2025-05-10
王国軍のやつら、倒しても倒してもきりがねえ。上から投げる石はだんだん心もとなくなってくるし、射かけられた矢で怪我をする奴も続出だ。死んだ奴だっている。向かいのノンはもしかしたらもう飛べないかもしれない。
戦いだからだ。当然だと思う。必死に心を奮い立たせておれは槍を握り続けている。殆ど悲鳴みたいな声を上げながら振りおろされる刃を、おれのほうこそ悲鳴に似た声と共に跳ねのけ、振り払う。突いた穂先が人の肉を裂く。ぞくぞくした。恐ろしくて堪らない事をしている。
でもじゃあ他にどんな選択肢があったっていうんだ。
戦わなきゃいけなかった。ここよりほかに行く所なんてない。故郷なんて存在しない。
「チャコ、チャコ……怖い」
頬を血で汚したネオラの声に羽の先まで震えるのを感じた。ぎゅっと羽を畳み、その恐れがネオラに伝わらないように気を配る。
一歩踏み込み、大きく槍を振った。人間がその間に入り込んで、ハイランド兵を押し返してくれた。助かる。ネオラの手を握りしめた。冷たい手だ。
「大丈夫だ。まだ歩けるな、下がれ下がれ」
ここにいたら死ぬ。誰にも死んでほしくなんかない。
「う、うん。ねえいつまで続くの」
「それは分かんねえよ!」
王国軍があきらめるまでだ。おれたちがこの街を守り切るまでだ。
地面は泥と血でぬかるんでいる。爪を立てても滑りそうで怖い。矢が飛んできて、頬をかすめる。
いつまでか、なんておれのほうが聞きてえよ。
脳裏に、新同盟軍のリーダーとかいう子供の顔が浮かんだ。おれに財布をすられた間抜け面とは違って、はっきりと遠くまで見据える目でおれを見ていたのだ。大きな声を上げていたみたいだけれど、聞こえるほど近くもない。
おれを指さし、ハイランドを指さし、そしてコボルト集落を指さした。走っていくのだとジェスチャーをして、ファイティングポーズを取って、最後に拳を突きあげた。
おれはそれに応えたのだ。あいつが間抜けだなんて知っているはずなのに、あいつに応えなければと思った。あいつ、だって、おれたちの力を借りに来たんだろう。おれたちに力があると信じているんだろう?
信じられているというのは不思議な気持ちだ。
だから踏ん張れる。踏ん張りたいと思う。
親父様たちが喚声を上げた。地上に影を作って、ありったけの岩をもって飛んでいく。おれも声を上げる。槍を振るう力はまだあるぞ。
「あいつが来てくれる」
「あいつって」
「あいつだよ。タイラギ! タイラギがちゃんと約束を果たしてくれる!」
ネオラが目を瞬かせた。
そうだよな。おれだってどうしてあいつを信じられるか分からない。でも、ここを任されたのだ。それは本当だ。
矢が飛ぶ。親父様達の怒声が聞こえる。同じぐらいハイランドからも悲鳴が上がる。戦場だ。
わあ、と後ろから声が上がった。大勢の足音が地面を揺らす。ネオラと共に振り返った。
「我らもいるぞ!」
「コボルトの勇敢な戦士が来たぞ!」
「我ら、コボルトの戦士なり!」
おれたちをすり抜け、鮮やかな緑の背中がハイランドに突っ込んでいく。城門の上で、肩で息をするタイラギが、それでも胸を張っているのが見えた。
思わず、声を上げた。腹の底から湧き上がる感覚が、疲れと恐怖を吹き飛ばす。ここはおれたちの街だ。ハイランドになど渡すものか。
槍を突き上げれば、おれの姿を見つけたタイラギが見慣れぬあいつ自身の武器を同じように突きあげてみせる。
あいつはやった。あいつはコボルトを、おれたちの街を守りたい奴らを連れてきてくれた。だったらおれたちがやらなきゃいけないことは一つだ。
ネオラも声をあげる。おれも上げる。ハイランドを追い返せ。ぬかるんだ泥にこの日のために鍛えたような太い太い爪を立てろ。
「いくぞ!」
「いくぞ!」
「行くワン!!!」
もう自分の声か、他の奴の声かも分からない。ただトゥーリバーを守る戦士の声が戦場に響き渡ったことは、おれの全身が理解していた。