2025-04-05
「本気で勝てると思ってたか」
「本気で勝つ気がない戦争やったつもりなら、金輪際戦争屋なんて止めろ」
ボイラーがごうごうと燃える。ハイランドの奴らがこの砦を蹂躙している音がする。俺の大事な家なのに。礼儀を知らねえ奴らが、土足で踏みにじっていやがる。
それだけでも腹が立つのに、それをどうにかできる力が俺にはないときたもんだ。出来る事と言ったら、全部を燃やしてしまうだけ。何人もの仲間が死んだ。今生きているとはっきり言える奴なんて、隣でせっせと火炎槍の穂先をボイラーに放り込んでいるこいつぐらいだ。
皆の前では出せなかったため息をこれ見よがしに吐き出して、俺もその作業に参加する。理屈の分からない兵器を理屈の分からないまま使って、やってはいけないと言われたことを最後にやって全部終わらせる。
愚かで相応しいじゃねえか。まったく。
ルカ・ブライトの力を見誤っていた。それは事実だ。
ミューズの腰の重さを見くびっていた。それも本当。
でもどうにか出来たんじゃないか。どうにか、みんな死なずにここを守る術があったんじゃないか。夢物語が現実になる選択肢を、俺がどこかで間違えたんじゃないか。
間違えたからこうして、全部燃やす羽目になる。
「ちょっと残しとこうぜ」
べきべきと景気よく穂先を折っていくフリックが俺を見た。いたずらでも思いついた子供より少し物騒な顔で笑う。
「今度はちゃんと直しとかないとな」
「おうよ」
次の話をする相手がいてよかった。一人で沈むとろくなことがない。ろくなことがない10年がまた訪れなくて本当に良かった。家と定めた場所を燃やすのが一人でなくて良かった。
残すと決めた数本以外を全部ボイラーの中に放り込んだその時だ。かすかな悲鳴が聞こえた。顔を見合わせる事もせず、フリックが駆け出していくのを追いかける。もうここには誰もいない。
あとは燃えるだけだ。だから、ここには誰も居てはいけない。
燃え落ちる音がして、思わず振り返った。夜の闇の中で、そこだけがまるで昼間のように、赤く、黒く輝いている。大蛇のように炎は砦の建物を舐めつくし、食らいつくしていく。
風の音がする。炎の音がする。屋根が崩れる。
立ち止まっているわけにはいかない。そんなことは分かっていた。だから足を動かそうとした俺の手を誰かが握りしめた。
驚くよりも先に強く引かれて、たたらを踏んだ。それでもなんとか走り出す。手入れなどしていない森の中を、先に行っていたはずのフリックが俺の手をつかんだまま迷いも、よろめきもせずに走っていく。
ついていくので精一杯だ。多分、それぐらいでちょうどいい。何も考えず、踏み出す足の置き場を考え、木の根の張り具合を確かめる。頭上に火の粉が降らなければそれでいい。
それでも、手を振り払おうとは思わなかった。握りしめるというよりも、まるで縋っているかのようだと、自分でも思う。