end point②新しい土地に関する仕事を片付けているといつの間にか太陽が沈む時間。執事に作らせた夕ご飯とデザートを携え、龍水は発言の通り不死身の屋敷に足を運んだ。
今度は帽子の青年がドアから飛び出てくることはなくドアをノックすることが出来た。十秒ほど経った頃、渦中の人物が呆れたような顔を出して出迎えた。
「…ほんとに来たんだ」
「来ると言っただろう」
「今日はなんの話?もう昨日で終わったと思うけど」
「貴様が気に入ったと言ったはずだ。失礼な人間ばかりで疲れていたのだろう?今日は夕飯デザート付で持ってきた。少し話そう」
龍水は袋をこれ見よがしに青年に見せつける。青年はしぶしぶといった様子で龍水を招き入れた。彼自身も夕食の準備をしていたからか今日は応接室ではなく食堂である奥の方へと龍水は通される。食堂に向かう青年の後ろに着いていく際に龍水は疑問を口にした。
「貴様は不死身でも食事をするのか?」
「本来は必要ない。…趣味みたいなものだよ」
歩く速度は依然として規則的なままだ。
「フゥン、本来必要のない食事をなぜ趣味に?」
「…ご主人様が一緒の方が美味しいと言ってから」
「主人はどちらに?」
この質問で青年は返事を止め、誤魔化すようにして龍水を食堂の席へ促した。
「必要なものを取ってくる」
厨房の方へ向かった青年を待つことになった龍水は、応接室に通された時と同様あたりを見渡していた。ここでもまた備え付けのようなものばかりだったが食堂に私的なものはそうそう置かないかと考えを改めた。
青年が食器類や飲み物、自分で食べようとしていたであろう食事?もワゴンに乗せ食堂に戻ってきた。
「とうもろこしか」
「今日はこれで済ませようと思ってたから。多めに獲れたし、どうぞ」
龍水が訪れれば怪訝な顔はしても強く追い返すことはない不死身の青年。しかし踏み入られたくないラインにはしっかりと線引きをする。龍水は青年との距離感を図りかねていた。ワゴンに乗っていた皿とナイフを借りた龍水は自身が持ってきたローストビーフを切り分ける。前回同様執事が作ったものである。
「…肉は久しぶりだ」
「そうかそれは良かった。貴様の食は全て庭で作ったものか?」
「そうだよ。僕はここにあるものだけ。街へは降りない」
自らの性質には応えてもそれ以外は黙秘で貫く少年。食事の合間に少しだけの沈黙と、食器のぶつかる音だけが小さく響いた。
「それで?今日は何の話?」
沈黙を先に破ったのは青年の方だった。龍水は差し出されたとうもろこしを豪快に齧りながら答える。
「貴様のことを知りたいと思ってな。その為の会話と訪問だ」
「ふーん。僕の情報収集をしつつ、先のことを考えて家のことも暴いてやろうって魂胆なんじゃない?ね、領主様」
「俺のことをわかったような口ぶりだな」
「無駄に長生きしてるからね。人の性質は見てわかる」
二人分の皿は既に空になっていて、青年は水の入ったカップを口につけた。
「……一階南側廊下奥の窓、景色が良いんだ。食休みついでに見てきたら?」
あろうことか、青年は屋敷の中を見てくるよう龍水に促した。まさかそのような提案をされるとは思わず龍水はなんらかの意図があるのではないかと青年の様子を窺った。
「いいのか?好き勝手見回るかもしれないぞ?」
「入ってほしくない部屋には鍵かけてるし、君が屋敷のどこにいるかなんて僕には手に取るようにわかるよ」
「その言い分だと貴様は着いてこないみたいだな」
龍水は立ち上がり机に置いてあったランタンを手に扉の方へと向かう。
「うん。君が持ってきたデサートでもここでゆっくり食べてるよ」
作り笑いをした彼の笑顔を最後に龍水は食堂の扉を閉めた。
一階、南側、廊下奥の窓。
不死身の青年はわざわざ場所を指定した。ということは何かがあるのだろうとアタリを付けた龍水は最初にそこへと足を運ぶ。確かに、青年の言うとおりその窓からは港が一望できて夜の街明かりがキラキラと美しかった。丘高い場所にあるこの屋敷ならば一階でも見事な景色だろう。ただ、二階の方がもっと美しく見えるのではないか。青年が指定したこの場所の意味合いが色濃くなっていく。龍水はこの周辺を調べることにした。
フゥン、一見なんともないように見えるが…。
一番近場の部屋に足を踏み入れる。幸いここの鍵は空いており入ることが出来た。広々とした部屋の真ん中にピアノがひとつ置かれ、カーテンは全て閉められていた。隙間からは月明かりが少しだけ漏れている。この部屋に何かあるのだろうかと壁に沿って部屋を彷徨く龍水だったが特に何も見つからなかった。
この部屋ではないのか?
一度廊下に出て、港町が見える窓にまた足を向けていた。
龍水はそこであることに気がついた。
──歩幅が合わない
先程ピアノがあった部屋内のドアから壁に向かう長さと、廊下側のドアから窓に向かう長さが五歩分合わないのだ。そして、角部屋の筈なのに南側にあっていいハズの窓が一面全て壁であったことに龍水は思い至った。壁を順番に叩いていく。
コッ、コッ、
空洞を感じられる音が確かにした。そこからは石造りで敷き詰められた壁をひとつひとつ確認しながら手探りで触っていく、すると一個分の石がガコッと外れた。どうやら引き戸になっているようで外れた箇所を取っ手代わりにして扉を開けた。
開けた先は暗い階段が下に続いている。階段が長いのか灯りが無いせいなのか、先が見えない。
──地下室
龍水はランタンを持ち直し足場の悪い階段を降りていく。鉄臭いにおいが段々と立ち込めていったところで階段は終わった。においの正体がイマイチ分からず周囲にランタンの灯りを近づけた。
「これは、」
壁にかけられた金具、ロープ、刃物、反対側のスペースには血の染み付いた鉄製の器具に木の椅子。一見しただけでは使い方のわからないものまで。
──拷問部屋か
入って気分のいい部屋ではなかった。奥の机に並べられた器具を眺める。どれもこれも血の跡がついて埃が積もったまま錆びれている。一体何年前のものなのか。
「気に入るものはあったかな?」
全く気配を感じなかった。不死身の青年は灯りも無しにあの足場の悪い階段を降りてきたのか、手には何も持っていない状態で龍水の背後に立っていた。
「…どれも気分のいいものではないな。俺は好かん」
「へぇ、何でも欲しがって手にする領主様でも気に入らないものがあるんだ」
彼はなぜか龍水の性質を知っている。青年は街には降りないと言っていたがその話を一体どこで聞いたのか、龍水は疑問に思った。
不死身の青年は場所に似つかわしくない柔和な笑顔で言葉を紡いでいた。
「なぜ俺がそのような人間であると知っている?」
「言っただろう?長生きしてれば人の性質は見てわかるんだよ」
はぐらかす気しかない返答だった。
「僕の言葉ひとつでこの部屋を見つけるなんて君は察しがいいね。思ったより早く見つけて驚いたよ」
龍水の人間性をなぜ知っていたのか察しが付けられなかったばかりなのに、不死身の青年は皮肉のようにそう言った。
「なぜ俺にこの部屋を見せようと?」
言葉を言い終わる瞬間と同時だった。
不死身の青年は龍水を壁に叩きつけ、逆手持ちの刃を首元に当て押さえ込む。その刃は初めて出会った時に向けられたものと同じだった。手に持っていたランタンは床へと落下していったが幸いにも割れはしなかったようで、光を放ったまま怪しげに二人を照らしていた。
「ここなら君を殺しても誰にも気付かれない。そう思わない?」
エメラルドの瞳が龍水を捉える。龍水にとって命の危機が迫っているというのに、ランタンの光が合わさって少しオレンジ味のかかった銀髪と、エメラルドの瞳があまりに
「美しいな」
「は?」
「帽子で貴様の色が少ししか見えないのが残念だ」
「君今の状況わかってる?僕に殺されかけてるんだよ?」
口説いてられる状況じゃないんだよ。青年はそう言い刃を握る手に力を込めていたが龍水はそれを鼻で笑ってあしらった。
「俺を本当に殺したいならば声をかけずに背後から襲えばよかったはずだ。随分とまどろっこしいやり方をするんだな」
青年は表情を変えずに龍水を睨めつける。
「それとも劣化した道具で俺を嬲ってから殺すか?もしくは食事を共にした際に毒でも盛ればよかったな。貴様、来るなというポーズをとるわりには中途半端に俺を受け入れすぎだ。言動と行動に一貫性が無いのは自覚しているか?」
「…黙れ」
青年の手は少し震えていた。龍水はその手を片手で優しくいなし下げさせた。転がったランタンを拾っている最中も青年が龍水を襲うことはなかった。
「貴様は気丈に振舞ってはいるがその実優しい人間だろう?別に、長生きしていなくても人の性質は見てわかるものだぜ、違うか?」
言葉を放っても青年は下を向き帽子で表情が見えないまま黙り込んでいた。
「今日はもう帰る。いくら住み慣れた家とはいえ階段の足場は悪かった。気をつけて出るんだな」
そう言い、刃を持っていない青年の手にランタンを持たせた龍水は静かに階段へと向かい、
「また明日」
その一言だけ置いていった。
一人地下室に取り残された不死身の青年は小さく「クソッ…」と呟いてランタンの取っ手を強く握りしめた。
彼の投げやりな言葉を聞く者も、表情を見る者もいない。彼自身さえ、自分がどんな表情をしているのかもわからなかった。