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    ぱんつ二次元

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    ぱんつ二次元

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    ED後時空でカジノでルーレットするモクマさんのモクチェズ。モブ視点です。

    #モクチェズ
    moctez

     軽やかなピアノの音色に合わせて澄んだ歌声がホールに響く。カジノのBGMにしておくには勿体ない美しい声が、けれどきっと何処よりこの場に似合う挑発的な歌詞を歌い上げる。選曲はピアニスト任せらしいのでこれは彼女の趣味だろう。
     鼻歌に口ずさむには憚られるようなその歌が、どれほどこの場の人間に響いているかは分からないけれど。
     ルーレット台の前には、今日も無数のギャラリーがひしめいていた。ある人は、人生全てを賭けたみたいな必死の面持ちで、ある人は冷やかし半分の好奇の視線で、いずれもチップを握って回る円盤を見つめている。
     片手で回転を操りながら、もう一方の手で、乳白色のピンボールを弾く。うっとりするほどなめらかな軌道が、ホイールの中へとすとんと落ちる。かつん、と、硬質な音が始まりを告げる。赤と黒の溶けた回転のうちがわ、ピンに弾かれ跳ねまわるボールの軌道を少しでも読もうと、ギャラリーの視線がひりつくような熱を帯びる。
     もっとも、どれだけ間近に見たところでどのポケットが選ばれるかなんて分かるはずもないのだけれど。
     ルーレットは理不尽な勝負だ。
     ポーカーやバカラと違って、駆け引きの余地が極端に少ない。勝負の相手はディーラーではなくあくまで運命の女神ひとり。勝負の行方を左右するのは、どれほど彼女に愛されているかの、その一点で、要するに運がすべてを左右する。タピベールの上、賭けられた色とりどりのチップの額は自分の運への自信のあらわれ。あるいは、縋るような祈りのかたち。ホイールの回転が止まるまで、それぞれのチップに載せられた想いを想像するのが常だった――けれど、今日は、違った。
     ちりつくような視線を感じて、ホイールから顔を上げる。熱心に円盤を見つめるギャラリーの中で、ただ一人だけ、こちらを見つめる男がいた。
     異国の人間なのだろうか、アロハシャツにアジアテイストな上着を羽織った初老の男だ。とてもドレスコードに則っているとは思えない出で立ちはひどく目立つのに、誰も咎める様子がないのは、ひどく気配が自然だからか。目立つ服装に反して、男の纏う空気はこの場にしっくりと馴染んでいた。例えばそう、今ここで昔馴染みみたいに気軽に挨拶されたところで、何の違和感も感じられないだろうと容易に想像できてしまうような。
     かつん、と、浮気を咎めるように指先にひびく振動にはっとする。
     気づいたら見つめているのはこちらの方だった。
     緩くなり始めた回転に、慌ててベルを鳴らす。ちりん、と、賭けの終わりを示す音がホールにひびく。
    「No more bed」
     厳かに告げる、賭けの打ち止め。これ以降、賭けたチップはもう動かせない。あとは、運命の女神の采配次第。
     ホイールの回転が少しずつ緩む。黒と赤がとけあっていた円盤の内側で、番号の振られたポケットがそのかたちをあらわにする。ピンを弾いて回り続けるボールの軌道も。
     固唾をのむギャラリーの視線と緊張感が最高潮に達したのと同時、ホイールが止まる。ひと呼吸遅れて、ボールが一つのポケットにおちる。
    「――黒、32番」
     告げた宣告に落胆と感嘆のため息が重なる。ざわつくギャラリーの前で、タピベールのチップを分配していく。再び顔を上げたとき、もうあの男はいなかった。



     男をふたたび見かけたのは、丁度ひとけがまばらになった頃だった。
     狂騒の中のほんのいっとき、エアポケットみたいにふっとギャラリーのいなくなるはざまの時間。休憩でもしようかと、腰を上げたタイミングで男は視界に滑り込んだ。
    「お前さん、ずいぶん器用だねぇ」
     人懐っこい笑顔で、するりとスツールに腰掛ける。舞台裏からふっと現れたみたいな唐突さは、さながら手品めいていて、声を掛けられるまで気づかなかった。取り出しかけたメンソールの箱をジャケットのポケットに慌てて仕舞って、接客用の笑顔を張り付ける。
    「そんな慌てんでもいいよ、休憩するとこだったんでしょ?」
    「いえ――お客様の前ですから」
     失礼いたしました、と、頭を下げると、男は少し困ったみたいに苦笑する。
    「律儀だねぇ、こんなおじさんの前なのに」
     くしゃ、と笑う顔は思ったよりも年若い。白髪の混じるグレーの頭髪と、その目に宿る達観した色のせいで年老いた印象が強く残ってしまうけれど、肌の張りもアロハシャツから覗く筋肉もまだまだ現役のそれだ。せいぜい30半ば、といったところか。
     いつの間にかBGMはジャズからバラードに移り変わっていた。
     グラスを片手に揺らしながら、男はピアノのメロディに合わせて鼻歌を口ずさむ。だいぶ呑んでいるのか、ロックグラスの琥珀はとうに底が近い。
    「バーカウンターならあちらですよ?」
    「いんや、お酒はこれで十分。これ以上呑んだら叱られちまう」
     どうやら連れがいるらしい。舐めるようにグラスを傾けながら男はルーレット台を眺める。
    「ずいぶんと器用だよねぇ、お前さん。綺麗にこの中に投げ入れちまうんだから」
    「慣れですよ。大したことはしていません」
    「そぉ?おじさんにゃ無理だ。きっと天井にとんでっちまう」
     と、その視線がタピベールへとスライドする。赤と黒、数字の描かれた絨毯には、まだチップは載せられていない。代わりに一つ、転がされたピンボールを男はつぶさに見つめていた。
    「それ、ちょっと変わったボールだよね。音が軽いのに、投げた時の軌道は随分しっかりしてる」
     さわっていい?と、伸ばされる手から庇うように、そっとボールを手で覆った。
    「すいません、商売道具なもので」
    「そっかぁ……残念、いっぺん触ってみたかったんだけど」
     しょぼんとうなだれる様は本気で凹んでいるみたいだった。接客中は常に張っているはずの緊張の糸がつい緩んでしまうようなさまに、苦笑する。
    「――少し、特殊なんです。材料が」
    「なるほど、こだわりの材料ってやつかい?」
    「ええ、軽くて扱いやすい、それでいて、」
    「壊れない?」
    「ええ、これ以上、壊れようがない」
     つい口が軽くなってしまったのは、昔馴染みみたいな男の空気に引きずられてしまったからだろう。警戒心をくぐりぬけて、懐にするりと滑り込むようなふしぎな人懐っこさが男にはあった。
     乳白色のピンボールを手の中で転がす。うっとりするような滑らかな手触りに一つ息をついて、ゲームに誘うように緩くルーレットのホイールを回した。賭けに乗るか迷ってるみたいに、男は手の中でチップを弄ぶ。
    「順調ですか?」
    「いや、さーっぱり。おじさん、運命の神様にゃ嫌われてるみたいだから」
     からりと笑って男はあっさりと言う。負け惜しみの色ひとつないさっぱりとした言い方――というよりも、ゲームそのものに興味がないみたいな言い方だった。珍しい客だ。カジノに来る人間なら、大なり小なりひりついた欲求を滲ませているものなのに、この男にはそれがない。ただただ純粋に遊びに来ているだけみたいな気楽さは、良くも悪くもカジノという場に不似合いだ。もしかするとカジノ遊び自体が初心者なのかもしれない。であれば、ドレスコードを知らないのも頷ける。
    「カジノ、初めてですか?であれば、あちらのスロットがおすすめですよ?」
    「や、初めてってわけじゃないよ?一回だけ、ミカグラで遊んだこともあるしね」
    「ミカグラ!」
     と、つい声が弾んでしまったのは、そこが所謂、ディーラーにとっての聖地だからだ。世界有数のカジノ・リゾート。地上の楽園。ミカグラで雇われた、あるいは、ミカグラで勝った、は、界隈ではある種のステータスだ。
    「ありゃ、あの島、そんな有名なの?おじさんそこ出身なんだけど」
    「有名なんてものじゃないです。聖地ですよ、聖地。うらやましいなぁ」
     言ってから、はっと口をつぐむ。いけない、つい素の感想が漏れてしまった。
     こほん、と咳払い一つして立て直す。
    「すいません、昔からあこがれていた場所だったので、つい」
    「いや、そんな顔されるとミカグラ出身としちゃ、ちょっと嬉しくなっちまうね。今はちとばたばたしてるけど、落ち着いたら遊びにきてよ」
    「あ――すいません」
     オブラートに包まれた『ばたばた』の中身を思い出して、ふたたび頭を下げる。ミカグラのカジノが犯罪組織と関係していたと大々的に発表されたのはつい半年前のことだ。今は確か捜査の手が入っている最中だったか――よくある陳腐な話だ、この界隈じゃ珍しくもない、などと言ってしまえばその通りだけれど、その島出身の人間からすれば色々複雑なのものがあるだろう。少なくとも『うらやましい』は、無神経に違いなかった。
    「あ、いいよいいよ、そんな恐縮しなくて。出身っていってもおじさん、ずいぶん帰ってない身だったからさ」
     場を取り繕うように、男はチップをタピベールに滑らす。
    「で、このカジノ、ちょっとミカグラのに似てたんだよね。だから懐かしくなっちまって」
     少しだけ迷うそぶりを見せた視線が、ホールの隅のグランドピアノでぴたりと止まる。しっとりとしたバラードからふたたびジャズにすり替わった曲調にあわせ、歌声が誘うような色香を帯びる。自らの伴奏で器用に歌うピアニストは誰もが見惚れる絶世の美女だ。高めに結わえたプラチナブロンドにワインレッドのスリップドレスがよく映える。
    「――赤で」
     男はチップを『Red』の場に置く。数字指定なし、確率は1/2。初心者向けの無難な賭け方だ。
    「これ、勝ったらあの子に声かけよっかな」
    「それは――やめておいた方がいいと思いますよ?」
     ホイールの回転を上げながら、ひそめた声で警告する。
    「おじさん、そんな相手にされなそう?」
    「いえ、お客様が、というわけではなくて、」
     と、そこで言葉を切る。聞かれているわけでもないだろうに、なんとなく声のトーンをひとつ落とした。
    「有名なんです。あの美女さんに声かけた男、全員次の日ぼこぼこにされて路上に放り投げられてるって」
    「へぇ――そりゃ、大変だ」
    「あ、その顔、冗談だと思ってますよね?ほんとなんですって。なんでもすごく強いボディガードがいるみたいで、気づいたらやられてた、ってみんな言ってます――ま、それで警察行かないってことは、どんな声のかけかたしたんだかって感じですけど」
    「そりゃすごいや。おじさん、こう見えて結構強い忍者さんなんだけど、勝てるかな?」
    「相手にされませんよ、きっと」
     軽薄なジョークに乗っかって笑う。怒られても仕方のないくらいのやや失礼な発言がつい口をついてしまったのは、やはり気が緩んでしまっているからか。最初に抱いていたはずの警戒は、いつの間にかすっかりほどけてしまっていた。久々に軽やかな気分で投げたボールがホイールの中心に吸い込まれる。
    「やっぱり慣れてんね。この仕事、何年目だい?」
    「五年ですね。まだまだ、若輩者です」
    「そっか、若いのにこんな夜遅くまで偉いね。帰りは一人かい?」
    「生憎、恋人のところに行く予定なので――ナンパですか?」
    「まさか、そんなことしたらおじさんがぼこぼこにされちまう」
     こわいこわい、と言いながら、グラスに口をつける。こわいと言いながらもまんざらでもなさそうな顔は、むしろ惚気の色が濃い。先ほど言っていた『連れ』は、もしかすると彼のパートナーなのかもしれない。
    「恋人、いらっしゃるんですか?」
    「うん。とーっても美人さんのね」
     カラン、と、音をたててボールがポケットへと落ちる。いつの間にかホイールは止まっていたらしい。
    「ありゃ、負けちまったね」
     中身を覗き込んで男はからりと笑う。負けた、という割にその顔はどこか満足げだった。はなからピアニストに声をかける気もなかったのだろう。
    「もう一度、やりますか?」
    「うん、もう一回」
     暇つぶしみたいな気安さで、男はチップを一枚ベッドする。実際、時間つぶしのつもりなのだろう、その後の数度のゲームでも、男の賭けるチップは最少額ばかりだった。勝っても負けても、儲けにも痛手にもならないぬるい賭け方。勝てば欲が出るのが普通だというのに、何度投げても男の様子は変わらない。珍しい客だ、と、また思う。
    「何度見ても上手いもんだね、お前さん」
    「上手いも下手もありませんよ、ただ投げているだけですから」
     ポーカーやバカラと違って、ルーレットのディーラーは勝負の場にすら登場しない。ただ裏方として無責任に賽を投げるだけ。後は全て、運次第。
    「どれだけ上手く投げたところで、落ちるところは分かりませんから」
    「人生みたいに?」
    「ええ――人生みたいに」
     ふっと、指先からボールが離れる。瞬間感じる快感は、きっと落下の快楽だ。ビルの屋上から身を投げる気分は、きっとこんな感じなのだろうと投げるたびに夢想する。重荷をおろして軽やかに――後のことは運に任せて投げ出して。落ちるその先は神様だけが知っていて、けれどこの世に神様はいない。
    「さっきおじさん、ミカグラのカジノで遊んだって、言ったでしょ」
     最後に一枚残ったチップを男はたんとタピベールに置く。今までとおなじ気安さで、けれどチップの色は最高金額を示す、金――今までと桁が7つは違う。個人の全財産、といっても過言ではない、最高額のゴールドチップ。
    「そこでね、ちょいと教えて貰ったんだ。どんな勝負にだって、必ず勝つための方法があるって」
     す、とチップがタピベールをすべる。行きつく先は赤5番の、一点賭け――配当は、36倍。勝てば数年、遊んで暮らせる額が手に入る。
     思わず顔を上げる。ひやりとするような鋭い目に射抜かれた。
    「ずいぶんと器用だよねぇ、お前さん」
     最初と同じ言葉は、けれど最初とは別の響きを帯びていた。
    「目がよくて、手先だってとっても器用だ。ルーレットの神様に愛されてる――って、わけでもないんだろうね」
     咄嗟に、手をポケットに入れた――ところで、手首を掴まれ引きずり出される。
    「隠すことはないさ。立派な練習の成果なんだから」
     何度も投げたせいで皮の厚くなったいびつな指先をどこか憐れむように男は見る。
    「お前さん、ボールがどこに入るのか、分かってるだろ」
    「……分かりませんよ。すべては運次第、ですから」
    「そう?じゃ、おじさんの見間違いかな。お前さんの目、ずーっと入るとこを追っかけてるから、てっきり狙ってるんだと思ったけど」
     からからと、指先でホイールが回る。動揺をうつすようにボールがピンに弾かれて暴れる。赤と黒のとけあった円盤を見下ろして、無理に誤魔化すように肩をすくめた。
    「……またナンパですか?これだけ早く回っていて見える人間そういませんよ」
    「おじさんの知り合いに、そういうのできるやつがいてさ、お前さんの目の動き、そいつにそっくりなんだよね。見えてりゃ指先で調整もできる。だって回してるのは運命の神様なんかじゃなく、お前さんひとりなんだもの」
     からからと、指先に操られて円盤が回る。ジャズのメロディが他人事に頭にひびく。
    「ああ、別にお前さんを咎めたいわけじゃないさ。そういう仕事だし、少なくともお前さんは公平だ。誰かに肩入れもしないし、誰かを陥れたりもしない。公正で、いいディーラーだと思ったよ――けど、この『公正さ』は、ちょっとどうかと思うんだ」
     手の中で潰しかけていたメンソールの箱を男がするりと抜き取っていく。
    「悪いことは言わんから、こんなのはやめな。爆弾騒ぎなんて、誰も喜ばんよ」
     片手で弾いた紙箱の蓋からは、赤いスイッチが覗いていた。
    「休憩に抜け出すついでに、爆発させるつもりだったかい?どこに仕掛けたかは知らんけど、どっちにしたって誰かが傷つく」
    「……お客様にご迷惑はかけませんよ」
     状況証拠をつきつけられて、ふ、と息をつく。
    「仕掛けたのは、地下ですから。死ぬのはただ悪党だけです」
     あっさりと自白したのは、諦めたから、というよりも、男の視線がとうに全て知っている人間のそれだったからだ。多分最初から、気づいていて近づいたのだろう。警戒を緩めるべきではなかったのだ、と思う一方で、他でもないこの男に糾弾されたことに、どこかほっとしている自分がいるのが不思議だった。
    「地下、ね――それ、ミカグラみたいになっちゃってる?」
    「近いんでしょうね。ミカグラがどうかは知りませんけど」
     カジノが裏社会と繋がっている、なんてさして珍しい話でもない、いわば公然の秘密みたいなものだ。暗黙のルールさえ守っていれば特に何が起こるわけでもない。裏は裏、表は表。従業員はあくまでただの従業員だ。裏と表の間にはきちんと線が引かれている。ルーレットを回し、カードを捌き、客との駆け引きでチップを頂く。自分たちの仕事は、ただそれだけ。カジノで動く大金をもとに、どんな組織がどんな悪事を働こうが基本的に関係はない。薬を捌くことも銃撃戦に巻き込まれることも、まして口封じに殺されるようなこともない――例えばそう、恋人に足を洗わせようと、その裏側を嗅ぎまわりさえしなければ、粛清されることはなかった。
    「恋人の、敵討ちのつもりかい?」
    「お見通しですか?」
    「おじさん、そういう目は利く方だからね」
     からからとホイールの中でボールがまわる。乳白色の、これ以上に壊れようのないなめらかな球体。それがひとのからだの一部を成していた頃の、最後の背中がちらりと過る。てのうちで操ることもできない無責任な最初の落下が、自殺ではないことぐらいすぐ分かった。
    「わざわざそのかたちにしたの、何かの意趣返しのつもりかい?」
    「そんなところですね――その程度で収まる腹の虫でもなかったので、いっそ爆破しようかなと」
    「心中ついでに?」
    「心中、というか、八つ当たりですね。神様が職務怠慢なので、いっそこの手でどうにかしたあと文句でもつけに行こうかと思って。それに、ついでに会えたらラッキーじゃないですか、まあ、流石に爆破事件起こしておいて天国行こうなんて虫が良すぎるでしょうから、奇跡でも起きない限り無理なんですけど」
     半分やけになったみたいな告白は、するする正直に口からこぼれた。箍が外れたみたいに腹の内をぶちまけてしまったのは、この男の雰囲気のせいか、挑発的なピアノのメロディに引きずられてしまったからか。どちらにせよ、ばれてしまった以上どうしようもない。
    「それで?どうするんですか。警察にでも突き出します?」
    「いーや、しないさ」
     肩をすくめて男は笑う。どこか悪党めいた、皮肉っぽい笑い方で。
    「だって、今のは全部、根も葉もないただの冗談だもの」
     ほら、と、もう一度、差し出されたメンソールの箱の中、数本の白い煙草がかたりと揺れる。まるでトリミングでもしたみたいに赤いスイッチは忽然とそこから消えていた。
    「どうかした?まるで、『ついさっきまでここに爆弾のスイッチがあったのに』みたいな顔してるけど――おじさんにゃ、なんにも見えないなぁ」
    「――うそ、」
     固まってしまった指の先で、ホイールがその回転を止める。すべての終わりを告げるみたいに、からん、と、軽い音がひびく。条件反射に勝負の行く末に視線を落として、息を呑んだ。
    「おじさんの勝ち、で、合ってるよね?」
     ボールが転がり落ちたのは、5と書かれた赤いポケット――赤、5番。ゴールドチップの置かれた数字にそれはぴたりと一致した。
    「……おめでとうございます」
     信じられない思いで、けれど手は機械的に配当を用意する。36枚の金のチップ――換金の額を想像しただけでくらくらする。けれど男の手は積まれたチップを通り過ぎて、自分の賭けた一枚だけを取り上げた。
    「残りは全部、お前さんが持っていきな」
    「――は?」
    「心中なんてするぐらいなら、今すぐそれ、全部換金して逃げちまいな。今ならだれも見てないから」
     言われて、今更はっと気づく。そういえば、それなりに長い時間が経っているはずなのに、誰一人この台に近寄りさえしていなかった。周囲を見回すと、まるで目くらましでもかけたみたいに、誰もこちらを見ていない。
    「後追いなんてしなさんな――なんて、おじさんが言えたことじゃないけどさ、けど、きっと、この配当は恋人さんが、お前さんのために当てたものだと思うんだよ」
    「……偶然ですよ、ただの」
     ルーレットの内側、物言わぬ遺骨を拾い上げて、そっと手の中に握り込んだ。
    「神様なんて、いませんから」
    「かもね――けど、骨になってなお、お前さんに逃げて欲しかった、って、考えたほうがすくわれるじゃない」
    「救われますか、それ?」
    「少なくとも、おじさんの気持ちが。そういう律儀さは、どうしても報われて欲しいって、やっぱり思っちまうから」
    「……勝手なんですね」
    「うん。よく言われるよ、下衆だってね」
     ふ、とその目が柔らかに笑う。
     恋人がいる、と、言っていたのをふと思い出す。この男を下衆だと評したのも、きっとその恋人なのだろう。
     全てが台無しになったのに、不思議と穏やかな気持ちだった。ピアノのメロディがクラシックへと切り替わる。歌声はもう聞こえない。柔らかなメロディに背中を押されて、積まれたチップを引き寄せる。
    「これ、貰います。後で文句言っても返しませんから」
    「言わんさ、もともとそんなつもりないしね」
     一仕事終えたみたいに、男はぐ、と伸びをすると、ふとグランドピアノに視線を向ける。スリップドレスのピアニストが、一瞬こちらを見た気がした。
    「おじさん、今日はついてるみたいだから、声、かけてこよっかな、あの子に」
    「相手にされませんよ、きっと」
    「そう?人生何があるかわからんからね。神様なんていなくても、案外奇跡はおこるもんだよ」
     ひらりと片手を振って、男はグラスを片手にグランドピアノへと歩み寄る。目立つ出で立ちに反して、やはり誰ひとり男を咎めることはない。ただひとり、スリップドレスのピアニストだけが、顔を上げて男を見る。どきりとするほど美しい相貌が、仕方ない人だ、みたいな笑みを浮かべる。男に向けられた目が、いちどだけ、こちらに向けられた。片手でピアノの旋律を奏でたまま、もう一方の手が男のアロハシャツを掴む。まるで、浮気を咎めるように重なる唇。見せつけるようなキスに、すとんと全てに納得する。
     ああ、そうか、と、例の噂を思い出す。
     彼女に声をかけた男は、皆、口を揃えてこう言ったのだ。
     ボディガードの男は、まるで、忍びみたいに気配がなかった――と。



     翌朝、飛行船で買った新聞で、例のカジノで爆破事件があったのを知った。爆弾は地下で爆発、営業時間外だったために怪我人死亡者ともにゼロ。ただし、事件現場が裏社会のアジトの一つだったとばれて、一斉摘発が行われたらしい。ただ、不思議なことに、裏社会と関わりのあった経営幹部は、自ら出頭してすべての罪を告白したそうだ――まるで、誰かに背中でも押されたみたいに。
     ポケットのうちがわ、ピンボールを転がしながら、見出しの写真にくすりと笑う。
     現場付近で目撃された不審人物。ピントのぼけたその写真には、月を背景に屋根の上を跳ぶ人影がふたつ――正確には、ひとつ、か。シルエットだけのその姿は、モノクロでひどくぼやけていて容姿も何も分からない。
     けれどそれは、お姫様を抱えて逃げる、忍者の姿みたいだった。


     END
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    ぱんつ二次元

    DONEED後時空でカジノでルーレットするモクマさんのモクチェズ。モブ視点です。 軽やかなピアノの音色に合わせて澄んだ歌声がホールに響く。カジノのBGMにしておくには勿体ない美しい声が、けれどきっと何処よりこの場に似合う挑発的な歌詞を歌い上げる。選曲はピアニスト任せらしいのでこれは彼女の趣味だろう。
     鼻歌に口ずさむには憚られるようなその歌が、どれほどこの場の人間に響いているかは分からないけれど。
     ルーレット台の前には、今日も無数のギャラリーがひしめいていた。ある人は、人生全てを賭けたみたいな必死の面持ちで、ある人は冷やかし半分の好奇の視線で、いずれもチップを握って回る円盤を見つめている。
     片手で回転を操りながら、もう一方の手で、乳白色のピンボールを弾く。うっとりするほどなめらかな軌道が、ホイールの中へとすとんと落ちる。かつん、と、硬質な音が始まりを告げる。赤と黒の溶けた回転のうちがわ、ピンに弾かれ跳ねまわるボールの軌道を少しでも読もうと、ギャラリーの視線がひりつくような熱を帯びる。
     もっとも、どれだけ間近に見たところでどのポケットが選ばれるかなんて分かるはずもないのだけれど。
     ルーレットは理不尽な勝負だ。
     ポーカーやバカラと違って、駆け引きの余地が極端 9552

    ぱんつ二次元

    DONEED後時空で海と雪原のモクチェズのはなし。雪原はでてこないけど例の雪原のはなし。なんでもゆるせるひとむけ。降り積もる雪の白が苦手だった。
     一歩踏み出せば汚れてしまう、柔らかな白。季節が廻れば溶け崩れて、汚らしく濁るのがとうに決まっているひとときの純白。足跡ひとつつかないうつくしさを保つことができないのなら、いっそ最初から濁っていればいいのにと、たしかにそう思っていた。
     ほの青い暗闇にちらつきはじめた白を見上げながら、チェズレイはそっと息をつく。白く濁った吐息は、けれどすぐにつめたい海風に散らされる。見上げた空は分厚い雲に覆われていた。この季節、このあたりの海域はずっとそうなのだと乗船前のアナウンスで説明されたのを思い出す。暗くつめたく寒いばかりで、星のひとつも見つけられない。
    「――だから、夜はお部屋で暖かくお過ごしください、と、釘を刺されたはずですが?」
    「ありゃ、そうだっけ?」
     揺れる足場にふらつくこともなく、モクマはくるりと振り返る。
    「絶対に外に出ちゃ駄目、とまでは言われてないと思うけど」
    「ご遠慮ください、とは言われましたねェ――まぁ、出航早々酔いつぶれていたあなたに聞こえていたかは分かりませんが。いずれ、ばれたら注意ぐらい受けるのでは?血気盛んな船長なら海に放り出すかもし 6235

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