Gatta ci cova最近ペッシの様子がおかしい。
いつもならオレとの同伴任務は喜んで着いて行くのに、ここの所ずっとオレの事を避けたり用事があると抜かしてそそくさとどこかに行ったり。これは絶対に何かあるに違いねぇ。ホルマジオ曰く『女でも出来たんじゃねぇの』との事だったが……。
アイツからは香水の残り香もしねぇし貢ぎ物を貰ってる気配もねぇ。真相は未だに闇の中って事だ。
――だが、ペッシを尾行なんてしようものならオレだとすぐにバレる。そこで頼ったのはメローネだ。
こんな事の為に女を母体にして犠牲するのは少し心が痛むが、メローネのベイビィ・フェイスは追跡向きだ。石や影に擬態出来るジュニアは好都合だ。
こういう時の為にペッシの血も拝借してる。
「ディ・モールト!ペッシの動きが止まったぞ!」
メローネの声にパソコン型のスタンドの画面を覗き込む。人通りも少ない路地裏だ。
「イルーゾォ、連れてけ」
「ふん!このツケは高く着くぜ」
オレはツイてる。ペッシの居場所のすぐ近くに割れた鏡の破片があった。
さて、オレに隠れてまで逢瀬を繰り返してる相手はどこのどいつだ。場合によっては直で枯らしてやる。
「な、何だよォ。エサはもうねぇよ」
「ニャー」
……は?
ペッシが大事そうに腕に抱いてたのは真っ白な毛並みに青い瞳の野良にしては美しい猫だった。
「――っ!?兄貴!?いつからそこに!?」
しかも声を掛けるタイミングを見失っていたら気付かれちまったという醜態。
「あ?オメーがコソコソとしてんのが悪いんだろ」
「だ、だって、兄貴に内緒にしておかねぇと猫の世話なんかするなって怒るじゃあねぇか」
責められてると感じたのか、今にも泣き出しそうな顔になる。そんな表情させたかった訳じゃねぇのに。さっきまで嬉しそうな面してた癖によ。
「その辺の野良猫を哀れんで面倒見てたらキリねぇだろ」
白猫はオレの言葉に抗議するかのように見つめてくる。
「ちっ、違う!オイラがこの子を放って置けなかったのは……」
声を震わせるペッシの代わりなのか徐に猫が口を開いた。
「オレがプロシュート兄貴って奴に似てるから――だってよ。ハン!アンタみてぇな兄貴分を持ってペッシも大変だなぁ?」
猫畜生の癖に人語を話しやがった。こいつ、誰かのスタンドか!?
咄嗟に銃を向けたオレから庇うようにペッシが猫を抱いたまま背中を向ける。
「やめて!殺さねぇでくれよ!」
「そうさ。オレの主人は此処のシマで情報屋をやってる。オレを始末したらアンタらが報復されるぜ」
白猫はするりとペッシの腕から抜け出すとそのまま器用にジャンプしベランダの縁に乗った。
「まぁペッシがオレの事気に入ってるってんなら、いつでも会いに来ていいぜ?」
猫の野郎はそのままベランダ伝いに立ち去って行く。追う気力もなくなっちまってオレは銃をジャケットの内ポケットへと仕舞った。
オレとペッシの間に気まずい空気が流れた。
「あー、ペッシ。その、悪かったよ」
「オレも、兄ィに黙っててすまねぇ。兄ィに似てるからなんて、秘密にしときたかったのによ」
今更恥ずかしくなってきたのか頬を赤く染めるペッシに、しょうもねぇ嫉妬心すら忘れて頭をそっと撫でる。
「なぁ、教えてくれよペッシ。オレじゃなくて、オレに似た奴に好意なんざ向けた理由を」
ペッシが息を飲む気配がする。
「そ、それはっ、そのっ」
「ペッシペッシペッシペッシよぉ~」
あからさまに目を逸らそうとするもんだから頬を両手で包んで額をくっ付けてやる。
「オレ、オレっ、兄貴の事が好きでっ、」
涙目でペッシが懸命に言葉を紡ぐ。
「おう、それで?」
「だけどッ!オレなんて兄ィに相応しくなくてっ、兄ィがオレに惚れてくれる訳ねえって!だから兄ィに良く似たあの猫を代わりにしようとしたんだよ!最低だろ!?」
オレの親指を大粒の雫が濡らす。
「は~。おめぇ、猫なんざ気紛れな動物なんだぜ?幾ら愛情を注ごうがその分返してくれるとは限らねー。それに、どんなに可愛がったって何も利益ねぇだろ。大体お前がオレに相応しくねぇだと?何生意気抜かしやがる。相応しいかどうかを決めるのはオレでオメーじゃねぇ」
オレは親指の腹でペッシの涙を拭う。
「いいか、ペッシ。オレの隣に立っていいのは未来永劫お前だけだ。オレはオメーに出会った日から、おめぇの傍でおめぇを見守るって決めたんだ。一緒に栄光を掴むまで――いや、栄光を掴んだって、お前を手放すつもりは更々ねぇ。オレの言ってる事が分かるよな?」
ペッシは濡れた頬もそのままに潤んだ瞳を向ける。
「オレ…分かんねぇよ…勘が悪いし」
ったく、こんな時までマンモーニかよオメーは。
オレはペッシの頬にバーチョをしてやった。
しょっぺぇな。生きてる味だ。
「オレはおめぇを愛してる。そうじゃなきゃ心配のあまりこんなストーカー紛いな事しねぇよ」
「オレの事慰める為に同情で言ってません ?」
おいおいそこでオレを疑うのかよ。自己肯定感母親の腹ん中に置いてきちまったのかコイツは。
オレは怒りを通り越して呆れながらペッシの唇を勢い良く奪った。言葉で駄目なら行動で示すのがオレのポリシーだ。そんだけオレはペッシに本気だ。
「既成事実作っちまったんだ、もう逃げられねぇぜ?」
抱き寄せて顬や額にも口付けまくる。
「あっ、兄ィ!もういいって!分かりやしたから!オレも兄ィを愛してますからッ!」
「嘘つけ絶対仕方なくイヤイヤ言ってるだろ。それともアレか、流されて言ってんのか?え?」
押し返そうとするペッシに構わずもう一度唇にキス。
「んむっ、んッ、オレも、兄ィを、愛してるよォ」
次第にとろんとしてきたペッシの腰を抱き寄せながら、帰って事情を説明した時リゾットにどやされるだろうなとあらゆる言い訳を頭に浮かべていた。
【おわり】