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    ロビぐだ♂とヘクマンを書きたい

    そのスタンプで救われる命があります

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    POIPOI 46

    それは誰も知らない、本を閉じた後のお話。

    昔呟いてたロビぐだ♂ファンタジー(元ネタ有り)パラレルを今更小説の形でリメイクしてみたものの最終話。
    てなわけで完結です。長々とありがとうございました。

    ちなみにこのシリーズの全部をまとめた加筆修正版を一冊の文庫本にして今度のインテに持っていく予定です。紙媒体で欲しい方はよろしければ。

    #ロビぐだ
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    #パラレル
    parallel
    #鯖ぐだ

    ハッピーエンドは頁の外側で──────復讐を果たした代償のように魔道に堕ち、死ぬことさえ出来なくなった男は、それからの長い時を惰性で生きた。
    妖精達と再び会話を交わせる程度には理性を取り戻したものの、胸の内は冬の湖のように凍りつき、漣さえ立たない。自発的に行動しようとはせず、精々が森を荒そうとする不届き者を追い払ったり、興味本位でやって来る他所からの訪問者をあしらったりする程度。
    このまま在るだけの時間の果てにいつの日か擦り切れて、消滅を迎えるのだろう。その刻限を恩赦と捉えて待ち続けることを化け物は己自身へ科した。巡る季節と深さを増す樹海を他人事として感じ取りながら、摩耗しきるまでただ無為に時間をやり過ごす日々。繰り返しでしかない朝と夜を重ねること幾百年の末。


    深い森の奥に、一人の人間が入り込んできた。



    「……分かった。分かったから。行けばいいんだろう、行けば。」

    右側をラッパスイセン、左側をブルーベル。両側から裾を花の精に引っ張られて、森の魔性は億劫に零した。面倒だというのを隠そうともしない態度に妖精達が憤慨したように蝶に似た翅を震わせる。遺憾の意を表しているのだろう、引っ張る力により勢いがついた。宿る植物と同じくらいの背丈しかない小妖精の腕力などたかが知れているが、鉄鈴に似た羽音が激しさを増すのには参る。騒音は時として単純な膂力や体格に比例しない甚大な被害を齎すこともあるのだ。

    「あー、悪かったよ、自分で歩きますって……で、その人間ってのは?この先?」

    引っ張るのをやめろ、と乱暴にならないよう気をつけながら振り払いつつ、場所を問う。彼女達は小さな柳眉をきゅっと吊り上げるものの、ひとまずは動く気になったことを認めたらしい。闖入者の詳しい居どころを告げた。その答えに化け物は目を瞬かせる。

    「……『青の絨毯』?随分とまあ、奥まったところまで……よく獣に襲われませんでしたね。……はあ成程、オタクが匿ったと。お気に召したようで何より。」

    『青の絨毯』は森に住む精霊の間での通り名で、実態はブルーベルの花の群生地だ。花の時期には地面を紫がかった青の花が埋め尽くすためそう呼ばれている。ただでさえ入り組んだ樹海をかなり奥まで分け入らねば辿りつけず、大抵は途中で迷うか野生の動物に襲われるかして余所者がやって来ることは皆無といって良い。だが、花畑の主が招いたのなら話は別だ。瑠璃の瞳を持つ花の精が得意げに胸を張る。

    「……あん?『小さくて、柔らかくて、気に入った』……そんなにガキなのか、そいつ。」

    問いかけへ頷いた二匹に魔性は眉根を寄せた。
    前提として、妖精は基本的に子供が好きだ。それが幼く清らかであればあるだけ。故にブルーベルの妖精が来客を懐中にまで誘ったのは分かる。問題、という程のことでもないが、魔性が気に留めたのはそこではない。
    そんな幼子が大森林の深奥に居るという事実自体だった。

    「……またかよ、ったく。」

    舌打ち混じりに吐き捨てる。人里から離れた場所に弱いものこどもが一人きり。これが示す事実も一つきり。初めてではないが、不快感は慣れるどころかいや増すばかりだ。
    ───時折、あることだった。数百年のうちに森の近くには新しく集落が出来ていたが、貧しいそこでは何年かに一度、口減らしが行われていた。役に立たないもの、立場の弱いもの、村にとって都合の悪いものを森に捨てるのだ。暗緑の木々の間に潜む化け物を鎮めるための生贄という名目で。
    無論、当該する魔性自身はそんなものを寄越せと要求した覚えはかけらもない。だからやって来た贄とやらも放っておいた。助ける義理も喰らう義務もない。何もせずともそのうち森に住む獣が腹に収めるだろう、と。
    他者との関わりなどこりごりだ。悲嘆と絶望の果てに人から変じた化け物は、すっかり人間嫌いになっていた。
    けれど、けれど。

    「……一応、オレ宛てではあるしな。」

    今回だけは、哀れな贄の顔を見に行ってやろうと気紛れを起こした。妖精達に引っ張られてきたのもあるが、捨てられたのが本当に幼い子供だと聞いたからかもしれない。それに、見に行ったところで手を伸べてやるかはまた別であるのだし。
    独り言は誰に言い訳するでもないのに何故か弁解するような響きになった。こちらの形容しがたい胸の内など知るよしもない妖精達が、それならば早く、とまた妖精が裾を引く。
    森の脅威を体現する魔性となってから、進路を邪魔する木の根や藪は向こうが退いて道を開けるようになった。それでなお、だらだらと歩調が鈍(のろ)いのは完全に心理的な問題である。妖精達に促されながら、化け物は教えられた方角へ向かった。
    獣道を抜けたその先。花に包まれるようにして小さな人影が座り込んでいる。木立を抜ける風の音か、鈴を転がすような翅音か。鼓膜に届いたいずれかに反応して幼子が振り返る。


    「…………だぁれ?」


    その顔を目にした化け物は──────男は、息を呑んだ。


    ああ、そういえば、前にもこんなことがあった。
    今更ながら状況と情景に既視感を覚え、ありありと過去が蘇る。幾夜幾日重ねても褪せることのない、痛みを伴う程に色鮮やかな記憶。それは物語の頁を結末から逆しまに捲っていくかの如く。

    森で暮らして。
    妖精に呼ばれて。
    億劫ながら足を運んで。
    そうして深い森の中、自分が出会ったのは。


    「……………りつ、か…………?」



    運命の、蒼色だった。

    瞳は空を映したような蒼。
    好き勝手に跳ねる癖毛はやや茶色がかった黒。
    派手さはなくとも人好きのする顔つき。
    まろい輪郭。柔らかい声音。あどけない表情。
    それらは遠い面影を鏡で映したように。
    恐らくまだ七つにも満たないだろう幼さを除けば、その子供は亡くした最愛の人に瓜二つだった。

    「……おにいさん、おれのことしってるの?」

    子供特有の高く、甘い声の響き。きょとりと瞬く円い眼に男は我に返る。

    「な……何で、です?」
    「だっていま、おれのなまえよんだから。りつか、って。」

    幼子は不思議そうに首を傾げた。薄桃の唇が紡いだ返答に身体が震える。ああ、名前までも同じだなんて!
    縫い留められたように動けない男を清んだ二対の硝子球がじっと見つめる。子供は数回短いが密度の濃い睫毛をひらめかせると、よいしょ、とその場から立ち上がった。そうして少しばかり躊躇うような、しかし怯えてはいない歩みでこちらに寄ってくる。曇りのない眼球を覆うどこまでも透明な水面には好奇心の煌めきがあった。

    「……ひょっとして、おにいさんがもりのおばけさん?おばけだからおれのなまえ、しってるの?」
    「……お化け?」
    「うん。」

    こくん、と子供が頷く。それから懸命な身振り手振りを交えて事の経緯を語り始めた。

    「あのね、おれね、もりのおばけさんにあいにきたの。むらのおとなのひとがね、とちゅうまでいっしょだったんだけど……ここからまっすぐ、ふりかえらないであるいたらあえるからって。そうしたら、おれもみんなのなかまにいれてくれるっていったの。だからおれ、あいにきたの。」
    「……そうですか。」

    舌足らずの語調、言葉足らずな説明だったが、大方の背景は察せた。初めはそれ以外に注意が行って気づけなかったが、こうして近くで見れば幼子の服は所々摩りきれているし、寸法サイズが合っていない。覗く膝や胸元も骨が目立って成長に必要な栄養が足りていないことを表している。どんな扱いをされてきたのか想像したくもないし、挙げ句が現在だ。要は連れてこられて体よく置き去りにされたのだろう。透けて見える顔も知らない群衆の悪意は男の逆鱗を掠める。子には聞こえないように奥歯を噛んだ。

    「……おばけさん?どうしたの?どっかいたい?だいじょうぶ?」

    音としては隠せても態度には出ていたのだろうか。こちらを見上げる子供の眉尻が下がる。曲線ばかりで構築された顔立ちに気遣わしげな表情が浮かんだ。

    「あ……ああ、平気です。ちょいとばかしぼーっとしちまっただけで。ご心配どうも。」

    この子を曇らせてはいけない。殆ど反射で外面を取り繕う。数百年ぶりの機能が巧く動作したかは自信に欠けたが、幼子はそう、と安心したように言った。そうそう、と流れで首肯しながら、改めて思う。

    ───見れば見る程、よく似ている。

    生き写しだ。外見の特徴見た目も、会ったばかりの人外をも案ずる性根の優しさ中身も。
    喉が渇く。焦燥に近いひりひりとした熱が延髄を炙っているようだ。何か、何か言おうと口を開いては形になる前に霧散する。その度に冷えきっていた己という存在の隅々にまで熱が広がっていく気がした。

    「……立香。」
    「なぁに?おばけさん。」
    「……アンタに、触れても?」

    逡巡の末に漸く絞り出した声は自然と上擦っている。哀切さえ滲むそれは、男にとっては悲願にも等しい。当然、今ここにいる小さな生命いのちには知らぬ存ぜぬことだろうが。
    何も知らない幼子は元々のどんぐり眼を更に真円に近づけ、数度瞬きをした後に。

    「いいよ、どうぞ!」

    元気な返事と一緒に両手を広げた。
    真正面から向けられる無垢さ、無邪気さ。屈託のない笑顔と振る舞いに、相対する魔性は胸が詰まる。
    ほんの少し、輪郭だけ確かめさせてもらえればそれでよかった。だが、背伸びまでしてこちらを迎え入れようとする姿に情動を堪えきれなくて。伸ばしてしまった手は千々に入り交じる感情で震えている。間違っても野蛮な獣の爪が柔肌を傷つけないよう慎重に、そっと子供を抱き上げた。

    「わわ……」

    腕の中の幼子は大人しく、素直に男の胸元に収まった。ただ、どことなく据わりが悪い様子ではある。元々こうした接触に慣れていないのだろう、身の置き所に迷う戸惑いが見て取れた。
    子供は少しの間そわそわ、もじもじと落ち着かない素振りだったが、そのうち意を決したのか、恐る恐る男の胸板に身体を預けてきた。僅かに子供からこちら側へと移動する重心。とはいえたかだか痩せた子供一人、寄りかかられようと男に支障がある筈もなく。しかしこの幼子には大したことであったらしい。身を委ねても咎められなかったことを受け、ほぅ、とあえかな吐息を漏らした。
    そうしてさもおかしげに、くすくすと笑って。

    「……ふふ。みんな、もりにはこわいものがすんでるっていってたけど。うそだったなぁ。」

    誰も知らない宝物を見つけた時の声音で。くすぐったそうに呟くと、黒髪の幼子はまろい頬を男の肩に擦り寄せた。猫の仔じみた仕草は稚く、愛らしい。委ねられた体温は、命の重みは、男に眩暈にも似た懐旧の情を引き起こす。
    柔らかな温もり。
    陽なたの
    とくん、とくん、と確かに脈打つ鼓動が触れる箇所から伝わってくる。

    ─────それは、追憶の彼方へ置き去りにしていた感覚。風化も昇華も出来ずにただ抱えるしかなかった追想。二度と戻らない筈のそれが今、形のある実感として、凍りついていた心臓を揺り起こす。

    ああ。
    ああ。
    間違えるものか。
    小さな重みを抱き締めて確信する。例え相手が覚えていなかろうと、己がこの色彩いろを、温度ねつを違える筈がない。

    「…………、と。」
    「んぅ?」
    「そう、呼んでくれませんか。オレの、名だ。」

    ただそこに在るだけの機構ならば個体名称は必要ない。もうかれこれずっと、口にしても誰かの喉を通ってもいなかった単語を舌に乗せる。
    幼子は暫し考えるように沈黙したが、数秒の後にはたちまち大輪の笑顔を咲かせた。春空の下で揺れる雛菊を思わせる満面の笑みで、口を開く。

    「……なぁに、ロビン?」

    刹那、胸の内にあった最後の氷塊が溶け落ちた。末期の一雫ひとしずくが弾けた場所から代わりに何かが芽吹き、咲き添う。永久に欠落したまま、塞がらない筈だった空白を埋めんとするように。
    思考が滅裂で上手く働かない。身体中を駆け巡る嵐の如き情動が喉元で溢れ返って、真っ当な呼吸さえままならかった。それでもこれだけは、これだけは言わなければと、縺れそうになる舌でやっとのこと紡ぐ。



    「──────おかえり。おかえり、立香。」






    己が名前を呼ばれた子供は黒い睫毛に縁取られた目を見開く。円形に切り取られた双つの蒼天には、頬に涙を伝わせるロビンが映っていた。











    そうして二人は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
    めでたし、めでたし。
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    ロビぐだ♂とヘクマンを書きたい

    DONEそれは誰も知らない、本を閉じた後のお話。

    昔呟いてたロビぐだ♂ファンタジー(元ネタ有り)パラレルを今更小説の形でリメイクしてみたものの最終話。
    てなわけで完結です。長々とありがとうございました。

    ちなみにこのシリーズの全部をまとめた加筆修正版を一冊の文庫本にして今度のインテに持っていく予定です。紙媒体で欲しい方はよろしければ。
    ハッピーエンドは頁の外側で──────復讐を果たした代償のように魔道に堕ち、死ぬことさえ出来なくなった男は、それからの長い時を惰性で生きた。
    妖精達と再び会話を交わせる程度には理性を取り戻したものの、胸の内は冬の湖のように凍りつき、漣さえ立たない。自発的に行動しようとはせず、精々が森を荒そうとする不届き者を追い払ったり、興味本位でやって来る他所からの訪問者をあしらったりする程度。
    このまま在るだけの時間の果てにいつの日か擦り切れて、消滅を迎えるのだろう。その刻限を恩赦と捉えて待ち続けることを化け物は己自身へ科した。巡る季節と深さを増す樹海を他人事として感じ取りながら、摩耗しきるまでただ無為に時間をやり過ごす日々。繰り返しでしかない朝と夜を重ねること幾百年の末。
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