2025-06-03
昼飯時のレストランは人だかりができる。ビクトールもその一人だった。首尾よくテイクアウトを受け取って運よく空いたテラスのベンチに座れば、手の中のまだアツアツのホットサンドとさわやかな風に目が自然と細くなる。
ノースウィンドウは今が一番良い季節だ。
それを楽しむ為にテラスには人が多く出ていた。商店街から本館へ向かうのならばほぼ確実に通る道がそばにあることもあいまって、ここはいつだって賑やかだ。
ホットサンドが冷める前に食ってしまおうと油紙をがさがさと開けたところで目の前が陰った。
「ビクトールさん、フリックさんを知らない?」
ニナに、これ以外の用事で話しかけられた事がない。ホットサンドを齧りながら頭を振った。
「本当? 隠してないでしょうね」
「知らねえよ。朝から見てねえ」
知っていても教えない事も多いが、今日は正真正銘知らなかった。思い返せば、昨日から姿を見ていない。部屋に戻ってきた形跡もなかった。どうせシュウにこき使われているに違いない。
ニナは我関せずで昼食を頬張るビクトールをじっと見つめていたが、結局それ以上追及しなかった。腰に手を当て、むうと頬を膨らませる。
「本当にどこにもいないの。城にはいるみたいなんだけど」
「誰にきいたんだよ」
「フリックさんの部隊の人」
フリックの部隊もビクトールと同じように百戦錬磨の傭兵たちばかりのはずなのだが、ニナがそこでおじけづく事はない。知っていた事だが、毎度毎度よくやるものだ、と感心してしまうことしきりだ。
「城を出るんなら自分たちには一応言っていくはずだって。だから、外出はしてないと思うのよね」
何のためらいもなくビクトールのそばに座り、ずいぶんとかわいらしい仕草でこちらを見上げてくるニナに、ビクトールは空いた手を広げて見せた。
「そんな顔したって知らねえもんは知らねえよ」
「ビクトールさんも知らないんだ。じゃあどうしようかしら」
今までずっと探していたのか、深く息をついたニナからは疲労の色を濃く感じる。ほぼ完璧に避けられているのに飽きもせず躊躇いもせず、よく続けられるものだといっそ感心してしまう。
デザートに、と思って買ったドーナツを一つ差し出せば、丁寧な礼が返ってきた。
行き交う人を見ながら、二人でドーナツとホットサンドを齧る。別に会話があるわけでもない。共通の知人に関しては、話し込んではいろいろと面倒だ。
テラスの前の道を人々が行き交っている。この街も大きくなってきて、見知らぬ顔ばかりだ。疲れた老女、いらだった青年、安堵の様子でゆっくりと歩く老人とそれにつき従う小さな娘。
ここはもう流通の大きな拠点の一つだから、商人らしき顔も多い。品定めをするようにあたりを見渡しながら歩いていく男とシュウの子飼いの商人が何かを話しているのも見えた。
ビクトールは小さく眉を上げた。
話しが盛り上がっているらしい商人二人のそばに、まるで目立たぬ風情でつき従うフリックの姿があったからだ。平服で肩から下げた大きな荷物からは勘定帳らしき帳面がはみ出している。シュウの知り合いの方が話しかけ、それに応えるが流石に何を話しているのかまでは聞こえなかった。
ニナの様子を伺えば、気づいた様子もなくテラスと人々をつまらなそうに眺めている。
ホットサンドの最後を飲み込んで、ビクトールは商人たちから目を逸らした。彼らはまったく他の人間たちと同じように道を歩き、城の本館の方へ消えていく。シュウへ挨拶でもするんだろう。
青い色を纏わないフリックは、存在感が薄い。青い色に全ての印象を乗せている、という言い方でも良いはずだ。少なくとも、この軍を立ち上げてからはそういう風に動いている。敵味方の視線を引き寄せ、目を眩ませるのが役回り。
逆に言えば、その青色さえ脱いでしまえば存在感は消え失せる。
「フリックさん、お部屋の前で張ってようかな」
「俺の部屋でもあるんだからやめてくれよ」
ニナはまったく気づかない。
慣れているから。知っているからビクトールは気づくけれども、それがフリックのためになるとも思えなかった。全部仕事だ。あれは多分、あんまり人様には言えない類の。