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    akiranhina

    @akiranhina
    普段は支部にちょっとしたお話を載せています。
    こちらには原作のある漫画や小説のトレスゲ千をちまちま上げれたらなぁと思ってます。
    最近ドクストに落石した文字書きです。
    成人済み。腐るの通り越して発酵してます。醸すぞ!
    Twitterアカウントはあきらですが、支部のニックネームの方が通りがいいかも。
    支部ではかなたと名乗ってます。
    現在140字ss に挑戦終了。100本ノックみたいになった。ほぼゲ千。
    他ジャンルでもやりたい100本ノック。
    当社のss 読み方。
    本文→タイトル→キャプション…が、いい感じになると思われます。
    本文の補足をタイトルとキャプションに突っ込んでるので(140字に盛り込めよって話)

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    akiranhina

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    テルミンを弾くドラルクが書きたかったのに、色々と盛り込んだ結果、やおい(本来の意味)なお話になりました。
    山場なし、落ちなし、意味なし

    #ドラロナ
    drarona

    安らかにおやすみ事務所に大きな荷物が届いた。
    ドラ公がネットで何か注文したらしい。
    当人は今、買い物に出ている。
    出掛けに『代わりに受け取れ』と言われて、素直に頷けなかった俺は取り敢えず挨拶がわりに殴ってあいつを塵にした。居候に命令される謂れはない。
    隙間時間にロナ戦の素案を練っていると、やがて事務所の呼び鈴が鳴った。
    ドラ公のいう通り荷物が届いた。受領対応に出るとひと抱えもある段ボール箱で、宅配業者に入り口のところまで運び入れてもらった。それにしてもかなりな大きさだ。
    「客が来たら困るし向こうの部屋に入れときゃいいか」
    両手で余るほどの箱は案外軽かった。これなら居住スペースへ運んでもらってもよかったかもしれない。
    『ゲーム機か?最近、新しいの出たっけ?』
    ゲーム機が壊れて、購入を折半と言って大喧嘩したのは記憶に新しい。
    あれでもいいとこの御令息だ。持ち金はたんまりあるだろうに、たかがゲーム機の買い替えで、しがない平民様と折半とか笑わせてくれる。まぁ、城再建できるほどではないらしいが。
    棺の脇に段ボールを置くと、俺は事務所に戻った。


    顧客対応をしている間にドラルクが帰ってきた。
    荷物が届いていることを伝えるといそいそと部屋に戻っていく。
    一体何を買ったのやら。
    隣の部屋を気にしながら下級吸血鬼退治仕事の詳細を詰める。
    家の地下に下等吸血鬼が大量発生したらしい。
    どうにも、急を要する案件になりそうだ。
    吸対に連絡を入れ、持ち回り番の半田と行くことになった。
    例のアレを持ってこないよう念押ししたが、不気味な笑いが返ってきた。心配だ。
    あれでも人並みの常識は持ち合わせているはずだから、あいつの良識を信じるしかない。
    今夜の予定が決まり客が帰った後で、俺は住居スペースを覗いた。
    「おい。何を広げてんだ、これは」
    部屋の中には組み立て式の何かが床に広げられていた。
    ドラ公は説明書も見ずに各パーツの数を確認している。
    「組み立ててからのお楽しみ」
    楽しそうにパーツを並べるのを見つつ、今日の予定を確認したところ、今日はついて来ないらしい。
    珍しいこともあるもんだ。
    そんなにこれの組み立てが面白いのか?
    奇妙な形の木箱の中身が気になった。
    「夜食は唐揚げにしてあげよう」
    一緒に行けないお詫びとかなんとか。
    来てもどうせお荷物のくせにと思いはしたが、唐揚げに免じて言わないでおく。
    今夜は唐揚げだからな。口元が緩む。
    ドラルクの唐揚げは世界一美味しいのだ。本人には悔しいので言ったことはない。
    「じゃ、行ってくる」
    「いってらしゃい」
    「ヌッヌヌヌヌイ」
    可愛いマジロと吸血鬼に送り出されて、途中半田と合流する。


    どうしたらここまで増やせるのか。
    陸クリオネの群れが豪邸の地下に犇めいていた。
    一度開いた扉を閉めたくらいには焦る。
    半田も表情を硬くしていた。
    「養殖でもしていたのか?なんだ、この数は」
    「応援呼ぶか?」
    「今更だ。この程度なら、貴様と俺で対処できるだろう?」
    半田は刀で、俺はいつものリボルバーに予備のオートマティックでクリオネを駆逐する。
    地下は通電がなく暗さがハンデになっている。
    半田はダンピールだし血液錠剤でブーストしているから、俺は視界を捨てて気配を探る。
    あいつの気配は分かり易い。これなら行けそうだ。
    引き金の軽いオートマを左手にクリオネの爆ぜる音を聞く。
    右は温存。6発しか撃てないし威力がデカいから、予測外の敵に備える。
    半田は俺の右側をカバーしてくれた。
    「残りは?」
    夜目の効く半田に声を掛ける。相当数片付けた筈だが、うじゃうじゃ湧いてくる。
    「知るかっ。ロナルド、貴様こそ残弾はどうなのだ?」
    「激ヤバめのやばい」
    「ふん。ヤバいことだけは伝わるか…。仕方ない。三つ数える、目を閉じていろよ」
    わー。こいつ、何する気だ?
    「1、2、3っ」
    はえぇよっっ!
    俺がツッコむより早く閃光と爆音。
    目は辛うじて閉じたが、耳がバカになった。
    なんだ?閃光弾…スタングレネードか?
    「吸対の支給品にM84でもあんのかよ」
    イカれた耳はぐわんぐわん銅鑼を耳元で叩かれたように役に立たない。
    突然腕を引かれて背中を壁に打ちつけた。
    薄目を開けると金の瞳孔に覗き込まれていた。
    「半田?」
    何か言っているらしい。未だに耳が機能していない俺は自分の声のボリュームも分からず首を振る。
    「何言ってるのか、分んねぇ」
    なんだろう。呆れられたのが気配からでも分かるぞ、畜生!
    「大体、お前が閃光弾なんか使うから…」
    右の手首を掴まれた。何処かに連れていきたいみたいだ。
    俺の方向感覚はとうに狂っているので、半田について行くしかない。
    ようやく、耳鳴りが治まってきた。
    「そろそろ聴こえるようになってきたか?…すまなかった」
    「いや、俺も勘が悪かった」
    素直に謝罪されてちょっと身の置き所がない。
    普段は俺のこと殺す勢いで突っかかってくるのにな。
    こちらも、するりと言葉が出た。
    あぁ、こんな風にドラ公とも喧嘩腰じゃなく喋れたらいいのに。
    あいつときたら人のことを五歳児だゴリラだとまともに扱いやしない。
    そりゃぁ、世紀越えの高等吸血鬼に比べれば、二十余年しか生きてないただの人間が若造なのは理解しているが。
    俺のため息に半田が視線だけ寄越した。…そんな気配を感じた。
    俺の視界は暗闇に幾分か慣れたが吸血鬼やダンピールのように視えるわけじゃない。
    「地下室のクリオネ共なら、M84で無効化している筈だ。吸対にも緊急コールを入れておいた。念のために」
    「いつの間に」
    「バカめ。俺たちが地下に降りた途端に扉が閉められた。何かあると考えるのが妥当だ」
    「だな。…って、あれ。やっぱりM84だったのかよ」
    M84はアメリカで採用されている暴徒鎮圧用非致死性手榴弾だ。
    「俺の趣味だ」
    「あれ、半田の私物なの?物騒じゃない?警官だからってミリオタだったっけ?お前」
    「うるさいぞ。そろそろ出口だ」
    豪邸の地下室が暗渠に繋がってたのか?
    空が高い。肌を刺すような冷気で星の瞬きがよく見える。
    「どこだ?ここ」
    「鶴見川の近くだと思うが…」
    半田のスマホが震えた。
    俺に背を向けて電話の向こうと話し始める。
    「あれ?新世界よりだ」
    遠くかすかに聞こえてくる。小学校の頃、下校にかかっていた音楽だ。
    これを聞くと家に帰らなきゃって思ったもんだ。
    「こんな夜中にか?この辺りに小学校はなかったと思うが…。たしかに、これはあの曲だな」
    ああ、懐かしいなぁ。でも。
    「たしかに変だな。こんな夜中に」
    どこから聞こえてくるのか。とても遠くて音を追うには儚い。
    半田に入った連絡でクリオネの群れが制圧されたと聞いて、俺たちは胸を撫で下ろした。
    その頃には懐かしい曲の名残は消え失せていた。


    地下への扉が締め切られた時、吸血鬼の罠を疑ったのだが顛末は拍子抜けするほど普通だった。
    依頼人の子供が悪戯のつもりで鍵を掛けたのだ。
    地下室は壁が崩れ暗渠と地続きになってしまい、そこから下等吸血鬼が入り込んだようだ。
    大量発生したクリオネはVRCに引き取ってもらい、地下室の壁は翌朝業者を呼んで塞いでもらうことになった。
    半田は報告書を書くため署に戻り、俺は事務所へ戻ることにした。
    一仕事終えた帰り道は足取りも軽い。
    パトロールの持ち回りから今日は外れているし早く帰ろう。
    今日の夜食はなんだろう。
    唐揚げだったら嬉しい。それ以外でも、ドラルクの飯が不味かったことはない。
    よく分からん横文字の長ったらしい料理でもいいが、出来たら唐揚げが食べたい。
    いかん。腹具合が唐揚げを欲している。早く帰ろう。
    歩幅が大きくなり、速度も上がる。
    事務所はすぐそこだ。
    ふと、また。
    あの曲が聞こえてきた。
    ドヴォルザークの新世界より。
    有名なクラシックらしいが、俺にとっては下校時にかかる曲だ。
    この曲を聞く頃は、空が茜に染まり子供たちは家へと帰っていく。
    校庭を駆け回り同級生とバカをやっていても、この曲がかかると自然と足は家路へと向かう。
    少し悲しいような、寂しいような曲だ。
    「あれ?」
    この深夜に外に漏れる音楽の元凶はどうやら俺の事務所らしい。
    見上げた雑居ビルは2階だけ明かりがついている。
    俺はゆっくりと階段を登り、事務所の気配を伺う。
    曲は新世界よりだ。だが、聞き慣れない響きだ。
    そもそもあの曲がどんな楽器で演奏されているのか知らない。
    不思議な音色に音を立てないように事務所スペースへと滑り込んだ。
    メビヤツに帽子を預けて口元に指を充てる。
    いつも通りに帰宅した主人を労おうとした番人は少し不満げに一つ目を細めた。
    そっと居住スペースへ繋がるドアの向こうの気配を探ると曲が途絶える。
    「ロナルド君?帰ってきたんじゃないのかい」
    扉が開き灯が漏れる。
    「なんだ、電気もつけないのか。どうした、若造」
    ドラルクと目があった。相手は吸血鬼だ。俺なんかより、ずっと目が利く。
    「…ただいま」
    バツが悪くなって視線を逸らした。
    「おかえり。夜食出来てるよ。少し冷めてしまったかもだけど。…って、匂うぞ。なんだその臭気はっ!」
    「わりぃ。色々あって下等吸血鬼と戦ったら暗渠で結構歩いた」
    「説明下手か、作家様。さっぱり分からん」
    「うっせい。取り敢えず風呂入る」
    「お湯溜めといたけど、少しぬるいよ、多分」
    ありがたい。風呂にゆっくり浸かりたいが湯が溜めてないと時間掛かるからな。
    その辺りも計算して風呂の用意をしてくれてんのか。
    「助かる」
    「服、脱ぎ散らかすなよ。汚れ物は別にしておけ」
    「分かった、分かった」
    口うるさいが、言われたことは実行しておく。
    実際、効率的なんだ。
    居住スペースを横切る時、窓側に不思議な木製のテーブルが目に入った。
    なんだろう、あれ。縦と横に金属の出っ張りがあるから、ハンガーラックかも。
    あれ、今日来た荷物だよな、多分。
    言われた通り服をランドリーに突っ込み、スラックスは裾が汚水でびしゃびしゃだから別にしておく。
    シャワーを浴び始めてから、部屋に楽器らしきものがなかったことに気がついた。
    スマホに入れたヤツか?レコードやCDは再生機が無いから無理だろう。
    あの曲はどこから流れてきたんだろうか。


    風呂から上がると、ふんわりいい匂いがした。
    今日の唐揚げは何味かな?わくわくとキッチンを覗きにいく。
    ドラルクが大量の唐揚げを揚げていた。二度揚ってヤツか?芳ばしい匂いが空腹に効いた。
    「烏の行水か。おい、また髪を乾かさずに来たのか、若造」
    「腹減った」
    「今やっているのが分からんのか。これだから五歳児は」
    大げさに溜息を吐く吸血鬼を灰塵に帰そうとしてやめた。
    砂入り唐揚げはごめんだ。
    「仕方ない。ジョンと一緒に野菜餃子を摘んでなさい」
    「餃子?」
    「作り置きだが、先程焼いたばかりだ。暖かいうちに食べなさい。食べてるうちには唐揚げもあがるよ。だが」
    「うわっぷ」
    くっそ、フェイスタオルを投げつけられた。
    「せめて水気は拭き取れ。風邪をひくぞ、バカ造」
    唐揚げ食べたすぎて、頭拭いてくるの忘れてた。タオルで頭の水気を拭く。
    毛先の水滴が柔らかい布に吸われていく。ふわふわのタオル。
    ドラルクは洗濯もうまい。俺がやるとゴワゴワにしかならないタオルやシャツも、あいつが洗うとふわふわすべすべになる。魔法でも使ってるのか。吸血鬼、すげぇな。
    あらかた水分がタオルに移った頃に、ダイニングテーブルにつく。
    ジョンもテーブルの上で待機していた。
    「ヌッヌヌヌ。ヌッヌヌ、ヌヌヌ」
    「お、待っててくれたのか。ジョン」
    ジョンの頭をひと撫でした。
    テーブルには焼き立てパリパリ羽付きの餃子が大皿に大盛り。
    どんぶりご飯が湯気を立てている。
    家に帰ると暖かいご飯があるのっていいなぁ。
    「いただきます!」
    餃子をひとつ口に放り込むとじわりと汁気が口に溢れる。色々な野菜の旨みが絡み合って最後に生姜でさっぱりする。肉っぽい味がしないが、うまい。さっき野菜餃子って言ってたか。野菜だけで餃子が成り立つのか。すげぇ。いくつでも食える。今日の米も粒立ってて噛むと甘みが出る。俺が炊くと何故かべしょべしょになったり、噛み応えがありすぎたりするんだが、ドラ公が炊くといつもおんなじ美味い米になる。なんでだろう。
    餃子が半分になった頃、出来立て熱々の唐揚げが出されて、副菜が二品三品と間を置かずに並べられた。栄養バランスを考えてくれてるらしい。
    「本当は少し置きたいところだが…」
    俺の腹の虫がタイミングよく催促をした。
    「ふはっ。待ても出来んのか、ゴリルド君は」
    ぐぬぅ。顔が熱い。
    腹を抱えて笑う吸血鬼は絶妙な距離の向こうにいるので殴るためには席を立たねばならない。
    「いいよ。食べたまえ。火傷に気をつけるんだよ」
    「おう。いただきます」
    許可も出たことだし、取り敢えず、腹を治めないと。
    俺は食事に集中した。
    俺が夜食を平らげる時、何故かあいつは俺の前に陣取っている。
    偏食の吸血鬼はホットミルクか、時折ブラッドワインを傾けながら、俺を見ている。
    俺…っというか多分食事を、だ。
    自分の作ったものを食べてもらえるのが楽しいのだろう。
    実際、旨いし。
    ドラルクが来るまでの食事が思い出せないくらいには手放し難くなっている。
    これが胃袋を掴まれるってヤツか?
    大きな唐揚げを口に放り込む。熱いけどそのまま咀嚼すると、さくさくでじゅっとして噛めば噛むほど味が滲み出てくる。衣がガリガリするのも好きだけど、このさくさくほろりも食感が楽しい。
    「ヌヌヌヌヌンヌ、ヌヌヌヌヌ、ヌイヌヌヌヌ」
    ジョン用の唐揚げは小ぶりに揃えられている。
    「美味しいな、ジョン」
    「ヌン」
    「これは保存用がなくなりそうだな」
    言葉では呆れている様子で、その実嬉しそうに口元が撓んでいるドラルクに、もうすぐ底が見えそうな唐揚げの皿を押し出す。
    「まだあんのか?おかわり!」
    「ヌヌヌり!」
    「まだ食べるのかい?ジョン。お腹周りは大丈夫?」
    「ヌッ。ヌゥ」
    「あ、ジョンが落ち込んだだろっ。可哀想なこと言うな、ケチ」
    「ケチとはなんだ。私は純粋にジョンの健康を心配しているのだよ」
    「ジョンはこんなに可愛いんだから、大丈夫なんですぅ」
    「バカを言うな。アイドルはトイレに行かないみたいなバイアスをかけるな。君だって食べた分だけ身に成るんだぞ」
    「俺は強いから大丈夫だ」
    「いや、それ。なんの根拠もないよね?」
    笑いながら言葉の応酬を愉しむ。
    空になった皿や茶碗をシンクに置いてふと目の端にある、あの不思議な木の箱が気になった。
    「なぁ、ドラ公」
    「なぁに?」
    「それ、今日届いたやつだよな」
    「ああ、これ?そうだよ。組み立てるのに苦労したんだ」
    「それ、何に使うんだ?」
    ドラ公は奇妙な形の木箱に足がついたやつを振り返り、俺と見比べた。
    あ、コイツ。俺のことバカにする気だ。
    奴はニンマリ笑った。
    「なんだと思う?」
    ほらやっぱり。
    「分かんねぇから聞いてる。ヒントくらい寄越せよ」
    「ヒント、ねぇ」
    ドラ公は目を細めて考え込む。これ、絶対に答えられないヤツだ。
    俺は右の拳を握り込んだ。
    「…じゃあ、ひくものです」
    「ひく?」
    「そう、ひくもの」
    ひくもの、か。音で聞くだけだと変換できねぇ。
    引く?それとも、弾く?
    弾く…って演奏するってことだよな。楽器?
    でも。見た目は打楽器かも。いやでも、あいつ、弾くって言ったぞ。打楽器は叩く物だ。
    弾くと言うからには、ピアノとか、バイオリンとか、そんな感じの弦がある楽器だろう。
    まてまて。あの木箱に弦なんか見当たらねぇじゃん。
    え、でも。
    俺が考え込んでいるうちに、音もなく席を離れたドラルクは木箱の側に立った。
    木箱の脇にあるスイッチをパチンと押し上げると、木箱の上、何もない空間をそっと撫でた。
    柔らかい音がした。低く空気を震わせる不思議な音色だ。
    「楽器、なのか?」
    俺は目を見開いた。
    「正解。電子楽器の祖、テルミンだよ」
    「テルミン…」
    憂いを帯びた低く響く音。一音のようで和音にも聞こえる。
    「何か弾いてみようか?」
    ヤツは慣れた手つきで何もない空を撫でる。
    するとしゃらしゃらと何処からともなく音楽が鳴り出した。
    まるで見えない弦を弾くように、少し音階を調整しているようだ。
    一度、音が鳴り止み、そして再びメロディーを奏ではじめた。
    「あっ…」
    それは川のほとりで夜空を見上げた時に聞こえてきた曲だった。
    「この辺りだと小学校から聞こえてくるね。私が起き出すよりちょっと早い時間だ。棺桶の中にも聞こえてくるよ」
    「新世界より、だ。俺も昔、よく聞いたよ。こんな木箱から、あのメロディが出てくるのは不思議だけどな」
    「そう?電子楽器でクラシックというのも乙なものだよ。テルミンの音色は人の声に近いからハミングのようで私は好きだよ」
    「鼻歌は念仏のくせに」
    「何を言う。真祖にして無敵の高等吸血鬼の歌声は天使の調べと揶揄されているのだぞ。吸血鬼だから神など信じていないがな」
    「披露頂かなくて結構」
    歌い出そうとするドラルクを制して両手で耳を塞ぐ。
    「大気で音楽を奏でてるみたいだ」
    魔法のようだった。目に見えない弦を弾くように、ドラルクの骨張った細い指が空を撫でる。
    「何かリクエスト、ある?」
    「いや、この曲でいい。…この曲が、…いい」
    俺は目を閉じた。
    椅子についた手に可愛い◯が寄り添う。
    ほんのりと暖かい。
    「じゃあ、リクエストに応えて」
    少し淋しい暖かい音に包まれて俺の意識は優しい闇に抱き止められた。
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