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    kuromituxxxx

    @kuromituxxxx

    文を綴る / スタレ、文ス、Fate/SR中心に雑多

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    8月新刊進捗

    #レイチュリ
    Ratiorine

    【レイチュリ】ANSWER 1■失踪したアベンチュリンと、彼から数年越しに届いた手紙を頼りに銀河の果てまで会いに行くレイシオのはなし
    ■「さよならだけならいくらでも」「セミダブルではすこしだけ狭い、愛だとか」「Happiness」同軸。単体でも読めます



     ねぇ、もう終わりにしよう僕たち。

     それはとある晴れた日曜日。
     昨日とよく似た今日が連綿と続いて、彼がここにいる幸せなそれがこのまま死ぬまで続いてくれたなら、と、願っていた矢先のことだった。
     昨晩も朝までベッドの上で互いのすべてを欲するように求め合って、そのまま昼前まで一枚の毛布の中、体温を分け合って眠った。
     そうして目覚めた先でそんなことを言うのだ。
     僕は柄にもなく少しうろたえて、ただ目の前のそのひとをじっと見つめることしかできなかった。
     だって数時間前まで僕の首に腕を回して縋りついて可愛い声を洩らしていたのに?
     何度も何度も僕の名前を呼んで。
     恐らく本来なら引き留める為の言葉のひとつでも口にしなければならない場面で、それでもそうできなかったのは、僕を見る極彩色の瞳がすこし寂しそうに笑っていたからで。そういう笑い方をするときの彼は大抵の場合既に自分の中に答えを持っていることを僕は知っていた。だから何を言ったところでもう何かが響いてくれることもない。
     そういうのがわかってしまう程度には同じ時間を過ごしてきていたから。
    「……僕は、君を失くしたくない、」
     絞り出すようにただひと言。そう口にするので精一杯だった。
     いつも常により正しい答えを導く為の演算を繰り返しているはずの僕の頭脳は、どうしてか彼に対しては一度として正しい答えを導き出すことができずにいる。
     答えがない、いつだって。彼とのあいだには。
    「うん、それは僕も同じだ」
     少し乾いた唇が唇に触れて、そう切なそうに口にする。ついさっき別れを切り出したのと同じ唇で。
     二度、三度、啄むように繰り返した口づけのあとで愛を乞うように舌を絡めて、それからもう一度僕たちはひかりの中で愛し合った。まるで離ればなれになるのを恐れるように。


     その数日後、彼 ―― アベンチュリンは僕の前から姿を消した。


       ◆

     思えばずっと、どこかで予感はあった。
     最初にそれを感じたのはいつだったか。

     喧しい。軽薄な、貼り付けたような薄っぺらな笑顔。それらは時に憎らしくすらあって、
     けれどそれでも僕は目を離すことができなかった。
     鮮やかなピンクや水色を閉じ込めた極彩色の硝子玉のような瞳から。
     震える左手を隠してひとりで戦い続けるちいさなほそい背中から。
     破滅的で刹那的。
     狂ったギャンブラー。
     彼がチップとして賭けるのは自身の命。
     喧しくて、憎らしくて、それでも目を離すことができない、煩わしいとすら思ったそれはとっくに簡単に切り離すことなどできないくらいに大きくなっていたことに、ピノコニーで彼を失うかもしれないと、それを怖いと思ったときに気が付いた。
     愛のかたちは人の数だけあることを知っていたつもりだったが、それでもなぜか自分が誰かに対して抱くとするならそれはもっと単純にあたたかくやさしい、やわらかなものであるはずだと思い込んでいた。こんな、苛立ちや焦燥感なんてものとはもっと遠くにあるはずの。それでもそれを手離すこともできずに、僕はそのまま彼の隣に在ることを選んだ。
     僕が彼に想いを伝えて、けれど彼は僕のそれに応えることはしなかった。
    「君のことはすきだけど」という前置き付きで。

    ―― ねぇ教授、僕が誰かにあげられるのはさよならだけなんだ。たぶん君にも


    「んぐ、」
     ベリタス・レイシオは自身の額の上に乗った何かあたたかいものの重みで目を覚ます。それはするりと鼻の筋を撫でるように滑って今度は口元を塞ぐ。
     あたたかくすこし重みを含んだそれはケーキ ―― ルアン・メェイの創造物のしっぽだ。
    『うーん、むにゃむにゃもう食べられないよー』
     人の顔の上にしっぽを乗せておいて随分と幸せそうな寝言を。この声は……、
    「チョコ」とその名前を呼びかけてやめる。むにゃむにゃと頭上から聞こえてきた寝言が続けて『ちゅり』、といなくなった主人の名を口にしたからだ。
    「…………」
     そう、彼はいなくなった。
     すこしのあいだ一緒に暮らしていたこの家に、僕と、それから彼と共にここへやって来た三匹の創造物たちを置いて。
     顔に乗ったしっぽをどけようと上げかけた手のひらは数秒間空を彷徨ったあとでベッドの上に投げ出される。その手のひらを今度はまた別のしっぽが撫でる。
     ひとりで眠るには広すぎるベッドはひとりと三匹では些か狭い。
     与えられた寝床で眠っていた三匹の創造物たちはいつからか埋まらなくなったひとり分の空白を埋めるように同じベッドで眠るようになった。
     そうやって彼がいなくなっても同じ速度で時間は過ぎていく。
     すこしずつかたちを変えながら、彼のかたちをした空白は空白のままで。

     それが今の僕と彼らの日常。

    『れいしおー、まだ怒ってる? 僕のせいで早くに目が覚めちゃったこと』
     ソファに腰掛けて本を読む、組んだ脚の先を創造物がちょいちょいとつついて揺らす。
    「別に怒ってなどいないと言っているだろう。おかげでこうして朝の静かな時間に本を読むことができる」
    『でも最近ずっとお仕事が忙しかったのに』
     このところずっと帰りが遅かった僕をアラームよりはるかに早い時間に起こしてしまったのを気に病んでいるのだろう。
    『今日はお休みなのに』
     創造物の表情も声もどんどんしぼんでいく。
     結局僕はあのあと口元で動くしっぽに耐えきれず大きなくしゃみをして起こしてしまったのだった。そうして今に至る。
    「いいんだ。こちらこそすまなかったな。せっかくいい夢を見ていただろうに」
     読んでいた本を閉じてテーブルに置く。足下にいる創造物をひょいと掴んで膝の上に乗せる。
    『いい夢見てたのかなぁ。起きたら全部忘れちゃった』
    「幸せそうに笑っていたぞ。だからきっといい夢だ」
    『そうだったのかなぁ』
     なんとなくアベンチュリンの名前を呼んでいたことは黙っておく。それで寂しさを思い出してしまってはせっかくの良い夢が台無しになってしまう。たとえ覚えていなかったとしても。
    『れいしおは? いい夢見てた?』
    「いいや? だから助かった、君が起こしてくれて」
     ぽんぽんと、まさにケーキのようなかたちをしたその体を撫でてやる。
    『ふふ。ならよかった』
     そこでようやく創造物は安堵したように笑う。
    「だから言っただろう、怒っていないと」
     そう、夢。
     久しぶりに見たそれは彼とまだ一緒になる前の、
     だから、悪夢ではない、決して。
     けれどいいものと言ってしまえるようなものでもない。
     僕がどんなに何かをしてやりたいと思ってもできることなど何もないと、何も求められてなどいないことを思い知らされるだけの、
     そうして彼はひとりの舞台で戦い続けるのだ。きっと、今も。
     何かをしてやりたいなどと言っておきながら与えられたかったのはきっと僕の方だ。
     僕はずっと欲しかった。彼の隣に居るに値するだけの役が。それを彼に与えて欲しかった。その為の切符なら十分手にしているつもりでいた。
    『ねぇベッドには戻らないの?』
     寝室に残して来た二匹がのろのろとリビングにやって来る。まだ半分眠ったような声で。
    「なんだ、みんな起きてきてしまったのか」
    『ふたりともベッド戻って来るかと思ったのに』
     足元までやって来て『ん』と両腕をのばした彼らを順にソファに乗せる。
    「すまないな。目が覚めてしまって」
    『ううん、いいの』言い終えるかどうかのうちに、
    『んー』二匹はソファの上で再び寝息をたて始める。膝の上の一匹もつられるようにうとうとし出す。
     今度はここから動けなくなってしまったな。
     ふ、と笑う。それからそっと、今度は彼らを起こさないようにテーブルの上の本を手に取ってその続きに戻る。

     ショートケーキ。チョコレートケーキ。チーズケーキ。
     しばらくの間創造物たちを可愛がりながら、彼らを“ケーキちゃん”と呼び、それぞれに名前を付けることはしなかったアベンチュリンが彼らに与えた名前がそれだった。
     ケーキの名前にすればそれぞれの名前でも呼べるし、ケーキちゃんのままでもいいわけだろう? なんて言って。まるで本当にすごいことを閃いたみたいな顔をして。

     いなくなる準備はきっと少しずつ進められていた。
     君とケーキちゃんたちとここにいたい、という彼の言葉にも、向けられたまなざしにも、彼から与えられたやさしさや愛情や過ごした時間にも嘘はひとつもなかったけれど、それでも同じくらい、「ずっと」と口にしながら彼の中に「ずっと」は存在していなかった。いつかはこんな日が来ることがわかっていたのだろう。もしくは何か迷いのようなものがあったのかもしれない。
     いずれにせよ僕はそれについて問うことをしなかった。
     しなかったというよりはできなかった。
     好きだ何だと言いながら、そのすべてを欲しがりながら、彼の人生の内側に立ち入ることを望みながら。
     ようやく手に入れた彼との日々は最初からそうであることが正解のように過不足なく、けれどだからこそ何かひとつ間違えてつよく触れてしまったら壊れてしまいそうな脆さも内包していた。
     だから僕は触れることができなかったのだ。
     恐らくは彼のいちばん奥にある、最もやわらかな場所に。



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