2025-05-22
「じゃあ俺が斬ってやるよ」
本当に殺されるかと思った。いきり立つグリンヒルの連中が一瞬で静まり返ったのは少しおかしかったが、笑っていることなど出来なかった。
騙されて大事なものを失ったグリンヒル。怒りをぶつける場だって存在しないんだから、そりゃあ何かのきっかけがあればすぐに爆発するに決まっている。ミューズ訛りね。まあないとは言いませんが。
実際に手を下すような度胸がある人間なんてここらにはいないんだから、縮こまってれば嵐は過ぎる。多少痛い目にあう覚悟はしてるんですよこれでも。
でも。
だからと言って、あれは恐ろしかった。綺麗な石畳を歩きながら、いまだに収まらない鳥肌を服の上から撫でまわした。心臓がバクバクと大きく動いている。気づかれてなきゃ良いんですけどね。あたしの役回りとしては、いつも余裕を見せていないと行けないんだから。
次の取引相手との待ち合わせにまでに時間があるのは幸いだった。こんな顔、余人には見せられない。
路地を歩いて、小さな広場に出た。大きな木が真ん中にあってそれを囲むようにベンチがある。周りの小さな商店にそこそこ豊富に並べられた茶と茶菓子を求めて、ようやく人心地ついた。
日当たりの良いベンチと、あったかい茶と甘い菓子。それでようやくさっきの事を飲み下せるようになる。
冴え冴えとした青い目に、何かを嘲笑うように、怒りを抱えたみたいにゆがんだ唇と振り上げられた剣の白。
見くびっていたつもりはないんですよ。あの人だって、トランで名を売った人ですからね。単純な命のやり取りの数って意味なら、あの城にいる人間の内でも指折りですよ。そんなこと分かっています。
諜報なんて慣れない、出来ないなんて顔をして、それでもやらせてみたらすんなりと馴染む。時々いるんですよね、ああいう、物騒な事にスキルを全振りしてる人間って。
組んだ膝の上に頬杖をつき、そよそよと吹く風を感じて目を閉じる。
途端に思い出して、目を開けた。心臓が無意味に跳ねる。
密告者の裏切者。大事なものが壊れたのは全部お前のせいだ。
グリンヒルの人間がそう喚き、ならば殺せとあの人は言った。当然の報いだ。疑問の余地などそこにはなく、あの人の手にはただ力だけがある。
殺される、と本当に思ったのだ。
菓子の袋を潰した掌に、額をつけて丸まってしまう。腹の中に恐怖が溜まっている気がした。
「勘弁してくださいよもう」
独り言を聞く人間はいない。フリックにいつか文句をつけたとしても、きっと理解されないだろう。