その心に生まれたのは バレー選手はスキンシップが多い。
それは、ワンプレーの短い間、ほんの数秒で目まぐるしく変わる状況をともに戦う上で必要なことなのだと思う。実際に触れ合った方が、確かに連帯感というか、仲間意識が強まる気もする。
ぼんやりとそんなことを考えて、日向は高校時代の先輩の言葉を思い出す。スキンシップでスパイカーの調子を計る先輩がいた。それは、セッターだけの役割ではないことを、今の日向は知っていた。
ほんの数秒の触れ合いですべてが分かるわけではない。それでも、指先の温度、腕の力の入り具合、そんな一つ一つに潜む小さな状況を探っていく。
そして最近、その指先から伝わる熱に戸惑うことがあった。
「翔陽くん、帰ろ」
呼びかけられて振り返ると、チームのジャージを着た侑がいた。チームの練習時間はとっくに終わっていて、二人で居残り練習をしていたのだ。
先輩陣からは朝から晩までバレーをしてまだやるのかと呆れられたが、バレー馬鹿はお互い様だ。寮で生活している二人に、夕飯を食いはぐれないように注意しただけで練習場の鍵を渡された。
日向もジャージを羽織って、荷物を肩にかける。勉強道具が入っていない分、高校時代よりも軽い鞄がなんだかおかしい。
「どしたん?」
小さく笑った声が漏れていたらしい。鍵をかけて振り返った侑が不思議そうに首を傾げた。
「ああ、いや。なんか、部活みたいだなって」
先輩から鍵を預かって、体育館で居残り練習をした日々を思い出す。どこか懐かしそうな声に、侑も頷いた。
「場所が変わっただけで、確かに延長線上って感じやな」
ずっとバレーを追いかけてきた。これからも変わらない。
「翔陽くんみたいな後輩がおったら可愛かったやろなあ」
ふふ、と笑いながら侑が日向に手を伸ばした。あ、と思った時にはくしゃりと頭を撫でられている。
バレー選手はスキンシップが多い。それは、主に試合中や練習中のことだ。そのせいか、普段もバレーをしていない友達と比較すると接触は多いかもしれない。けれど、と考える。
「『下手糞』って言ってましたけどね」
印象深い初対面を蒸し返しても、侑は悪びれずに笑った。
「えー、だって本当のことやもん」
「そうですけど」
結局反論はできずに苦笑する。ぐしゃぐしゃと柔らかい髪をかきまぜた手が離れるのを見送った。自分でぐしゃぐしゃにしたくせに、さりげなく整えていく指先は優しい。
「帰ろか」
「はい」
同じ寮に住む二人の帰路は同じだ。長い足で歩き出した侑を日向は追う。スポーツバッグを担いでいない方の侑の手を、後ろからじっと見つめた。日向の頭を撫でた手だ。
「……侑さん」
「んー?」
「いえ、なんでもないです」
なんやねんそれ、と笑う声が優しい気がして戸惑う。練習中は気にならないのに、今はやけに気になる手の平の熱とその声色に、胸の奥に何かが積もっていく感覚がする。最近続くそれがなんなのか分からなくて、でも嫌な感じはしなくて、日向は戸惑う。
「夕飯、なんやろ」
「……楽しみですね」
「おん」
なんでもない会話にも積もっていくそれに、日向は気付かないふりで侑の横に並んだのだった。
......end