ファイモス/夜明けのない朝(第、10、胸椎、は、)
(たぶん、このあたり、かな)
寝台の上。ファイノンは隣で横たわる男の背中をじっと目でなぞる。
その男の在り方を体現していると言っても差し支えないくらいに広くて、真っ直ぐで、綺麗な背中。つい数刻前まで自分の腕の中にあったからだ。
まだ微かに汗で湿った背のその場所にそっと触れてみる。内側ではとくとくと彼の心臓が静かに波打っているのだろう。触れたからだは静かな呼吸と同じリズムで僅かに上下する。
(ここに刃を突き立てる、なんてことは、)
彼は、ああ言ったけれど。
(そんなこと、できるわけ、)
どうして彼は、恐らくは彼の唯一の秘密であるそれを自分などに教えたのだろう。
(メデイモスの馬鹿野郎)
そのせいで、知ってしまった。
君という存在も永遠ではないことを。
そのせいで、想像できるようになってしまった。
君という存在が失われてしまう瞬間を。
ずっと、隣で戦って、君が死ぬ瞬間はもう何度も見てきて、君自身はそれよりもずっと多くの数それを味わってきていて、それでも君はいなくならなかったから。
だから君の苦しみを知らないわけではなかったけれど、僕はそれに心のどこかで安心してもいたんだ。
ああ、君は、君だけはいなくなったりしないのだ、と。
君にとっては呪いでしかないそれに光を見出して、救われていた。これはその罰だろうか。
触れていた指先を離してそっと口付ける。
あとどれくらいこうしていられるだろう。
「まだ足りないか?」
背中から声がして、黄金色の髪の先端の赤が揺れる。
「いや、そういうわけじゃないけど」
「どうせこれで最後だ。付き合ってやらんこともない」
「だから違うってば」
「未練たらしく人のからだに触れておいてか?」
背を向けていたからだがくるりと向きを変えて、その髪と同じ夕陽のような色のふたつの瞳がこちらをじっと見る。
「あーーーーーーもう君って人はさぁ」
天井を仰いではぁと大きく息を吐く。意味がわからないといった視線がずっとこちらに向けられているのを感じながら。
「未練なんてなくなるわけない」
たぶん君とどれだけこうしていたって、最後には、もっと、って、
「だから、いい」
「感傷に浸ってる暇などないだろう」
「そうなんだけど」
でも、
「僕さぁ、どうしてか君はずっと一緒にいてくれるものなんだとなぜか漠然と勝手に思ってた」
永遠なんてないことはとっくの昔に知ってたはずなのにね。
そう溢して、わらう。
「楽しかった、ずっと」
「ふん」
くだらない喧嘩。勝敗の決まらない対決。話した沢山のこと。それでも知りようのない沢山のこと。背中を預けられる誰かがいること。
ずっとただ真っ直ぐで思慮深い、うつくしいひと。
きっともう、こんな風にすべてを委ねられるひとには出会えないのだろう。
未来は不確かで、何があるかなんて誰にもわからない。けれどそれだけはわかる、と、確かな答えとしてそれは僕の中に居座っていた。
「君と初めて寝たあと、僕の初めては君だったのに、君はそうじゃなかったことを知って嫌だった」
「は?」
「生きてる長さが違うんだから当たり前だろうって君は言ったけど、やっぱり、やだ」
君に僕以外の誰かが触れていたことが。
君に僕以外の誰かとの時間があったことが。
「なに、を、今更……」
「ねぇ、メデイモス、君の最後は僕にしてよ」
永遠を失くした、夜明けのない朝の、それは祈りにも似た、