きみのからだはつめたいのがいい(幼児×通常水麿) ぼくはきよまろが好きだ。
水心子正秀、っていうのは、どうやらもっと大きくてぴしっとしてるみたい。せいふで顕現したときからぼくは子供で、せいふのひとたちはみんなびっくりしていた。
これじゃ戦えない、本丸へおくれない。そう騒いでいるおとなたちの中で、きよまろだけ、わらって手をさしのべてくれた。
『水心子、よろしくね。僕は君を守るために生まれてきたみたいだ』
そんなふうに言ってくれるのはきっととってもうれしいことなのに、ぼくはかなしかった。だってきよまろの身体は、周りのただの人間たちよりもずっとずっと細くって、ぽきって折れてしまいそうだって思ったから。
『ぴよまろのことは、だれがまもるの?』
おっきくひらいたお目目、きれいだったな。ぴんくいろがゆらゆらしたあとで、ゆっくり細められて、君が守ってくれるんだよってだきしめてくれた。
きよまろの手は冷やっこい。夏でも、ずうっと冷やっこい。
『ぴよまろは、ゆきおんな?』
よんだおはなしを思い出してそう聞いたら、きよまろはおかしそうに笑った。
『残念ながら、刀の付喪神なんだ。水心子とお揃いだよ』
『おそろい!』
『おそろい』
ぎゅうっとだきつくと、おっきな手のひらがだきかえしてくれる。そうか、きよまろはぼくとおそろい。おそろいだけどぼくとちがって、つめたくて、きもちいいんだ。
もっともっときよまろが大好きになったときだった。
その日、出陣したきよまろは、おてぎねどのに抱っこされてかえってきた。
「手入れ部屋開けろ!」
おてぎねどのが怒鳴るみたいにさけんで、ぼくはびっくりした。いつも笑ってあそんでくれるおにいちゃんなのに、いまはすっごく厳しいおかお。
「準備できた! 入れ!」
やげんどのが手入れ部屋からとびだしてくる。なかに入っていこうとしたのを、ぼくはよびとめられもしないで声をもらした。
「……ぴよまろ……?」
きよまろの身体のうえには、おてぎねどのの緑色のおようふくがかけられていて、どんななのかわからない。でも足のさきから血が、ぽた、ぽた、って何度もおちて、ぜんぜんへいきじゃないのだけはわかった。
まって、って、か細い声。きよまろが、ぼくのほうをむいて、笑って手をのばしてくれる。あわてて駆け寄ったら、おてぎねどのがしゃがんでくれた。
きよまろの手が、ほっぺたに触ってくる。ぞっとした。
「……大丈夫だよ、少しだけ、待っていてね」
――お手手が、ものすごく熱かった。
『ぴよまろは、ゆきおんな?』
そんなことばはぜったいに出てこないような熱さで。このまま、燃えて、なくなっちゃうみたいで。
熱いお手手。いつものきよまろじゃない。
――くるしいんだ。
「ぴよ、」
よぼうとしたときには、おてぎねどのが立ち上がってた。もうだめだ、連れてくぞって、きびしい声できよまろに言って、きよまろもそのあとは喋らなくなった。
おてぎねどののせなかが、手入れ部屋に入ってみえなくなる。
「ぴよまろぉ……!」
君が守ってくれるんだよって、あのひ、きよまろは言ってくれた。なのにぼくは戦にもでられなくて、きよまろが痛いおもいしてるときも、本丸であそんでもらってた。
なんでぼくはこう顕現しちゃったんだろう。いますぐきよまろを守れるようになりたい。しっかり名前を呼んで、せなかにかばって、きよまろが痛くないように、ずっとつめたいお手手でいられるように、ぼくは強くならなきゃ――。
――そうだ、強く、ならなきゃいけないんだ。
でてくる涙をひっしにこすって、しんぱいしてきてくれたかしゅうどのに詰め寄った。
「つよく、なる、には、どうしたら、いいですか!」
ひっ、とまぬけにこぼれる嗚咽。でもかしゅうどのは、笑ったりしなかった。
「鍛錬しよう、水心子。お前しか、清麿を守れるやつはいないよ」
っていうかね、ってなんだか、かしゅうどのまで泣きそうなかおをした。
「お前にしか、守らせてくれないんだよ」
あの無力の日から、三年。僕はどうやら一年に二歳外見年齢が歳を取っていくらしい。通常個体の年齢に追いついたら止まるようだと聞かされて、清麿を追い越せないのは少し残念だと思ったけれど。
ともかくあの日から、早く戦場に出て清麿を助けるんだと思い続けて鍛錬をしてきた。長曽祢虎徹には本当に世話になって、ずっと彼が目標だったけれど、先日ついにその彼相手に一撃入れた。
驚いたのはこちらのほうだった。長曽祢虎徹はむしろ嬉しそうにしていて、さすがはあなただと笑ってみせてくれた。
――そして今日、今の戦で、初めて誉を取った。
「すごいじゃん水心子!」
一番に駆け寄ってきてくれたのは、加州殿だった。誇らしげなのは当然だろう、あの日以来僕が悩む時にはいつも察知して寄り添ってくれた刀だ。清麿に言えないことを何でも聞いてくれた。
「ありがとう。貴方が助けてくれたおかげだ」
そう返すとその刀の瞳が潤む。泣かすんじゃねーよ、と背中をばちん叩かれた。
和泉守殿も大和守殿も涙目だ。
「あんな泣いてたチビがなあ……」
「ね、清麿! すごいね!」
全員が清麿を向く。
清麿は、ぼろぼろに泣いていた。外套の大きな襟に、その雫が落ちていく。
何度も頷いて、嬉しそうに、どこかに安堵を宿して笑って、清麿が濡れた瞳をこちらに向ける。
「…うん、……本当に、かっこいいよ、すいしんし……」
そうして君が表情をくしゃくしゃにして俯く姿が見られることを、今は心から誇らしいと思う。君が存分に泣いてくれるようになるために、――君を守るためだけに、ここまで来た。
これからだって僕は成長を続けていくよ。君がすべてを預けられる男に僕はなる。どこの通常個体よりも上だって、思わせてみせるから。
「……絶対清麿を背中に庇えるようになるから、楽しみにしててね!」
飛びついてくる君を抱き止める。少しよろめくけど、もうちゃんと捕まえられるよ。長さの足りた腕で抱き返して、その身体の細さに、冷やっこさに、このままの君がなにものにも害されることなくいられるように戦うのだと強く誓った。