守らせて、守って。龍之介のことが好きだ。
そう気づいたのはレッフェスの後、龍之介に電話をした時だった。
私は自分の行いを龍之介へ謝罪した。
けして許されることのない、消えない罪。
龍之介はその罪とは別に私の事を尊敬し、認めてくれた。
初めてだった、ŹOOĻのアイツら以外で【御堂】のついていない、ありのままの私を認めてくれたのは。
寄ってくる男、女はみんな【御堂】の私が好きだった。
きっと【御堂】じゃない私はみんなの嫌われ者だろう。
けど、龍之介は違った。
私が私でいられるようにすることを認め、私を見てくれた。
嬉しかった、それと同時に龍之介に芽生えた恋心に蓋をした。
ゆるされるわけが無い、龍之介の大切なモノを壊し、奪おうとしたのだ。
そんな私が龍之介に恋なんて、許されない。
この気持ちは多分一生消えないだろう、そして結ばれることも龍之介に伝えることも。
私の初めての初恋はきっと実らない。
そんな恋なら静かに殺してしまおう。
◾︎
今日は虎於ひとりだけのテレビ収録。
今をときめく美女特集だの何とか言うコーナーで虎於は呼ばれていた。
司会者は良い奴だったが話が長く収録は少し押してしまい、予定より30分ほど遅れで仕事が終わった。
時刻は20時。帰るにも今日は車が無いためタクシーに乗ろうと考えていた。そんな時、
「虎於ちゃん!」
「龍之介…!」
後ろから龍之介に声をかけられた。
龍之介に名前を呼ばれただけで虎於の心は飛び跳ね胸がきゅんっ、と締め付けられた。
虎於はこんなに人を好きになったことも名前を呼ばれただけで胸を踊られることも初めてだった。
「虎於ちゃん、今帰り?」
「ぇ、あ、あぁ。今から帰るところだ。」
(龍之介を前にすると私が私を保てないっ…。)
ちょっとした事で動揺し、ぎこちなくなる。
バレていないだろうか、変じゃないだろうか。
虎於は長く伸びた美しい髪の毛を触り気持ちを誤魔化した。
「そっか!俺も今日収録あったんだ。もう遅いよね?良かったら送っていくよ」
「ッ、い、いやっ…いい。TRIGGERの十龍之介とŹOOĻの御堂虎於だぞ?スキャンダルにでもなったらどうするんだ」
「そ、……だよね。ごめんね、引き止めて。気をつけて帰るんだよ?」
「っ、あぁ、気をつけてるよ。さよなら、龍之介」
誘いを断られた龍之介の寂しそうな顔、その顔に虎於は胸が締め付けられた。
(苦しい、そんな顔をしないでくれ。私だって、ほんとは…。)
虎於は長い髪のを翻し、龍之介に背を向けて歩き出した。
正直嬉しかった。ぜひ送って、と言いたかった。
そう言えたら良かったのに。
しかし、相手は【TRIGGER】の十龍之介。
龍之介の誘いは断るしかなかった。
・
「タクシーが1台もない…。」
表に出てみるといつも何台も止まっているタクシーが今日に限って1台も止まっていなかった。
仕事は長引くし龍之介の誘いには嫌味ったらしく断り、虎於の気分はかなりブルーだった。
(ここから駅までかなりかかるっ!)
ここから駅までは歩いて30分といったところだろうか。
虎於は肩を落としうなだれた。
しかし、いつまでもここにいても仕方がないので虎於は渋々歩き出した。
駅までの道のりはそれほど人は多くおらず仕事帰りのサラリーマンたちが大半であった。
今日の収録はかなりいい出来だった。
話は長かったが司会者のやつは虎於にも上手く話を振ってくれたり、共演者とも仲良くスムーズに収録できた。
(この話…龍之介にもしたかったな…)
先程の龍之介の誘いを受け取っていれば今頃龍之介にこの話をして褒めて貰えたり一緒に喜んでくれたかもしれない。
そう考えて行く内に虎於の重たかった足取りはさらに重くなり遂に虎於は足を止めてしまった。
なんでこんなに龍之介のことを考えてしまうのだろう…。
あんなことをしたのに、許されないとわかっているのに、
私のことを好きになってほしい、龍之介に愛されたい、と考えてしまう。
(こんなに惨めで弱い女じゃなかったのにな)
今日は上手くできた日なのに、龍之介のことを考えると虎於は涙が溢れてきた。
虎於の綺麗な目から大粒の涙が溢れ落ちる。
1度溢れた涙は止めることが出来ず虎於は静かに涙を拭った。
その時だった、
「ひゃァッ!!?!」
何者かが虎於の華奢で細い腕を力強く掴み路地裏へ連れ込んだ。
それはあまりにも一瞬の出来事だった。
「なに、!」
「てッ、抵抗しなぃいでぇ!!」
連れ去った奴が大きな声で虎於に叫ぶ。
興奮しているのか声は裏返り早口で話す。
虎於の掴まれた腕にはいつの間にか手錠がかけられており、身動きができない。
連れ去った犯人は虎於の耳元で叫び続けた。
「ッんわ!!」
「ぼ、ぼぼ僕はッ虎於ちゃんのだっ、大ファンなんだっ!!虎於のことがすすすすす、好き!!で、ずっとずっとずっとずっと虎於ちゃんに、触れたかったっ!!!」
「ふッぁ!」
男はそう言うと正面から虎於を抱きしめた。
抱きしめられた虎於は全身が身震いをした。
いま知らない薄汚い男に抱きしめられ、抵抗が出来ない。
虎於は少しでも男から離れるため体を捩り抵抗し続けた。
「離せッ!!やだっ!!やめろッ!!!」
__たすけて。
そう言おうとした時だった。
「とととッ虎於ちゃんは!!!TRIGGERや十、りゅ、りゅ龍之介に酷いことしたのに、虎於ちゃんはた、たすっ助けを求めるのぉおぉ?!!」
「は、ぁ…」
(なんでこいつが知ってるんだ、あのことは公にはなってないはずなのに。なんで、なんで、なんで知ってるんだ。)
男は虎於の弱点であり、虎於の罪を脅しにしてきた。
虎於はそれに動揺し、ガタガタと震え始めた。
そんな虎於をさらに強く抱きしめ男は続けて話し始めた。
男の力強さに虎於は痛がり顔を歪めた。
「ぃ"だッ」
「へへっ、ふっ、虎於ちゃん……いいっいま十龍之介の事が好きでしょ?」
「え、ぁ」
「ぼっぼ、僕、知ってるよッ!!!ずっとずっとずっとずっと虎於ちゃんのことがす、すっ、すきで見てきたからねッ!!!」
ほらッ!そう言って男は虎於に男のスマホを見せてきた。
映し出されていたのは虎於の住むマンションの脱衣場。
服を脱ぎ裸の虎於が映っており、風呂に入る数秒前といったところだった。
「なぁッ、おまえッ、これ!!」
「とぉ、とら、虎於ちゃんがすすす、好きで、ふふっ家にね、入ったんだよォ!!!あああの時、虎於ちゃんはッぐっっすり!!寝てたから気づかなかったのかもねふふふふ」
男は虎於が就寝していた時に家に侵入し、カメラを設置していた。
それも1台だけなんかじゃない。
脱衣場、リビング、キッチン、寝室、クローゼットそれは男から見せられた他の写真が証拠だった。
「と、とりゃ、虎於ちゃんの家には……たっくさん!たぁあーーーくさん!!!つな、し龍之介のざっ雑誌や、グッズ、写真があったからね!!!」
それは虎於が密かに集めていた龍之介。
虎於は見つからないように寝室の大切にタンスの中にしまっていた。
虎於が龍之介へ想いを伝えられない分それは虎於に
とって大切な物であった。
「じじじつはね、僕ッ!我慢ででぇきなくで!!!寝てる虎於ちゃんと、っツーショット撮っちゃったぁ!!!」
次に男はツーショットを見せてきた、
幸せそうに寝てる虎於の隣で不気味に笑う男。
他にも虎於の寝顔や虎於の部屋の写真。
極めつけは寝てる虎於のベッドシーツを剥ぎ取りパジャマ姿が露になった虎於の写真だった。
「なぁ…ぁ…ぃや…」
「ふす、ふふ、ぼぼ、僕はもう虎於ちゃんのぜっ、ぜーーーんぶ!!!!知ってるんだよッ!!!!」
「も、やめっ…」
男から距離を取ろうと虎於は後退りをした。
しかし今いる場所は狭い路地裏、虎於はすぐに後ろの壁にぶつかった。
後ずさる虎於を追い詰めるように男は虎於に迫ってきた。
「こ、こな、来ないでぇ!!!」
ドンッ
「ひッ!!」
男が虎於の顔の横に勢いよく手をついた。
その音、男の勢いに虎於は震え涙を零す。
「虎於ちゃん!!!!ぼぼぼ僕とけっけけけ、結婚しよっ!!!!!」
「ひゃッ」
男は虎於の顔を強く掴み、顔を見合せるようにした。
「もっ、もぅお!!!ききき、キスっしよ!!!ぼ、僕だけの虎於になってよ!!!!!」
「ゃ、いやだっ!!やだやだっ!!」
男は鼻息荒く、虎於の顔に迫ってくる。
男は興奮しており、まともに話も出来なかった。
虎於は泣きながら一生懸命顔を横に振り抵抗したが男の手は力が緩むことなく強く虎於の顔を掴んだままだった。
(やだ…たすけて…いや…!)
虎於は助けを求めたがそれと同時にもう、無理だと思った。
男の言う通りだ、自分は龍之介たちに酷いことをしたのに
自分がされそうになったら助けを求めるなど。
助けを求める状況が違えど自分は龍之介を助けられたのに、龍之介たちを守れたのに。ここで後悔してももう遅い。
虎於はギュッと目を瞑った。
ドゴォッ
「う"ぁあ"ァッ!!!」
「へ…」
大きな音と共に男の呻き声が聞こえた。
恐る恐る虎於が目を開けた。
そこには1番会いたかった、助けを求めていた彼、
十龍之介がいた。
「虎於ちゃん!!!!大丈夫!?!?!」
「は、ぇ…」
パニックと恐怖で腰が抜けた虎於の腰を龍之介が優しく支え座らせた。
「なぁ…んでぇ、りゅ、のすけ…」
「虎於ちゃんが寂しそうな顔をしてたからあの後追いかけたんだ!」
(龍之介…私のことちゃんと見ててくれたんだ……)
「虎於ちゃん、大丈夫!?痛いところない?」
「…ぅわ…ヒック……んっあ……」
「虎於ちゃん?!泣くほど痛いの!?!」
「ちが、ちがうっ!りゅ、龍之介が……きて、グズ……くれたから、うれしくて……」
虎於の目からまた涙が溢れ出した。
龍之介が来てくれた安心感と嬉しさと不安からの解放。
もう来てくれないと思っていた、もう誰も私を助けてくれないと思っていた。
けど、龍之介は助けにきてくれた。虎於のために。
「龍之介……ありがとっ」
「虎於ちゃんっ……!」
龍之介は泣き出した虎於を優しく抱きしめた。
龍之介に殴られて伸びているアイツとは違い、龍之介は怯え震えて泣いていた虎於を優しく包み込み幸せを感じさせる。
その幸せに虎於はまた泣きそうになった。
「龍之介、手首……いたい」
「え?」
龍之介は虎於を1度離し、手錠で拘束されている虎於の手首を確認した。
虎於の手首は抵抗したからか少し赤く血が滲んでいた。
龍之介はまだ伸びている男のポケットを漁り手錠の鍵を取り出し虎於の手首を優しく掴み拘束していた手錠を外した。
龍之介は赤く痛々しい虎於の手首を龍之介の大きな手で優しく撫で包み込んだ。
「ッ、」
「ごめんね、俺がもっと早く来ていたら…」
「謝らないで!龍之介が、来てくれただけで……嬉しい。」
「虎於ちゃん……」
龍之介はもう一度虎於を抱きしめ、優しく頭を撫でた。
そして外した手錠は男の腕につけ拘束した。
「いま警察呼ぶから」
「ま、待ってくれ!あ、あいつのスマホに…」
「スマホ?」
(どうしよう、スマホには隠し撮りがたくさんある。誰にも見られたくないっ)
虎於が撮られていた写真を思い出し青ざめ肩をギュッと抱えた。
スマホには部屋の写真、寝ている虎於や裸の虎於、他にたくさんあるだろう。
それはきっと証拠として残しておかなければならない。
けど、龍之介や他の人に見られるのは……。
「……」
「…?」
バギッ
「龍之介!?」
龍之介はそんな虎於を見て立ち上がり男の横に転がっていたスマホを踏みつけ跡形もなく壊した。
何度も何度も踏みつけ、壊した。
「この中に見られたくないものがあるんだよね?」
「……あぁ。」
「じゃ、消そう。誰も見ないよ」
「龍之介…」
座っている虎於に近づき龍之介は目線を合わせ虎於を抱きしめた。
「虎於ちゃん、大丈夫。俺が守るよ」
「龍之介……。」
「【TRIGGER】とか【ŹOOĻ】とか関係ない。
虎於ちゃんを1人の女の子として、これからも、守らせて」
「……ぅん。守って、私を。」
虎於は龍之介を抱きしめた。
華奢で細い腕で強く、龍之介を確かめるように。