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    ロビぐだ♂とヘクマンを書きたい

    そのスタンプで救われる命があります

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    POIPOI 46

    彼は無慈悲な森の王。

    皆大好き復讐劇のターン。そしてロビンさん・オルタ(クラス:アヴェンジャー)のターン。
    残酷描写がなくはないけど、これがダメな人は多分えふごやってないから大丈夫だと思うわ私。

    #鯖ぐだ
    #パラレル
    parallel
    #ロビぐだ
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    ロビぐだ♂ファンタジーパラレル9話それから、立香を抱いてロビンは歩き続けた。片羽を求め彷徨った旅路を遡るように。
    足運びは幽鬼のそれだったが、疲労に阻まれることはなかった。渇きも、空腹も、睡魔も、まるで埒外の事象。それが心因性のものなのか、それとも別の何かが起因しているのか。分からないし、どうでもいいことだった。腕の中の重み以外、ロビンには響かない。擦りきれた外套で流離う姿に何も知らない人々が眉を顰めようと、愛し子を案じた妖精達が声をかけようと、何一つ。

    青白い月の下を歩いた。
    乾いた日の下を歩いた。
    歩いて、歩いて、歩いて、歩き続けて──────いつしか、二人が住んでいたあの集落までやって来ていた。




    樫の太い枝の下、幹の陰からロビンはその光景を目にした。
    半年ぶりに見る村は、少しも変わっていなかった。既に修繕したのだろう、魔物が襲来した痕跡ももはや見当たらず、人々は慎ましくも平穏な生活を送っていた。畑を耕し、隣人と言葉を交わし、ささやかな食事を摂り、屋根のある場所で眠りに就く。ごくごく当然のこととして、生の営みがそこにあった。
    何の変哲もない日常。この先も同じ日々が続いていく奇跡を誰もが漠然と享受する。そんなありふれた、、、、、景色を、目の当たりにして。

    「───────あ、ぁ。」

    瞳孔が収縮する。ぞわ、と内側から何かが食い荒らされ、変質していく感覚を覚えた。臓腑の底から込み上がるのは吐き気に似た、もっと概念的な衝動。白紙に落とした洋墨インクが繊維の一本一本に染みて拡がっていくように、意識に滲み出たそれは瞬く間に男の全身を侵していく。

    「あ、ああ……!」

    漏れ出たのは嘆きであり、糾弾だった。うちより出でて全てを塗り替えていくこれが、何を以てして引き起こされたかは明白だ。
    目の前の安寧。それが、どうしようもなく赦せなかった。

    何故お前らは生きている。
    彼から、自分達から、全てを奪ったくせに。
    立香を差し出しておいて、あまつさえのうのうと生きるなど。
    どうしてそんな道理が通ろうか。

    悲嘆は憎悪へと変貌かわる。尽きぬ愛情を火口に、返らぬ日々の記憶を薪に。憎しみの炎は燃え上がり、頭蓋の中身を焼き尽くした。

    嗚呼、憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いい憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!

    いつぞやの客人の、滴るような嘲弄が、聴こえた気が、した。


    この時、正確に計測すれば数十秒にも充たない間。ロビンは間違いなく正気を失い、発狂していた。それは同時に、絶望の奈落から溢れ出た狂気が、人を人として押し留める枠組みを決定的に壊した瞬間でもあった。
    尤も、当人が理解するのは今暫く未来さきのことになるのだけれど。


    「……赦しておける訳、ねえよなぁ?」

    誰に聞かせるでもない言葉。音で紡いだ自覚もないまま男はゆるりと口角を引き上げた。それは暫くぶりにロビンが浮かべた笑みらしきものだったが、根源は昏く、深い。他者には到底覗き込めない程に。
    若葉の彩色だった瞳が光ではない輝きを宿すのを嘆く人間は此処におらず。
    村に背を向け鬱蒼と並ぶ木々の間へと消えていく男の足取りは、うって変わって軽かった。


    ◇◆◇

    男が真っ先に行ったのは、伴侶を眠らせてやることだった。それはそうだ、じわりじわりと存在そのものが変質しかけていようと優先順位は変わらない。
    彼に相応しい墓所寝台を、と真っ先にかつての住屋に向かったが、徒労に終わった。久方ぶりの我が家は酷い有様だったからだ。
    帰ってくる気でいたのだから、旅立つ前に最低限の整理はしていた。だが住居というものは人がいなくなれば驚くべき早さで駄目になる。そのうえ明らかに無作法者が荒らしていった形跡があり、そんな場所に愛する彼を寝かせておくのは憚られた。盗人の足跡が残る場所など、彼の人には不釣り合いだ。
    結局、男は森の奥にそびえるひときわ立派な大樹の根元に片割れを葬った。冥府と深い関わりを持つとされる木だ、きっと死者の安らかな眠りを守ってくれるだろう。どうか彼に叶う限り深く、優しい眠りを。それは伴侶への情とは別に、これから起こす出来事を見せたくないという自分本位な考えもあった。
    別離わかれの口づけを陶磁器の如き額に贈り、丁重に弔って。最後に花を一輪手向けてから、男は早速支度に取りかかった。勝手知ったる緑の庭を材料調達のために歩いていく。
    欲しいものはすぐに見つかった。あらかじめ待ち合わせでもしていたかのようにすんなりと。
    鈴蘭。ジギタリス。飛燕草。スノーフレーク。鳥兜。ベラドンナ。美貌に見えざる棘を孕むもの達。わざわざ探すまでもなく、彼女らは男の行く先々に佇んでいた。本来ならば時期でない種類さえもが、花を咲かせて実をつけている。春夏秋冬、狂い咲きにも限度があるだろう奇妙な光景。
    しかし男はそれを不思議とは思わなかった。当然だとさえ思った。今の己、、、ならそれが出来るのだと、本能的に知っていたからだ。
    自分のために芽吹いた植物を繊細な手付きで手折り、有用な成分を抽出していく。以前と違って何の道具も要らない。身一つで精製する様は楽器を爪弾くのにも似ていた。
    澱みない挙動で男は着々と準備を進める。舞踊曲を奏でるが如きその姿には、いつしか多くの眼が集められていた。それは例えば葉脈の下、草葉の陰、川辺の丸石、樹洞の中、枝の先端、苔藻の上。凝り固まった自然の精気から湧出した、森羅の化身と呼ぶべき矮小な存在もの共。発生源によって様々な風体かたちとなる下等妖精達は、二つしかない方が珍しい目玉を一様に対象へ向けていた。千々の意味合いが混じりあった視線に、男が反応を返すことは徹頭徹尾無かったけれど。
    そうして外野に一瞥たりともくれることなく作り上げたのは、玄妙な色合いの粉塵である。細かい粒子が集まることでとろりとした光沢を孕むそれは、奇しくもいつぞや虫の王から渡された物によく似ていた。
    丹精込めて仕上げた妖しげな煌めきに、上出来だ、と男は目を細める。射手らしく堅い手のひらで成果を包み込み、祈るように───実際はもう天地のどこにも男が祈りを捧げる先など無いのだが───瞼を下ろし、数秒後にゆっくりと持ち上げる。同時に開いた膚の平地には、無機的な輝きの花弁が幾重にも咲いていた。
    八重咲きの花を模した半透明の結晶。その正体は鉱化した粉塵である。蠱惑の中に禍々しさが潜む輝きが欠けないよう創造主は花を懐の奥に仕舞った。

    さあ、前段階は整えた。早速緞帳まくを上げに行こう。

    とっておきの小道具を拵えた男は外套のフードを目深に被った。かつては森と同じ常磐の色をしていた衣装も、持ち主の変容に合わせ彩度を著しく下げている。染めた覚えもないのに変色していることなど、当人はとんと知覚の外だったが。

    ◇◆◇

    「────────────♪」

    薔薇の花輪を作ろう。ポケットには一杯の花弁。そんな古いわらべ唄ナーサリー・ライムを口ずさみながら、暗緑の衣を羽織った男は悠然と村へ足を踏み入れた。人目を憚ることもなく、正面から放胆に。鼻歌交じりで集落を進む歩みは実に堂々たるものである。
    にも関わらず、村人は来訪者に全く注意を払わなかった。否、誰一人として、男を認識することが出来なかったのだ。勘の鋭い幼子が唯一、風もないのに揺れた前髪に首を傾げただけ。
    目の前にいるのに認識されない。人の技では到底起こしえぬ現象は、男が長らく愛用している外套の仕業だ。元は森の景色に溶け込むためのものでしかなかった衣は、今や形どころか足音や気配までもをすっぽりと覆い隠している。

    「───────♪」

    不可視の足取りは軽快だが迷いがない。男が目指しているものは決まっていて、それ以外には一瞥すらくれる必要も、価値もないのだから。
    手つなぎ遊びの歌を数度繰り返したところで、男は声帯も足も止めた。そこは村落の住民が共同で使っている井戸の前。傍らでは女が数人、水汲みついでの世間話に花を咲かせている。実に牧歌的でかしましい風景だ。賑やかに続く井戸端会議など意にも介せず、男は懐から結晶を取り出して円い水面に投げ入れた。着水した花はわずかに波紋を広げたが、元々が細やかな粒の集合体である。瞬きの間に溶けて跡形もなくなった。
    すぐに井戸は再び平らかさを取り戻す。傍目には異常が見受けられない変状を確かに見届け、男はゆったりと踵を返した。仕事は幾つか残っているのだ。
    それから男は一軒一軒、一つも漏らさず全ての住家にささやかな細工を仕掛けて回った。誰に見咎められることもないままに。おおよそ集落を一巡し、仕込みを終えた狩人は森へ帰っていった。それがまだ中天に太陽のある時刻のこと。


    惨劇は月が地表を冷たく見下ろす夜更けに始まった。

    ぼう、と蒼白の光が鄙びた集落を包む。深い森の腕に抱かれるようにして佇むその村の夜はいたって静かだ。近くに夕闇を楽しめる宿屋も盛り場も無く、清貧と云えば聞こえがいい人々は灯りの油を惜しんで早々に寝入ってしまう。普段なら梟か小夜啼鳥、もしくは獣の遠吠えぐらいしか聞こえないのが常であるが。
    今夜はそこに、常ならざる異音が響く。

    「ぎ、あああああ!!!!」
    「きゃあああああっ!!そんな、どうして……いや、嫌ぁああああああ!!!!」
    「ぅぐ、ごほっ、ああぁ………ああぁあ……!!!」
    「ひ……ひいい!神よ、お助けを……いぎぃいいいいい!!」
    「だ、誰か、だれかあぁ……うぎっ!ぐ、ふっ……」
    「やだああああああ死にだくないっ死にだぐないぃいい!!!」

    村のあちこちからあがる叫喚。耳障りな濁った絶叫が静寂を台無しにする。
    それらは全て各自の家から転がり出る、或いは出ようとして倒れ込んだ住人達のものだ。次から次に家の外へと湧き出てくる彼らの状態は多様であり、無様である。
    血の泡を吹き、地に転がる男。痙攣する子供を抱いてのた打ち回る女。身体中から夥しい量の赤黒い体液を垂れ流す農夫。もはやぴくりとも動かず血溜まりに伏せる老婆。
    容態の軽重、症状の種類はそれぞれだが、一人残らず全身を蝕む痛みと、何故こうなっているのかが分からない恐怖に苛まれているのは同じである。誰もが、自分達が口にした飲み水や光や暖かさを求めて使用した燃料に毒が仕込まれていたなど考えつきもしない。月夜の下で誰もが苦しみ悶える姿はどこか、照明を受けた道化役者が舞台上で演じる滑稽な舞踊にも似ていた。

    「だ……誰か……たすけ……ぐひっ!?」

    比較的動ける人間が村を囲う外柵に手をかけた、その瞬間。
    柵を突き上げるように突然樹木が伸びてきた。

    「ぁがっ!!」
    「うぎゃあぁあっ!」

    針の如く鋭い葉と枝を持つ木はみるみる遥か高みまで背を伸ばし、どうにか柵を抜けて逃げ出そうとしていた生き物を容赦なく刺し貫いた。外縁を彩るように、上空からぽたりぽたりと生温かい雫が幹と地面、そして近くに居た村人を濡らす。酸鼻極まる赤い雨は更なる狂乱を孕み、狂騒を産む。

    「……あっちだ!あっちはあいてるぞ!」

    阿鼻叫喚が渦巻く最中、誰かがそう叫んだ。まだ反応を示せる者が朦朧とした意識で声のした方を見れば、確かにそこだけはあの悍ましい針葉樹が並んでおらず、ぽっかりと空間が空いている。
    にげなければ。
    回らない頭でそれだけが浮かぶ。毒に蝕まれて収縮した脳髄ではろくに思考も機能しない。ただ追ってくる見えざる鎌から逃れたいという一心で、動ける村人は足を引きずり、腕で這いずり、唯一の出口に群がっていく。
    だが、これもまた地獄への入り口に過ぎないことを彼らはすぐにでも知ることとなった。

    「ぐぇっ!」
    「うぎぃ!」

    短い悲鳴を上げて人が倒れる。それだけならば歩みの途中で力尽きたように見えただろう。しかし、崩れ落ちた身体が弾けて肉の破片となれば話は別だ。

    「……え?」

    目の前で隣人が破裂した村民はこの瞬間だけ苛苦も忘れ、目を見開いて声を漏らす。今、何が起きたのか。その疑問は程なくして解決した。己が身に鋭利な鏃が突き刺さったことで。
    矢だ。どこからか矢を射掛けられている。
    刺さった瞬間、その箇所が血肉ごと沸騰したかのような熱を生じた。それが血流に乗って全身に及び、回りきったが最期。身体中を駆け巡った毒素は身体が溜め込んでいた不浄を火薬のように爆ぜさせ、人の身は鳳仙花インパチェンスのように弾ける。尤も、仕組みを理解する前に鏃の刺さった人間は絶命しているのだが。
    あがる悲鳴。けれど刹那にはその声すら射られて途絶える。

    逃げようとすればたれて死ぬ。
    留まり続ければ毒が回って死ぬ。
    天に命を乞えば届かぬまま死ぬ。
    何をしようとも死ぬ。
    死ぬ。
    死ぬ。
    死ぬ。
    死ぬ。
    死ぬ。
    正しく地獄絵図。そう評するしかない光景が広がっていた。

    「───くくっ。は、はは。」

    男はその景色を笑いながら見ていた。
    座するのは樹上。外柵と共に伸びた木々のうち最も高く、村を一望出来る枝に陣取り、眼下の惨状を見物している。誰一人逃しはしない天然の見張り櫓。性懲りもなく這い出ようとする愚行を認めれば男はすかさず矢を放つ。夜闇の中でも、濃緑の瞳孔は地虫の如く蠢く姿をはっきりと捉えていた。
    ああ、誰もかれもが死んでいく。悶え、のたうち、頽(たお)れ、転がり、塵芥と血反吐にまみれ、苦しんで苦しんで苦しんで、惨苦の挙句に漸く息絶える。それが心底愚かしく、おかしくて。楽しくもないのに笑いが止まらなかった。

    「はははは、あはははははははは、ひひっ、ははははは、あははははは、くく、ははは、はははははははははははははははははははははははははは。」

    ────死ね。
    死ね。死ね。死ね。死んでしまえ。
    お前達を殺すのは自らの犯した罪業だ。
    罪深さを悔いて死ね。
    末期の一呼吸まで苦しみ抜いて死ね。
    己が業の大きさに腹を裂かれて死ぬが良い。
    彼の人が味わった痛苦は、屈辱は、絶望は、こんなものではないのだから。

    笑いながら。哂いながら。嘲いながら。
    男は丹念に、一人一人殺していった。


    ◇◆◇

    天の灯りは月から明星、そして太陽へ。夜が明けた時にはもう、息をする人間は村から消えていた。清々しい暁光に洗われてさえ生臭い肉塊が、幾つも幾つも地に転がっているだけである。耳を澄ませても朝日にはしゃぐ小鳥の囀りと梢が揺れる音しか聞こえない。
    集落の外側、見下ろすように佇む一等高い針葉樹───その幹と枝に体を預ける男もまた然り。狂笑の声を一晩中あげていたのが幻だったように、今やただ唇を引き結んで沈黙を守っていた。
    二抱え以上はある太い幹に背中をゆだね、何を言うでもなく静寂にして凄惨な地上へ眼差しを向けている。目深に被った外套と長い前髪で隠れた両目に陽光は届かない。森の若葉のようだった虹彩は色褪せ、冷えて固まった無機物のそれと化していた。
    「………終わった、な………」
    漸く開いた唇から出た声は渇き、掠れたもの。ほぼ無意識のうちに独りごちた男は、深く被っていたフードを緩慢に取り払う。
    陽射しの下で露わになった顔容は、随分と様変わりしていた。
    一見して目につくのはその色彩。髪も、膚も、両の瞳さえも。元々の色素が抜け落ちたように褪せて、病的に白みがかっている。身に纏う衣が宵闇と血を吸ったように暗い色合いへ染まっているのとは対照的で、余計に冴え冴えと冷淡な印象を抱かせた。以前より先端が伸びた耳や攻撃的に尖った八重歯と爪も人間味の欠如に拍車をかける。
    そしていつの間に出来たのか、前髪で覆われていない左頬に浮かぶ赤褐色の痣。それは色といい形といい、あの時彼方あちらの首筋から此方こちらの顔にまで飛び散った血痕によく似ていた。
    明らかに常人とはかけ離れた風体。しかしながらこれが『完成形』なのだと、男には分かる。幼虫が誰に教わらずとも糸を吐いて繭になり、成虫へ羽化する理屈と同じようなものだ。己が身に起こる、或いは起こった事象を本能で理解するということ。
    男は絶望に堕ち、憎悪を燃やし、復讐に狂った。魔物も人間も多くを殺め、その手を夥しい量の血に染めた。あまりにも激しい情動。執念。怨讐。煮えたぎる感情の融鉄は、人としての枠組みまでも焼き壊してしまった。

    ただ、恋人を愛しただけの男は────────いつしか、怨みの化身へ。人ならざる魔性のモノに成り果てていた。

    ──────空っぽだ。

    幹に寄りかかりながら化け物は思う。
    己の中にあったもの。自分という存在を織り成す要素であったもの。
    もう何も残っていない。全て灰となり、無くなってしまった。
    男は憎い仇をことごとく冥府へ送ったが、同時に自らの心も荼毘に付してしまったらしい。恩讐の炎が何もかもを焼いた今、残っているのは精神の燃えさしと変わり果てた身体うつわだけだ。
    虫の王が残した忠告が脳裏を過る。
    最愛の人が遺した笑顔が脳裏を過る。
    人間と魔性。正気と狂気。一線を踏み越えたのは、どの瞬間だったのだろう。
    冷たく、重くなった片羽を抱いて彷徨った時か。
    己らには二度と得られぬ日常を見せつけられ、慟哭した時か。
    あの村に産まれたというだけで、無辜の幼子まで手にかけた時か。
    それとも、もっと前。死臭が纏わりつく檻の中、愛する人の血を浴びた刹那、だったのか。
    尤も、今更考えたところで時を遡ることは出来ないのだけれど。

    ───これは、罰だ。

    愛する人の末期の願いさえ踏みにじったむくいだ。
    彼は恨み言一つ口にせず、こんな無力な男役立たずの幸せを願ってくれたのに。
    自分は復讐に狂い、流れた血に酔った。その顛末がこの有様ばけもので。
    改めて自らの頑愚さを、愚挙を思い知る。今すぐ喉笛を掻き切りたい程に。彼のいなくなった後も続く脈動が煩わしい。この先も呼吸を続ける意味が見つからない。
    けれど自ら生命を絶つのはそれこそ最大の裏切りだと思った。もう手遅れだとしても、これ以上はせめて彼の祈りに背を向けたくなくて。

    人外と化した男は暫く茫然としたまま動けずにいたが、やがて緩慢に身を起こすとその場から去った。ゆらゆらと、陽炎のような歩みで向かった先はあの大樹。伴侶を根に抱いたイチイの木だ。自身が変じたのが森の魔性であることを悟っていたのもあるが、己が帰る場所を選ぶのならここ以外にはあり得なかった。
    この樹を己の拠り所としよう。そう決めた男は大木の隆起した樹皮に身を預け、瞼を下ろす。




    ───以降、その土地では数百年に渡り、一つの噂が語られるようになる。
    『あの森には緑の目をした化け物が住んでいて、森を荒らす者を決して許さない』と。


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    ロビぐだ♂とヘクマンを書きたい

    DONEそれは誰も知らない、本を閉じた後のお話。

    昔呟いてたロビぐだ♂ファンタジー(元ネタ有り)パラレルを今更小説の形でリメイクしてみたものの最終話。
    てなわけで完結です。長々とありがとうございました。

    ちなみにこのシリーズの全部をまとめた加筆修正版を一冊の文庫本にして今度のインテに持っていく予定です。紙媒体で欲しい方はよろしければ。
    ハッピーエンドは頁の外側で──────復讐を果たした代償のように魔道に堕ち、死ぬことさえ出来なくなった男は、それからの長い時を惰性で生きた。
    妖精達と再び会話を交わせる程度には理性を取り戻したものの、胸の内は冬の湖のように凍りつき、漣さえ立たない。自発的に行動しようとはせず、精々が森を荒そうとする不届き者を追い払ったり、興味本位でやって来る他所からの訪問者をあしらったりする程度。
    このまま在るだけの時間の果てにいつの日か擦り切れて、消滅を迎えるのだろう。その刻限を恩赦と捉えて待ち続けることを化け物は己自身へ科した。巡る季節と深さを増す樹海を他人事として感じ取りながら、摩耗しきるまでただ無為に時間をやり過ごす日々。繰り返しでしかない朝と夜を重ねること幾百年の末。
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