2025-04-21
小さな小屋で舟を待っている。王国軍の手はコロネまで回っていたが、流通が完全に途絶える事はない。ただ、裏には回るから、ミューズから押し寄せた避難民は港の周りで立往生を強いられている。
自分たちはいつか貸しを作ったコロネの大地主が出すという舟に乗せてもらう手筈だ。広くもない小屋には、似たように逃げてきた金持ちやら彼らが雇った傭兵やらが車座を組んで座っていた。このまま夜まで待つ。傭兵たちも自分たち以上の情報は持っておらず、分かるのは、ミューズが落ちたという事ぐらい。正規軍は自分たち傭兵部隊が撤退するのとほぼ時を同じくして壊滅したという。
まったく、どうしたものやら。
本当に手の届く範囲の市民だけを逃がして、傭兵連中には散り散りになるよう命じるのが精一杯。サウスウィンドウへ、と言いはしたものの、あそこで自分たちが受け入れられるのかも今は分からない。
何なら、この小さな小屋の外側がどうなっているのかさえ、よくは分からないのだ。大地主が実は裏切っていて、今この時王国軍が扉を蹴破ったっておかしくはない。
「おいフリック」
自分と同じように傭兵たちと話していたビクトールが戻ってきて隣に座り込む。薄く開いた窓からは湖の波の音がした。
「アナベル、本当に死んだと思うか」
傭兵たちはそう言っていたし、ミューズのあの混乱を見ていると指揮系統がまともに動いていたとは信じがたい。アナベルは死んだのだ。ビクトールが彼女と会った直後に。
王国兵が市街になだれ込んだ現場にいたのはビクトールも同じだ。分かっているはずだ。市長が生きていれば、あんな無様な負け方は流石にしない。
否定をしてやるべきなのかもしれないが、そんなことをしてなんになる。死んだ人間は生き返らない。どれだけ、待ってもだ。
ビクトールはひとつ大きくため息をついた。
「そうだな、ああ。……そうなんだ」」
骸を見たわけではない。死を確定させる情報があるわけではない。だが彼女は死んでしまったと決めつけなければ次の一手を間違える。それは自分たちの死に直接つながっているのだ。
「悪いな」
生きていればいいとは思う。だが、それを前提として動く事は出来ない。
静かな小屋の中でも、ビクトールにだけ聞こえれば良い声でささやいた。男は困ったようにまゆを寄せる。
「嘘がつけねえ奴だよ、お前は」
「分かってて聞くほうも趣味が悪い」
ビクトールは小さく笑い、またため息をついた。鼻をかいて、目を覆う。深く息を吸い込んで、そうして壁にもたれかかった。
「寝るわ。なんかあったら起こしてくれ」
「わかった」
夜まで時間はもう少しある。確定しないアナベルの死を、決めつけて悼む時間ぐらいはありそうだ。