪わば穴二つ――とは言うけれど。
    「同じだろ。呪ったんなら」
    「違いますよ。思っていただけです」
     ロドスで流行っていたおまじない。
     人形に赤い糸を結び、それが切れたなら、願いは叶う。
     はじめにそれを言い出した人間が誰かはわからないが、それは単なる子供だましとして始まったのだろう。しかし一人二人とそれを信じる人間が増えるにつれ――次第にそれは、本当の御呪いとして機能するようになった。
     ドクターに絡みついていたのは、人々のかける思いであり、願いだ。人々はその人形にドクターを投影したのかもしれないし――或いは。ドクター自身が、その願いの対象だったのかもしれない。
     信じる力が魔法になるというのなら。
     ドクターを縛っていた無数の糸こそが、人々の信頼であり、信仰だ。
     けれどそれを、リーは断ち切った。
    「まあこれで、ドクターもよく眠れることでしょう」
     二人は階下を見下ろした。視線の先ではドクターが子どもたちと戯れていた。その顔色が随分と良く見えるのは、日光の下にいるから、というだけではない。
     リーは目深に帽子を被りなおし、ニェンに背を向けた。その場を去ろうとする彼を、ニェンは呼び止める。
    「まだ残っているだろ」
    「なんの話ですか?」
    「糸だよ」
     あの糸を見ていたのは、リーだけではない。
     目を凝らせばニェンにも見える。彼岸花を体中に咲かせていたようなドクターの白衣は、今はもう本来の色を取り戻している。けれどそこにはまだ一つだけ。赤い糸が残っている。それが繋がる先は、ニェンには見えない。けれども。
     リーは唇を笑みの形に歪め、そして。
    「一本あれば十分でしょう?――運命の糸、ってやつは」


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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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