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    紫乃_24

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    紫乃_24

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    『暗がりとめぐる世界』のおまけSSです。
    ※本に収録している書き下ろしの更にその後の話です。

    #によせと

     少し遅れて待ち合わせ場所に着くと、そこには異様なオーラを放った相手が俯きがちに佇んでいた。
    「……えぇと。お待たせ、瀬戸内くん」
     あまりの淀んだ空気に、周囲にはひと気がない。初め、その重苦しい雰囲気に、待ち合わせ時刻に遅れたことを怒っているのだと思った。近づいて、恐る恐る謝罪の言葉を口にすれば、そこでようやくこちらに気付いた様子の瀬戸内がハッと視線を上げる。
     その顔には――予想に反して――やけに弱々しく揺らめいた眼差しがあって。仁淀はぎょっと目を見開いた。
    「えっ……ど、どうかした?」
     瀬戸内のこの手の表情は、心臓に悪い。思わずどもりながら尋ねた声に、けれど相手はうろうろと視線を外してなにやら迷うそぶりを見せたのち、ぽつりと一言零すのみであった。
    「……いや。なんでもない」
     そんな味気ない台詞ひとつ。しんと横たわる不自然なしじまに、仁淀は腹の底でじわりと据わりの悪い心地が湧くのを感じた。
     経験上、〝これ〟を野放しにしておくと厄介なことになる。相変わらず他人の機微にはとんと疎い性分であっても、それだけは確かに分かることだった。一度小さく唇を引き結ぶと、仁淀は一歩詰め寄りながら言った。
    「なんでもないわけないでしょ」
     大丈夫? 体調でも悪いの? と顔を覗き込むようにして続ければ、眼前の男はあからさまに動揺した様子を見せ――それから、ううっと呻きながら顔を手で覆い、何故だかブンブンと頭を振り始めた。
    「か、神対応やめろ……ッ!」
    「……。なんて」
     頭上に勢いよく疑問符が乱立する音がした。

     兎にも、角にも。なにやら元気そうなことだけは伝わってきて、ひとつ懸念が晴れた仁淀が根気よく聞き出したことには――どうやら初めてのデートに緊張している、らしかった。
     ごにょごにょと続く要領を得ない言い分を聞きながら、仁淀はのそりと首を傾げた。
    「え、初めてじゃなくない…? 一緒に水族館とかだって行ったじゃん」
    「そのときはまだこっ……、こういう、関係じゃなかった」
    「……なる、ほど……?」
     なるほど、分からん。
     自分にしては珍しく辛抱強く他人の話に耳を傾けたものの、謎は深まるばかりだった。
     〝こういう〟がなにを指しているのかは、恐らく分かる。確かに彼の言う通り、所謂こういう――〝付き合う〟ことになってから外で会うのは、これが初めてだ。けれど、だからと言って――シチュエーション的にふたりで出かけることに変わりはないのではないか、と思うのだ。それならば水族館だって、互いの家にだって行った。今更緊張することもないように思え、考えれば考えるほど相変わらず瀬戸内のなかの基準はよく分からなかった。
     そうして気付けば〝なるほど分からん〟が思いきり顔に出てしまっていたらしい。それを感じ取った瀬戸内のほうは、次第にばつの悪そうな表情に変わっていった。先ほどまでの気負った様子から一転、しゅんと萎れたような、文句を言われるのを待つような沈んだ雰囲気に――ああ、そうじゃないんだけどな、と思う。
     不思議と――分からないことが、少し気になっている自分がいた。それは、不快な引っ掛かりなどでは全くなく。
     分からないことはよく分からないまま、まあいいやで済ませてとっとと忘れる性分だった。けれどいまはそれが――分からないことが、ちょっと面白いのだ。瀬戸内の、自分には理解できない変なところを見つけるたびに新鮮で、もっと見つけてみたくなる。
     それだけじゃない。
     ――関係性に名前がひとつ付くだけで、こんなふうになるのか。
     そう思ったら、なんだかこころが疼いて仕方がなかった。そわそわと、真っ白い雪を指先でつついて感触を確かめてみたいような、どこか浮き足立つようなその淡い疼きは、言葉に言い表すとしたら――多分。
    「――はは、」
     思わず笑い声が溢れた。弾かれたように顔を上げた瀬戸内がわずかにムッと眉間に皺を寄せ、むくれた顔をする。
    「……悪かったな、馬鹿みたいで…」
     ぼそりと落とされる、そんないじけたような台詞に、仁淀は今度こそ緩く首を振って答えた。
    「いや、違うよ。ちょっと……、嬉しいなって思っただけ」
    「…う、れ……っ?」
     素直に伝えれば、先刻までの自分と同じように頭上に疑問符を浮かべる瀬戸内が、やっぱり面白かった。
     ――ああ、うん。それで言えば、確かに。
     確かにそれは彼の言う通り、以前までとは違って――いまならば、むしろ。
    「ペンギン見るより、瀬戸内くんを見てるほうが楽しいかもね」
     それから、「見てていい?」と尋ねると、目の前の顔は途端に真っ赤に染まって、当初よりも更にぎこちなく固まってしまった。
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