吸血鬼すぐ死ぬパロ オリケロ×「台所リベラルフォース」ケロン星、ある訓練所近くの宿舎。夜も更けて、夕飯時。宿舎の一室で、神妙な面持ちで、ケロン人の少女──ユセセが食事を終えた。
「……」
この場合の反応はだいたい、美味しくない、物足りない時のものなのだが、彼女の心情はそのどちらでもなかった。
「──うん、少なかったかな もう一品作り足すか」
その少女の前で、顎に手を当てて眉をひそめる、別のケロン人の少女──アムムが、エプロン姿で立っていた。その呟きに違うと言わんばかりに、ユセセが口を開いた。
「……貴女が料理上手いって腹立つわね」
半目で睨んでくるユセセに対し、アムムは意に介さずと言った風に説明をはじめた。
「侵略・戦争・潜入に欠かせないものの一つ、食料物資。栄養補給はもちろん、長期滞在で唯一無二の娯楽と言っても過言じゃあない。故に軍人はよく、料理めっちゃできる人が必然的にいるのだ。食べるならウマイ方がいいからってね。戦場に必ずスナイパーいるのと似たようなもんだから何も不思議は……」
「余計ムカつくわね……!」
へらへらした口調に対してユセセはちょっと憤る。ユセセも自炊自体は出来なくはないが、まぁまぁ食べられる程度の物しか作れず、アムムは出前ばかりとる癖に、食事を作らせればささっと一食作り上げてしまう。真面目だが平凡、怠け者の癖に出来るやつというこの差に、彼女は歯噛みするしかなかった。
いつものことながら腹立たしい、そう思っていると、玄関の方から呼び鈴が鳴る。ユセセが玄関に出て確かめると──この部屋の住人はユセセなので、ユセセが出た──居たのは、巨大な金属の両腕の付いた少女。同期のマテテと彼女宛の荷物。大きめのダンボールが届いていた。どうやら彼女がどこからか受け取って、持ってきてくれたようだ。
家の中へマテテを連れてきて、ユセセはダンボールを床に置いて宛先を確かめた。アムムもそれについて訊いてきた。
「何来たん?」
「お母さんから。家庭菜園始めて、野菜のお裾分けですって」
「おお! それはちょうど良かった。さっそくこれでもう一品──」
ユセセがダンボールの封を切って、蓋を開けて──二人の表情が固まった。
中に入っていたのは、地球、ペコポンの野菜。ゴボウ、ニンジン、冬瓜、レンコン、カブ、トマト、ジャガイモ等────
に、足や口、目がついた小さめのクリーチャーたちだった。
数拍置いて我に返ったユセセは、勢いよくダンボールの蓋を閉じた。
「一つ残らずクリーチャー化してるじゃない! 何よこれ!?」
「ペコポン産の野菜を他惑星で育てた影響かな。どれかは知らないけど、配達中にクリーチャー化を他の野菜に感染させたっぽいな」
同封されていたメモ手に取りをアムムがそう推測する。続いてそのメモを読み上げると、
「『ユセセへ、採れ過ぎて余ったから送ります 栄養取って訓練ガンバ!!』」
「がさつなお母さんか! いやお母さんだけど!」
「残念だけど全部ゴミ箱行きだな」
「こんなのはゴミには出せないわよ 軍の研究所に引き取って貰わないと……」
「なら早く電話しようぜ」
メモから蓋を開けて出ようとする野菜クリーチャーのダンボールに目を移す。勝手に動く野菜など、捨てようものならその後にどうなるかわかったものではない。しかし、ユセセはそれを躊躇った。
「イヤよ!! 私がこれ作っちゃったみたいになるじゃない!!」
「ユセやん、そういうとこホント胆が小さいよな」
訓練所では比較的優等生のユセセ、その立場とプライドが連絡するのを許さなかった。
「で? それじゃあどうすんのさ」
「うぅ……ゴミに出せない以上処理する方法は……」
眉間にシワを寄せて、深刻そうな顔をするユセセ。それとは裏腹に、アムムは案外余裕そうな表情で、こんなことを言い出した。
「よし! 食ってみようかユセやん!」
「食ってみないわよ!!」
思いもしない提案にユセセは声を荒げた。こんな気味の悪い、野菜とも動物ともわからないものを食べるなんて! しかしアムムの意見は変わらない。
「なんでさ、消化しちゃえば万事解決じゃんか」
「食中毒とか、身体に異常が起きるかもしれないじゃない!」
「大腸菌も寄生虫も火を通しゃあ死ぬ」
アムムにしてはそれらしい言い分に、ユセセは何も言い出せなくなっていく。
「それに! お裾分けを粗末にしちゃあユセやんのお母さんに申し訳ないと思わないかい!?」
「いや本音の透け方が露骨なのよスカポンタン!」
楽しそうな表情を隠さないアムムにユセセは思い切りシャウトした……。
「──ふむ。ゴボウにシメジ、レンコン、冬瓜……メニューは決まった」
「まだ食べるって言ってないんだけど、ねえ?」
ダンボールでひしめく野菜を拝見するアムム。時折マテテがつっついたりつまみ上げたりして遊んでいる。
「マテテー、今からご飯作るから手伝って」
「ごはんー」
マテテがアムムに使う野菜を聞いて、台所へ運んで調理が始まった。
「えー、ゴボウは笹掻きにしてー」
手慣れた手付きで捌いていく、と同時に、捌かれているゴボウがジタバタと暴れ始め、悲鳴が部屋に響き渡る。
「調理過程グロッ!!」
「冷蔵庫にうどんと小松菜があったからこれを使う。小松菜をさっと茹で、そのお湯でうどんも茹でる。めんつゆでシメジ、レンコン、ゴボウ、冬瓜を煮て……」
次いで切られてもなお蠢いていた野菜たちが鍋の中で叫ぶも、料理は完成へと近づいていく。そして。
「アムムさんさっと一品『野菜たくさんうどん』の出来上がりだー!!」
「ワー予想外にまともそうなの出てきたー!!」
見事野菜で彩られた、(材料に目をつむれば)食欲誘ううどんが誕生した。さっそくユセセとマテテの前にうどんが運ばれる。
「さぁユセやん実食ターイム」
「これで不味かったらシバき倒すからね」
顔をしかめつつ、ユセセは野菜の絡んだ麺を啜って口に運んだ。
「────シバくわ」
「ユセやーーーーん!!」
そして撃沈。
「味付けは間違えてないはずだけど……マテテ、食べてみて」
「いただきまーす」
続いてマテテがうどんを啜る。すると数回咀嚼したのち、マテテの手から箸が落ち、彼女は天からの光に誘われ幽体離脱した。
「マテテェエエエー!!」
アムムが絶叫して直ぐに後ろから重めのチョップが落ちてきた。復活したユセセである。
「味付け以前に野菜がエグ苦酸っぱクサ不味いじゃべこがぁ……!!」
「うおぉ、そこまでのシロモノだったか……
よし、次は臭み取りをして少し濃いめの味のメニューで」
「もう作んな!!」
まだやろうとするアムムを、ユセセがキレて方言をぶちまけながら止める。野菜クリーチャーはそれだけひどい味だったのだ。
「おどれゲテモン料理したいだけじゃろ食いモンとうちで遊ぶなやぁ!!」
「うっお方言でた! いや何を言うんだ! 私は真剣に料理法を模索してるんだ! 野菜クリーチャーだって美味しく料理してもらえば喜ぶ──ウアーーーーーーー!!」
言うが早いか、先程身を削がれた野菜クリーチャーたちがアムムに飛びかかって襲ってきた。どうみてもそこに感謝の意はない。
「あーあ、せーじゃけぇ凶暴化したんじゃ。
……ゴホン。全部箱に戻──」
戻さなきゃ、と言おうとして、あることに気がついた。いつの間にか台所中に、野菜が蠢いていたのだ。ダンボールの野菜は半分くらい無くなっている。それだけなら良かったのだが、冷蔵庫の中からも野菜がでてきていたのだ。
「あれ、なんか──増えてる!?」
「冷蔵庫開けたときに他の野菜にもクリーチャー化を感染させちゃったみたいだわ」
「バカーーー!!」
気がつかないうちに大惨事になった台所は、たちまちクリーチャーとなった野菜たちで埋め尽くされていく。
「ウワァアア! 野菜クリーチャーたちがコロニーを形成しだしたじゃない」
「シ、シメジが! シメジが菌糸張ってる!!」
瞬く間に野菜クリーチャーたちは増えていき、リビングにまで侵攻、部屋の半分以上を覆ってしまった。
「ワァアア台所が占拠されたーー!」
「げいげきする?」
「ダメよマテテ! いったん退却よ退却! 寝室にまで入れさせないで!!」
そう言ってユセセが寝室のドアまで駆け込んで開けると、マテテとアムムの二人が同時に寝室へ滑り込んで、ユセセが最後に寝室へ入ってドアを閉めた。
「仮にもソルジャーだろ! マルチアックスでズバズバ切っちゃえよ!」
「おバカ! 床とか傷ついちゃうでしょうが!」
喚くアムムにそう返すユセセ。住んでる部屋が賃貸なだけに、下手なことが出来ないでいる。するとアムムがまた喚いた。
「じゃあ打つ手なしか! この部屋を捨てるしかないの!?」
「捨てないわよ! 奥のクロゼットに除草剤があるのを思い出した、あれで弱らせて無力化ね。量的に足りるか微妙だけれど……」
「え? なんでそんなものが都合よくあんの?」
「あんたがふざけて買って撒いた残りがうちにあったのよ何故か!
よし、あいつらはこっちには来ないわ。突入よ!」
再び扉が開かれると──シメジが天井にまで侵食、床に広がったシメジの上を、他の野菜クリーチャーたちが闊歩している状態に。たった数分の間に、リビングは他惑星のごとき別世界へと変貌してしまっていた。
「ウワッ……この短時間でシメジがこんなに」
「あーもう! 掃除貴女がやりなさいよ! クッ……こんなことなら最初に連絡しておけば……」
「あっ! スコップ 私のスコップリビングに──」
こんなときに別のことを心配するアムム。少し見渡して、スコップの位置に目を向けた。が──
「──イヤァアアアトマトに産卵されてるーーーー!!!」
哀れ、彼女のスコップは虫型トマトの巣にされていた。プチトマトサイズの子トマトは、粘液まみれになりながらスコップの上をちょこまか這い回っていた。
「ウワァアアユセやん早く駆除してくれーーー!!」
「うっさい! 貴女食べてみようって言ったじゃない! 食べて消化しなさいよ!」
「アレを食ってたらただのサイコ野郎だーーーー!!」
さすがのアムムもユセセに泣きついた。しかし完全に自業自得である。
「私のスコップがトマトの巣にーーーー!!」
「野菜に負けてんじゃないわよこの暴君不良! 早くクロゼット、に…………」
縋るアムムに怒鳴り散らしながら、ユセセはクロゼットへ強行突破しようとした足を突然止めた。クロゼットの前へカサカサとある野菜が歩いてきて、陣取ってしまったからだ。触覚を生やした虫型の野菜──春菊がユセセの方を向いた。
「──イギャアアアアアアアアアアアア──!!!」
アムムが今まで聞いたことのない声でユセセが絶叫した。その顔にさっきまでの真面目な雰囲気はなく、余裕のない恐怖と焦りで染まっていた。
「え? 何、ただの春菊」
「せせろーしかあああああアレは劇薬じゃ毒物じゃ産業廃棄物じゃ匂いだけで吐き気ば催す邪悪じゃ見るのも嫌じゃ近寄ったら死ぬる春菊ゴーホーム!! 春菊マザー◯ァックシット◯ァック──!!!」
「落ち着け」
すっかり冷静さを失って叫びまくるユセセ、するとその声に驚いたのか、虫型春菊は葉っぱをバサッと広げて揺らし始めた。
「ウワッ春菊の威嚇行動」
「あああああああああああああああ──!!!」
完全にビビり散らすユセセ、息が上がって涙目になっている。
「クロゼットはダメじゃ!! 塞がれた!! 他の手段を考えるんじゃ!!!」
「ねぇ、もしかしてユセやんって、私が思ってる以上にアホだったりする?」
「とにかく撤退じゃ!! 作戦を練り直すんじゃ!! 敵に春菊がおる以上核ミサイルも視野に──!!」
「……撤退だってよ、おいでマテテ」
呆れ顔をしながらアムムが振り替えると、白菜に頭から覆われてしまっているマテテが倒れていた。
「マテテェエエエー!!!」
「ヤバッ……! 引き剥がさないと! 吸血されてる!」
「マテテ大丈夫かしっかりしろーーーーーー!!」
幸い吸い付く力は弱かったため、マテテから直ぐに離すことができた。多分部屋を傷つけるといけないと思い抵抗しなかったのだろうが……。
と、アムムが考えていると、マテテに取り付いていた白菜が、何か不自然なことに気づいた。
「……!? なんだこの根、他の野菜にも繋がって……」
そう、吸っていた血が、白菜から伸びた根を通じて別の野菜の所へ行っていたのだ。そして、マテテの血が養分になったのか、野菜たちの動きがより活発化し始めた。
「わぁあああ!! マテテの血で野菜クリーチャーたちがブーストしたー!!」
「や、やばいー!!」
いくら小さいと言えど、部屋を半分覆う程の野菜に襲われれば一、溜りもないだろう。このままでは──
「こうなったら一か八か……!」
ユセセが何か閃いて寝室へ戻る、そして直ぐにレジ袋を持って出てきて、中身を部屋に撒いた。
「食らいなさいっ──!」
中身は活発化した野菜たちに埋もれてしまった。だが少しすると、野菜たちの動きが鈍っていった。
「何撒いた!?」
「飾り用の植物!」
「はあ!? こんなところで植物撒いたら、全部クリーチャー化するだけだろうが!」
声を荒げるアムムに対して、ユセセは余裕の表情。よっぽど自信があるようだ。
「ええ、ここじゃすぐクリーチャー化するでしょうね──たとえどんな植物でも……!」
突如、野菜たちがしぼんで枯れていった。何かのツタが絡まって身動きが出来なくなっている、そのツタが束になり──人型の姿へと変貌した。
「な、何あの植物!?」
「思った通り! クリーチャー化したヤドリギは他の野菜たちの天敵だわ! みるみる多種を駆逐していってる!」
「ヤドリギィ!?」
ヤドリギ、落葉樹の幹に根っこを食い込ませ、他の木から水分と養分を吸いとる寄生植物。飾りとして使われる。
人型ヤドリギは、ツタをあちこちに伸ばして野菜を捕らえて、そこから養分を吸いとって次々枯らしていく。リビングと台所を覆い尽くしていた野菜はみるみるうちに減っていき、最後には一匹も居なくなった。
「部屋中一掃よ! よくやったわねヤドリギクリーチャー!!!」
歓喜の声を上げるユセセ。増えに増えた野菜クリーチャー、特に春菊も滅された。しかし一つ問題が残った。
「……で? そのヤドリギのクリーチャーはどうすんの?」
「………………」
──その後、種から増えていったヤドリギクリーチャーは、結局連絡した軍の研究所に引き取られ、ユセセはめちゃくちゃ恥をかきましたとさ。