2025-03-29
皇女としての務めだと思っている。この国に仇を成す存在を認識することと、彼らを永遠にこの世から消してしまうという決断を下すこと。
我々は民が安らかに日々を暮らすために存在している。すべての決断の責任を負うから、この身に柔らかな絹をまとい、必要以上の糧を食卓に並べ、賢い馬と忠誠心あふれる御者に引かれた馬車に身をゆだねていられるのだ。
兄に、キャロへの慰問を命じられた。あの人は戦争を始めようとしている。父上が結んだ休戦協定を弱腰だとなじり、今ならばジョウストンの全てを手に入れられるのだと豪語する。
兄以外の誰も望んでいない戦争を、あの人は引き起こそうとしている。
そうして起きたのが、天山の峠でのユニコーン部隊虐殺だ。ジョウストン都市同盟の傭兵部隊が、少年兵でされたユニコーン部隊を皆殺しにしたのだという。ジョウストンを許すな、ジョウストンの奴らを獣の牙にかけてしまえ。
国民たちが怒りの声を高く高く上げている。
からからと石畳に車輪が音を立てる。避暑地として馴染みのあるキャロの街は、悲しみと怒りに満ちていた。ユニコーン部隊はこの街の出身者を主として構成されていた。子供を失った家庭も多く、怨嗟の声は鳴りやまない。
慰めてこい、と兄は言った。皇女自ら、そのつらさを救い上げてこい。
あの人がただの優しさでそう言っているわけはない。だが、思惑がどうであれ悲しんでいる国民がいるなら、慰めてその心を少しでも軽くできるなら私にも否はない。
向こうから兵がやってくる。町民が何かを罵倒している。馬車はかたかたとそこへ向かって進んでいく。
「何かしら」
「裏切者の処刑だそうで」
御者に問えば、すぐさま返事があった。ジョウストンに通じ、愚かにも切り捨てられた、という事なのだろう。窓から身を乗り出してみれば、まだ自分とさほど変わらぬ子供だった。
どうして、と口をついてでた。裏切りなど、命をもって償うべき重罪だ。この国を、仲間を殺して、何が得られるというのだろう。金だろうか。金で裏切る程の困窮を、私は彼らに与えたというのならば、その罪も受けなければならない。
青色の目が下から私をにらみつける。
「裏切ったのは僕らじゃない」
冷たい声だった。
「この国が僕らを裏切ったんです。僕はそのことを許さない」
全部を憎んでいる。兄を思い出す声音だった。兄には力がある。だからこそ、望むがままに生きられる。許さないと冴え冴えとした声を出すだけではなんの意味もない。
罪人の言葉を信じる理由もなく、御者に馬車を出すように言った。
あの罪人がもし、もし本当のことを言っていたら、私は罰を受けるのだろう。真実を知らぬ愚か者としてだ。
細く小さく息を吐いた。わずかに姿勢を崩して、窓の外を見る。人々が口々に裏切りものを罵っている。殺して晒せと泣きわめく。
私が慰めて、この憎悪が消えるとは思えない。すべて兄が望む戦乱の世に向かっている。人を殺せと叫ぶのが美徳になる世界に、いつかこの国は代わってしまうのだろうか。
彼らが死ぬのは彼らの行いゆえだ。だが彼らを殺すのは、殺した結果を担うのは我々だ。ふかふかの椅子に座りなおし、クッションを撫でる。
「戦に、なるのかしらね」
なるのだろう。それを、ルカ・ブライトが望んでいる。