「電話」 携帯を変えた。日々なんでもなくない日をメンバーと共に過ごしている俺にとって、ロケが巻きで終わってこの時間に自宅に帰れることは大変珍しいことだった。新しいスマートフォンは少し大きめのサイズで、人より大きな手によく馴染む。
天は万が一紛失したら迷惑を掛けるからと言って登録名を別の名前に変えていたことを思い出す。楽がそんなの携帯を落とさなきゃいいと言って喧嘩になってたっけ。
新品のスマホが机の上で震え、ディスプレイを見ると虎於くんの文字。結局何も思い浮かばずにそのままの名前にしていたのだ。
『もしもし、』
「こんばんは、虎於くん。どうしたの?」
『いや、用ってほどのことじゃないが……』
彼、虎於くんとたまに電話をする間柄になって久しい。天のように登録名を変えようと試みたけれど、結局なんの変哲もない虎於くんのまま。間違えてしまいそうだから、俺はこれでいいのかもしれない。
彼からは陥れられた過去があり、今後も許すこもはないと本人にも宣言している。しかし仲間と踊る楽しみに、スポットライトの熱に、観客の声援に魅せられ始めた彼を嫌いになりきれなかった。あの早朝に掛かってきた国際電話のことを思い出す。天と楽には何と言われるだろうか、考えだすと胸がちくりと痛む。
「早朝に電話が掛かって来なくなったなぁって思って」
『あの時一回だけだろ』
電話の向こうで不服そうな声が聞こえる。はぁ、とため息をつく声も聞こえた。
『……なぁ、今日巳波にあんたのことが好きなんじゃないかと言われたんだ』
また彼は突拍子もないことを言う。騙されているのかもしれない、と過去の経験が告げるもののこの数ヶ月電話口で話した彼に嘘はないだろう。言われた、ということはあまり自分でも分かっていないのだろうか。そもそも好きにも色々なパターンがあるはず。友達とか、友達とか。
「あ、ありがとう。友達として、ということでいいのかな」
『違う、その、恋愛対象としてだ。俺にもよく分からないんだ』
「どうやって今まで付き合ってきたんだ、虎於くんは恋愛経験豊富じゃないか」
『関係を持った女が自分は彼女かと聞いてきたらだな。──でもあんたは、そういうのじゃない』
いつもの彼からは想像がつかないほどか細い声、普段は自信満々に見える彼が自分の気持ちも整理できないまま掛けてきた一本の電話。正直、素直に可愛いと思う。この気持ちが年下に対する可愛いと思う気持ちなのか、今はまだ分からないけれど。
『俺はお前のことが好きなのか?』
俺に聞かないでよ……と喉の辺りまで出かかった言葉を飲み込む。きっと彼は真面目に聞いているのだろう。それならば──
「おすすめの沖縄料理屋さんがあるんだ、一緒に行こう。次のオフは?」
『ええと、次の……』
うん、と戸惑いながらも少し弾んだ声が携帯越しに聞こえてくる。君のことを知りたいし、俺のことを知ってほしい。それから考えればいい。自らの声も弾んでいることに気付かないまま、当日を心待ちにするのだった。