(身長差水麿)独占欲こそほしいもの 清麿がマフラーを編む。
君がくれる独占欲の証が伸びていく。
清麿は元々編み物を趣味にしていたが、彼のそれは最初、精神集中の手段でしかなかった。裏の目なんかは考えず、ただ毛糸がなくなるまで同じ目で編み続けていくだけで、終わったからといって何にも使われずそのまましまっておくだけだったものたち。水心子は、ずっともったいないと思っていたけれど、だからどうして欲しいのかなんて自分でも分からずになにも言い出せなかった。
それが、恋人になってからのある日、言われた。マフラーを編んだら使ってくれるかと。
彼のその言葉は、やきもちから生まれたものだった。自分の独占欲の証を身につけていてほしいと、そう言った時の清麿は、自己嫌悪に侵された顔をしていた。
真面目な刀だ。そう思った。清麿はいつも水心子をそう評するけれど、彼のほうがもっと。
だから頷いて、何枚も欲しいと返した。その時の彼のことは忘れられない。
どんな顔でも見せて欲しいのだ。明るいところばかりでなくていい。いいところばかりだと、困ってしまう。暗く、きたないところ、たくさん見せて。
けれどどうせ、彼のことを心底きたないなんて思うわけがない。僕はきっとそうだから。
「……できた」
指先で編み目を調整した彼は、なんだか複雑そうに口にする。ほんと、と飛び上がって受け取って、嬉しさのまま首に巻いた。
「わ、すごいあったかいよこれ……清麿、本当にありがとう」
「……ありがとう、なんて、言ってもらえるものではないよ……」
「……そんなことないけどなあ」
清麿はまだ、自身の独占欲で生まれたマフラーを肯定できないらしい。けれど水心子は本当に嬉しいのだ。だから彼にも、笑顔になって欲しい。
どうしたらいいかなと考えて、思いついて清麿の手を取った。
「清麿、軽装に着替えて街へ出よう!」
「え……?」
「僕のかわいい恋人が作ってくれたマフラー、周りに自慢して歩きたいんだ。……駄目?」
軽く首を傾げて、これに彼が弱いのは知っている。こんなのは水心子のほうがよっぽど悪い刀だ。それでも清麿は頬を赤くして、ええと、と逡巡したのち頷いてくれた。
万屋街を手を繋いで、自分より狭い清麿の歩幅に気をつけながら歩く。踏み出すたび首のマフラーがふわと揺れて、それが嬉しくて上機嫌になってしまう。清麿は口数が少なかった。機嫌のいいこちらを見上げては恥ずかしそうに俯いてしまう。
外に出れば気持ちが変わるかなと思ったけれど、そう簡単にもいかないらしい。どうしたものか。こんな二人の間の宝物、彼にも好きになって欲しいのだけれど。
「あれ、……ああやっぱり。こんにちは、相変わらず仲がいいな」
「やあ、背の高い水心子とその番の僕」
道端で声をかけられて二人立ち止まると、歩み寄ってきたのは他本丸の親交のある水心子正秀と源清麿だった。彼らの初体験の際、事前の道具なんかの調達を手伝った縁で今も仲良くしている。彼らも軽装姿で、目の前に来るとやはり二人とも小さく見えた。
「やあ。君たちもデートかい?」
「そうなんだ。水心子が外食しようって言ってくれて」
こちらの清麿の問いかけに、向こうの『清麿』は嬉しそうに答える。微笑ましく見ていると、そちらの『水心子』が己のマフラーとこちらのマフラーを見比べて不思議そうにした。
「……色が違うな? 新しく買ったのか?」
そう問われて、清麿がすこし肩を強張らせる。それを見ていたから、水心子はその肩を抱き寄せ自慢げに口にした。
「いや。清麿が、編んでくれたんだ。いいだろう」
そう言った時、清麿が何か言いたげに口を開けた。明かしたことへの抗議が飛んでくるのだろう。けれど、その前に『水心子』の声に阻まれた。
「えっ……いいなあ……! き、きよまろ、私にも作ってくれないか」
自身の番の肩を揺する『水心子』は、まっすぐにそう強請る。清麿はぽかんとした顔をした。強請られた『清麿』は、えええと眉を下げる。
「あ、編み物したことがないよ……君も欲しいの?」
「ほしい!」
「……そうだな、清麿にいつも抱きしめられてるみたいでものすごく、いいぞ?」
「ぐううう……欲しい……っ」
清麿の表情は、意外で仕方ないといったものだ。反して困り果てた様子の『清麿』は、そんな同位体にねえ、と声をかけてくる。
「……もしよかったら、編み物教えてくれないかな……? 君に教わったら、早く編めるようになる気がする」
「そうだ、ぜひお願いする……! 君にだったら、僕も僕の清麿を取られてしまう心配もなく頼めるし」
「も、もう、水心子」
目の前の『水心子』の肩に『清麿』の打撃が炸裂して、声にならない悲鳴が上げられた。
清麿は、ずっと目を丸くしている。彼らの反応がよほど意外だったのだろう。けれど、これで当たり前なのだ。肩を抱いていた手に力を込めて引き寄せると、こつ、と鎖骨に彼の頭が当たった。見上げてくる清麿に笑いかけてやる。
「ほら、清麿。編み物、教えてあげてもいいんじゃないか?」
──二人とも、このマフラーが羨ましいんだって。
そう囁いた瞬間、彼の目に涙が盛り上がった。さすがにそれは予想外で慌てると、清麿が胴に腕を回してぎゅうと抱きついてくる。
胸に顔を埋めたまま、彼はもごもごと話した。
「……わかったよ、僕に教えられる程度のことなら……いくらでも」
状況が読めないと言った顔をしていた二人が、飛び上がって礼を言う。源清麿どうしが非番を調整する約束を交わして、そのまま手を振って彼らは立ち去って行った。
「……清麿。好きな相手にもらう手編みのマフラーが嬉しいのなんて、きっと『水心子正秀』からしたら当たり前のことなんだよ」
それが君からなら、もっと当然なんだよ。そう伝えると、抱きついたままの彼はぐすっと鼻をすすった。
「……ありがとう、大好き」
その言葉に笑って、一度だけきつく抱き返してぱっと手を放す。なにか不満げに上向けられた視線に苦笑した。
「ここじゃ、注目の的だよ。清麿のそんな顔、晒すのいやだな」
だから放してよ、と言いたかったのに、彼はまた顔を水心子の胸元に埋めてしまった。慌てて呼びかけると、欲に濡れた声が届く。
「……じゃあ、あそこに行こうよ」
「あそこ?」
「……ラブホテル」
全身に、着火されたように熱が走る。万屋街中心路から少し外れたところにある、二人で何度か通ったラブホテル。
「あそこなら、僕がどんな顔していても、見るのは君だけだろう……?」
そう言って潤んだ瞳が覗いてくるので、堪ったものじゃない。百面相をしている自覚を持ちながら、彼の手を引いて歩き始めた。表通りから、逸れていく。
「……ふふ」
久しぶりに笑ってくれた清麿が、蕩けそうな目をこちらに向ける。柔らかで、融け落ちそうな幸せな笑顔。
「僕たち、単純すぎるかもしれないね」
「……ほんとだな。デート、って言って出てきたのに、結局することが……」
「ふふふ、仕方ないね、僕ら」
それでも頬が緩んで仕方ないのがお揃いであること、嬉しいと思う。繋いだ手をぶんと振って、けらけら笑う。
「水心子、大好きだよ」
マフラーもらってくれて、ありがとう。
「……僕も、大好きだからさ」
これから毎年、一本ずつマフラー編んでもらえないかな?
もちろん、の笑顔が、踏み入った裏通りにはじける。
僕は君のものだし、君は僕のものだ。その誓いを互いに忘れずに生きていきたい。
不安になったら、すぐに手を取るから。抱きしめるから、君にもそうして欲しい。
飛び乗ったベッドで、身体を倒した君が腕を差し伸べてくれる。マフラーを解いて、横にぱさりと置いた。
抱き合って僕ら、今、ひとかたまりになる。