ここから「ありがとうございました!」
自分達より幾分か若い青年が笑顔で会釈して去っていくのに、日向と侑はそれぞれの言葉で感謝の言葉を口にした。エレベーターの階数表示が、今所在している階を通り過ぎたのを見て取った青年が迷わず横の非常階段から下っていくのを見送って、二人は自分たちの横にある扉を開いた。
まだ何も置かれていない玄関に揃えて脱いだ靴が擽ったい。侑も同じような気持ちなのか、見上げると目が合ってふっと笑った。
「なんや、俺ら大したことしてないのに疲れたなあ」
大きく伸びをしながらリビングに入っていく侑の背を追いながら、日向は苦笑した。なんとなく気持ちは分かる。
「まだ終わってないですよ」
足を踏み入れたリビングには、数箱の段ボールが置いてあった。むしろ、それしか置いていない。まとめた荷物を運びこんだだけの、二人の新しい住処だ。
カーテンのかかっていない窓からは、温かい光が差し込んでいる。外はまだ肌寒いが、窓の開いていない室内は暖房が入っていなくても温かい。
「ラグ、どれやったっけ」
この日に合わせて、いろいろな家具を購入していた。二人で実際に見て気に入ったものを配送してもらったのだ。
「これ、ですかね」
「お」
梱包されている箱の形や書かれているメーカーのロゴから当たりを付けてバリバリと開封していく侑の横で、日向はゴミ袋を探す。寮でも一緒に生活していたので慣れたが、段ボールでさえ力ずくで剥がしていく開封方法に最初は驚いたものだった。
半分崩壊している段ボール紙を放って、侑は取り出したラグマットを広げた。長すぎない毛足で、素足で歩くと気持ちがいい。二人ともが気に入って買ったそれに、侑はそのまま寝転んだ。
「ちょっ……と、侑さん」
片づけはどうするのかと日向が不平を漏らすと、仰向けに寝転んだ侑は両手を伸ばした。
「休憩しよ」
休憩も何も、まだ業者が運び込んだだけで自分たちは何もしていないのだが。呆れても、少しだけ浮かれるその気持ちは日向にも理解できた。
「ちょっとだけですよ」
素直に侑の腕に収まると、すかさず額に唇が寄せられた。今度は日向から唇を寄せて、触れ合うだけのキスをする。目を合わせて笑い合って、二人で柔らかいラグの上に仰向けに寝転んだ。
温かくて心地いい光が、二人に降り注いでいる。
「翔陽くん」
侑の方を向くと、幸せそうに微笑んでいる。この表情を知っているのは自分だけなんだと知っている。そして今、自分もきっと同じような表情をしているだろう。
「これから、よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
ふふ、と照れ臭そうに笑った二人の左手には、お揃いの指輪が光っていた。
.....end