2025-05-25
疲れているからここまでにしとこう。そう言うのを見誤る時がある。良い時か、悪い時かはそれぞれだが、今日は機嫌よく飲んでて、部屋に帰りがたくて見誤ったパターンだ。
すぎたな、と思うのは見慣れた俺ぐらいで、他の奴らにしてみたらそんなに変わらなく見えていただろう。それでも、皆に向ける視線とか、そういうのがいつもよりも柔らかくてよく笑う。楽しそうだから、それは別に良いんだけども。
まだ飲むのだ、という部隊の連中を残して二人で帰路についた。常夜灯がいつもは通らない道を照らしている。まだ整わない石畳の上を、フリックと二人じゃりじゃり言わせながら歩くのはなんだか久しぶりだった。
歩く姿を後ろから眺めながらついていく。上機嫌なのは後ろ姿からでも見て取れた。あっちへ一歩踏み出し、向こうへ進み、時折立ち止まって俺が追いつくのを待っている。追いついた俺に、笑いかける顔は緩んでただ柔らかくて、いやまったくの上機嫌。あんまりふりまかねえほうが良いと思うがね、こういう顔はよ。
基本的に愛想はねえ方なんだから、首尾は一貫させといたほうが良いはずだ。あの時みたいに笑ってくださいよ、と言われたって上機嫌に酔ってねえ時じゃ困るばっかりだろうに。
階段を危なっかしく降りたフリックが、ランプをふらふらと揺らしながら下で俺を待っている。まだか、と小さく首をかしげる仕草なんて、まあ、こうして酔ってでもいなければ出ないだろう。酔ったら出るほうが問題なんだよ。
いちいち踏みしめるようにして階段を降り、何度目か追いついて歩き出す。今度はフリックも一緒だ。二人分の足音が、寝静まった街に響いた。
ランプが揺れるから、影もふらふらと揺れる。まるでこの大きな城に二人きりしかいないような気がしてくる。そんなわけがない。そんな場所に常夜灯は灯らないし、時折向こうからやってくる歩哨は存在しないのだ。
「なんだか楽しそうですね」
「飲みすぎてんだよ」
「そうかな」
「お気をつけておかえりくださいね」
「おう」
「お前らの方も気をつけろよ。何かあったらすぐに知らせてくれ」
歩哨はまじまじとフリックを見るような無作法はしない。ただ、ランプの乏しい光でも分かるぐらいに目元を赤くしているぐらい。フリックがいつもよりも柔らかい表情で、優しい声音でそういう事を言うから。
もう少し近づいても良いのかな、と思わせるの、よくないぜ。いや良くないことなんて一つもないんだけど。こういう、絶対に必要だけれど目立たない歩哨任務とか俺たちみたいな前線指揮官が目を配るのが一番大事だってことは分かってるんだけどさ。
それは、素面の時にやってほしい。今、ちょっと飲みすぎて、なんだか嬉し気で楽し気で、距離がいつもより少しだけ近い。そういう時にやると、やっぱなんか、勘違いしちゃうだろ。
歩哨がどこかぎくしゃくとした動きで踵を返すのを見送り、俺たちも歩き出す。何が楽しいのか、やっぱりフリックはなんとなく笑っている。
それはちょっと嬉しい。
「今日は楽しかったか」
「ん。うん」
子供みたいな返事があって、内心頭を抱えた。フリックの返事そのものよりも、それを他の人間に聞かれたくねえなという気持ちのほうがよほど大きい自分に驚く。
機嫌が良くて、少しいたずらっぽく笑うフリックは、俺にとってもだいぶん珍しいのだ。いつもこうならいいとは思わないが、この顔を他の奴らの前では見せてほしくはないのは本当の事。
「飲んでんなあ」
俺の言葉に、フリックはペタペタと自分の顔を触って眉を寄せる。
「お前がそういうなら、そうなのかな」
「……そうだぜ」
付き合いは長いし、なんなら全部の世話をしたことさえもあるのだから当然だ、と思う気持ちと、それだけ信用されているのだと勝手に思いたくなる気持ちが半分ずつある。
「でもさ」
足音は当たり前に二人分だけ響く。お互いの声しか聞こえないぐらい、静かな夜だ。
「どうせお前しか分かってないよ」
今が深夜でなければ、そんなことねえよ! と叫んでいたに違いない。俺だけ分かってんなら、こんなにも心配にはならねえんだよ。囲い込むことなんて不可能なんだから、本当にどうか自重してくれとなんの権利があって思うのやら。