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    heartyou_irir

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    記憶喪失ジャクレオ。仮1話(タイトル未定)。ジャックが気を失って倒れるまで。

    第一話



    学校にある植物園。その一角で、ジャックは趣味であるサボテンを育てていた。手に持ったジョウロの中で、水が歩調に合わせちゃぷちゃぷ揺れる。

    三段に並んだ植木鉢に、園のガラス天井から透けた温かな日差しが降り注ぐ。ジャックはジョウロで乾いた土に水をかけていく。初めはきれいに吸い込まれずに土の上を漂っていた水だが、しだいに時間をかけてゆっくり奥へと染み込んでいった。色濃く染まった土を見届け、ジャックは次の植木鉢に移る。

    学校側が貸してくれているこの場所のおかげでサボテン達の発育が良い。ジャックは大、小さまざまな大きさのそれらに、一つ一つ丁寧に水を与えていく。
    ふと、その中の一つに小さな蕾がついているのを見つけ、ジャックは顔を綻ばせた。そのサボテンはレオナから贈られたものだった。進級と同時に贈られた、まあるく細い綿毛のような棘を持ったサボテン。

    理由は詳しく聞いていない。外部研修のせいで会える頻度が減るためなのか、それとも単にジャックが好んでいるものだからか。
    けれどジャックもわざわざ理由を尋ねることはしなかった。レオナからの贈り物。その事実だけでジャックには充分すぎるほど嬉しかったのだ。すぐに自分の部屋より環境が整ったここに場所を移し、こうして甲斐甲斐しく世話をやいている。

    そしてついに蕾がついた。花が開くのもそう遠くはないだろう。
    その時、どこからともなくチリンチリンと鈴のような音が聞こえてきた。天井を見上げると、キラキラと光る小さなものが見える。そしてそれはすぐに目の前に下りてきた。

    「また来たのか」

    チリン、笑みと共に鈴の音が響く。それは緑の葉っぱのドレスを身に纏った小さな妖精だった。動きに合わせてドレスの裾がふわりと揺れる。

    初めて出逢ったのはいつだったか。はっきりとは覚えていない。ジャックが植物園にサボテンの世話に訪れるうちに、いつの間にかこうして寄りつくようになったのだ。
    空中を踊るように移動する妖精は、サボテンの蕾の近くで止まり、今まで無かった蕾を興味深げに見つめる。

    「お前も楽しみにしていてくれ。もうすぐ咲きそうなんだ。きっと、すごく綺麗な花が咲く」

    妖精は不思議そうな顔でジャックと蕾を交互に見る。その様子に目を細めると、ジャックを見上げていた妖精は口に手を当てながら嬉しそうに鈴を鳴らした。そして鉢植えの縁に座り込み歌を歌い始める。
    リン、リン。涼やかな音色が耳に届く。ジャックはその歌声に耳をすませながら、次のサボテンへと水やりを再開した。



    それから数日後、蕾は徐々に大きさを増し、今日の夜にでも咲きそうなほどに成長した。嬉しいことは続く。今日はレオナが研修から帰ってくる日でもあった。夜にここに誘ってみようか。あの時のサボテンが花を咲かせたと知ったらどう思うだろうか。頬が勝手に緩んでいく。

    鏡の間に着いた時点で連絡は入れてくれると言っていた。レオナからの連絡が今から待ち遠しくて堪らない。

    ジャックはいつものように鉢植えに水をかけていく。すると、また聞きなれた鈴の音が聞こえてきた。空から小さな光が舞い降りる。

    「見てくれ。今日にでも花が咲きそうなんだ」

    赤い蕾は今にも花開きそうにその身を膨らませている。その赤色にチリンと喜びの音が鳴った。共に喜んでくれる姿にジャックの胸が温かくなる。

    妖精は蕾をたたえるサボテンの周りを何周か舞い、そしてジャックの目の前にやってきた。くるんと跳ねた髪は愛らしく、笑みを浮かべる顔は見るもの全てを魅了する力を持っていた。
    リン。鈴の音が耳に届く。上機嫌に笑う妖精はジャックに手を伸ばす。

    「ん?どうした?」

    たまに肩に乗ってきたり、頬を擦り寄せてきたりとなついているのは知っていたが、こうして真正面から触れ合うのは初めてだった。

    ジャックの小指の先ほどしかない小さな手は、やがてぺたりとジャックの肌に触れる。形を確かめるように何度か触れると、妖精は頬を赤らめそっと顔をジャックへ寄せた。
    驚いたのはジャックだった。頭を後ろに引き、二人の間に指を差し込む。あわや唇が触れてしまうところだった。

    「待て、いきなりどうしたんだ」

    好意を持たれていることは知っていた。だがこの展開は予想していなかった。ただ花が好きで、ジャックが植物の世話をすることを喜んでいると思っていたのだ。ジャックは目をまばたかせて、困ったように眉尻を下げる。

    リンとまた音が鳴る。それはともすれば風に飛ばされてしまいそうなほど小さく、悲し気な音色を奏でていた。けれどジャックにはこれを受け入れることはできない。

    「すまない。ええと、その、俺はお前の気持ちに応えることはできない」

    目を逸らさず、ジャックは妖精へ真摯に向き合う。妖精は宝石のような赤い瞳でジャックを見る。そこからは上手く感情が読み取れない。

    「俺には大切な人がいる。たった一人のかけがえのない人だ。だから、お前の気持ちには応えてあげられない」

    ジャックには妖精の言葉は分からないが、妖精はいつもジャックの言うことを読み取ってくれた。今回も通じるはすだ。そう、思っていた。

    リン。リンリンリンリン。ジャックは突然今まで聞いてことのない、つんざくような音に咄嗟に耳を押さえた。そしてまるで頭蓋骨の内側から締め付けられるような痛みに、ジャックはそのままその場に膝をついた。

    「ぐっ、う……」

    薄目を開けて妖精を見れば、毛は逆立ち目は吊り上がり、憤怒の表情でジャックを見下ろしていた。燃える瞳がジャックを見据える。

    頭の痛みはなおも続く。締め付けられるような痛みは何時しか内側から叩かれるような鈍痛へと変わりジャックを苦しめる。視界がぼんやりと霞んできた。

    妖精の手が空へと上げられる。首筋にピリリと嫌な感触がし、本能が逃げろと訴えてくるが、ジャックがその場から動くことはできなかった。辛うじて開いていた瞳も力なく閉じられていく。

    レオナ先輩。最後に思い浮かんだのは帰りを待ちわびている恋人の姿だった。
    そしてジャックはその場に倒れ、意識を失った。
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