鳥野郎結婚阻止大作戦「ドフラミンゴ・・・"見合い"だ。」
泣く子も黙る海軍本部。
元帥"仏の"センゴクは、"大参謀"のつるを従え、"中将"ドンキホーテ・ドフラミンゴの執務室に現れた。
丁度昼時だった為か、執務室に置かれた応接セットにはロシナンテとローの姿もあり、三人仲良くローテーブルに置かれたホットプレートでお好み焼きを作っている。
「・・・見合ィ?!」
「というか貴様ら何をやってるんだ!!勤務中だぞ!!」
「いや、昼休みだし。」
「センゴクさんも食べるか?結構上手く出来た。」
「いらん!!!!」
ソース塗れの物体を差し出してきたロシナンテを一喝したセンゴクは、重たい溜め息を吐いてから、ボウルの中身を掻き混ぜているドフラミンゴに向き直った。
「"上"から見合いの話が来てな・・・。世界政府加盟国の王女様だそうだ。良かったな。お前の身に余る素敵な女性だ。」
「おいロシー。上から押すな。ふんわりしなくなるだろォが。」
「聞いとるのか貴様!!!」
「イヤイヤイヤ。絶対嫌だぜ。見合いなんて。しかもなんで一国の王女サマが、おれみたいなしがない海軍の駒と結婚したがるんだよ。」
相変わらずボウルを手放さないドフラミンゴが、溜息混じりに言うと、センゴクはつるから見合い写真を受け取って、ホットプレートの横に置く。
「この国は、国王の娘が結婚相手もロクに探さず、跡取り問題が浮上しているそうでな・・・。そんな中、国王の弟君の娘はこの度結婚が決まった・・・。このままでは王国の実権はその弟の娘夫婦に取られてしまうと危惧した現国王が焦って見合い相手を探しているという訳だ。
・・・お前は決まった相手もいなさそうだし、腐っても"中将"だ。上の顔も立てられる。」
「おれの都合は無視かよ!!おつるさん!!おれァ嫌だぜ!!結婚するならおつるさんとするって言ったよな?!おつるさんも良いって言った!!」
「・・・三十年も前の話を持ち出すんじゃないよ。」
ドフラミンゴの子供のような言い草に、つるは呆れたように返した。
「別に、まだ結婚まで進むと決まった訳じゃない。向こうがお前を気に入らなかったら破談な訳だしね。
元帥の顔を立てておやり。ドフラミンゴ。」
「それ、先方がおれのこと気に入ったら断れんのか。」
「無理だ。必ず結婚しろ。」
「ふざけんな!!!!高身長高収入に顔も良いこのおれだぞ!!おれに落ちない女がいるとでも?!」
「私服の趣味最悪だし、私服で行けよ。あのピンクのコートで百年の恋も冷める。」
「ロー!!お前は黙ってろ!!」
大して興味の無さそうなローが、同じ粉物でもパンとは大違いだ、などと言いながらお好み焼きを頬張り、茶々を入れる。
ロシナンテはまぁまぁ、と、煙草に火を点けた。
「兎に角!!上官命令だドフラミンゴ。正直おれも"上"には強く言えん。おれにも生活があるのでな。」
「本音は隠せよ大仏爺・・・!!」
「会うだけ会ってくれ。その後の事はまた考える。本当に良いお嬢さんだったら儲けものだろ。」
「オイオイオイオイ!!ちょっと待て!!行かねェからな!!」
そそくさと部屋を出て行くセンゴクの後ろ姿に、ドフラミンゴが怒鳴ったところで、バタン、とその扉が閉まる。
こうして、ドフラミンゴの華の独身生活は、唐突に脅かされることとなった。
######
「わ、に、や、ろォオオオ!!!」
「・・・は?!」
アラバスタ近海を荒らしていた海賊を討ち取ったクロコダイルは、その首を引き渡しに海軍本部を訪れていた。
手続きを終えて、長い廊下を出口に向かって歩いていると、遠くからよく知った声がする。
振り向けば、三メートル超えの男が、クロコダイルの首に縋り付いてきた。
「オイ何だテメェ!!ブチ殺すぞ!!」
「わにやろォ聞いてくれよぉおおお。見合いすることになっちまった!!!」
通りすがりの海兵達が、情けなくクロコダイルに泣きつく"中将"の姿に、ヒソヒソとしている。
周りの見えていないドフラミンゴに、クロコダイルは大きく鉤爪を振り上げた。
「で、なんだ。」
「いや、だからよ。見合いすることになっちまったんだ。お前というものがありながら・・・本当に申し訳ねェんだが・・・。」
「いや、特に問題は無い。結婚おめでとう。ご祝儀は後日渡そう。」
「驚くほど冷たい!!!」
鉤爪で殴られ、流血しながらも廊下に正座させられたドフラミンゴに、腕組みをしたクロコダイルが不機嫌そうに言うと、ドフラミンゴが身振り手振りで話す。
全くもって興味を示さないクロコダイルに、ドフラミンゴが悲しげに怒鳴った。
「お、ワニ屋。久しぶりだな。」
すると、ドフラミンゴの肩に掛かったコートが消えて、何処からともなくローが現れる。
突然現れたローを肩車する格好になったドフラミンゴの首が、グキリ、と、嫌に音を立てた。
「ロー!!なんで毎回おれの上に登場するんだ!!」
「・・・ワニ屋もいるなら"丁度いい"。こんな感じでどうだ。」
「・・・あァ?」
怒鳴るドフラミンゴを物ともせずに、懐から一枚の紙を取り出したローを、クロコダイルは怪訝そうに見る。
それは一枚の写真だった。
「・・・オイ。」
「おお、いい感じだな。流石だ。」
「海軍本部が誇る写真解析班に加工させたんだ。当たり前だろ。」
覗き込んだその"写真"にはドフラミンゴがクロコダイルの肩を抱き、楽しそうに街を歩く様子が遠くから撮影されている。
が、クロコダイルにはこの男と仲睦まじく外を歩いた覚えはなかったし、クロコダイルの首から下は明らかに、あの間抜けな"弟"である。
「この写真を新聞社に流せば一面飾れるだろォぜ。タイトルは、あの"王下七武海"サー・クロコダイルが海軍本部"中将"とお忍びデート、だ。」
「流石の王女サマも他人のモノに手は付けねーだろうし、見合いは破談一択だな。」
「・・・オイ馬鹿共。世間を舐めてんのか。それともおれを舐めてんのか。」
未だドフラミンゴに肩車をされているローの頭を鷲掴んでから、クロコダイルは怖い顔で写真を砂にした。
「あー!!おいコラ鰐野郎!!お前いいのか?!愛しいおれがどこの馬の骨とも知れねェ女と結婚させられるかもしれねーんだぞ!!」
「結構だ。おれを巻き込むんじゃねェよ。」
「お前のことなんてもーシラネ!!温かい家庭築いてやるからな!!」
肩車したローを落とし、ドフラミンゴは涙目でクロコダイルに言うと、大股で立ち去る。
その後ろ姿に、クロコダイルは面倒くせぇ、とばかりに葉巻の煙を吐き出した。
「・・・ほんとに良いのか、ワニ屋。向こうがあいつの事気に入ったら、断れねーみたいだぞ。」
「関係ねェよ。・・・お前こそ興味なさそうな顔して存外必死じゃねェか。」
「馬鹿言うな。おれはドフラミンゴの不幸せを見るのが生きがいなんだぜ。何かの間違いでこの縁談が上手く行って、温かい家庭でも築かれた日には発狂するね。」
「・・・お前らの愛憎模様は理解できん。」
いつもの如く、大刀を担いだローは随分と上のクロコダイルを見上げる。
それを呆れたように見下ろしたクロコダイルは、鼻を鳴らした。
「ま、少しでも、あのフラミンゴに"愛着"があんなら、見合いは明後日だ。
・・・あんたは"知らねェから"そう悠長な事を言ってられるんだぜ。」
「あ?何がだよ。」
「・・・あいつの"外ヅラ"。見たことねェだろ。ほんとに、一国の王女も落としちまうかも知れねェぞ。」
生意気に笑ったローは、それだけ言うとクロコダイルの目の前から消える。
その一瞬後に、カラン、と、ローと入れ替わったのであろう小石が、床に落ちて軽い音を立てた。
######
「はじめまして。海軍本部"中将"、ドンキホーテ・ドフラミ、ン、ゴ・・・だ。」
見合い当日、高級ホテルのレストランで顔を突き合わせた件の"王女様"に、ドフラミンゴは口を開くが、その"風貌"に段々と言葉が萎んだ。
怪訝そうに瞬きをした王女様の、色素の薄いロングへアと、穏やかそうな丸い瞳に、ドフラミンゴの瞳が揺れる。
"似ている"、"あの人"に。
(こりゃァ、悪い冗談だ。)
押し付けられた見合い写真など、一度も見ないままだった事をドフラミンゴは後悔したが、もう遅い。
"人間"に、"成りたがった"あの男のせいで死んだ、"優しかったあの人"。
ズキン、と、一度サングラスの奥で"左目"が疼いた。
「・・・オイ。断るつもりの縁談に、あんなにキメて行く必要があったのか。」
「なんだよ〜。クロコダイルさん結局気になっちゃってんじゃん。」
「さっさとあそこに乗り込んで奪ってこいよ〜。」
「死ね。役立たず共が。」
一方、ホテルの外の草むらに潜む影が、三人。
コソコソと双眼鏡を覗くロー、ロシナンテ、クロコダイルである。
今日の縁談をどうにかぶち壊し、ドフラミンゴの結婚を阻止する為に集められた役者達だ。
双眼鏡でレストランを覗いたクロコダイルは、そのいつもとは全く違う出で立ちのドフラミンゴに、不機嫌そうに言う。
ネイビーのスリーピーススーツに、丸い洒落たサングラス。
海軍将校というよりは、どこぞのモデルのような気品溢れる姿に思わず舌打ちをした。
「だがなァ、ドフィ大丈夫かな。」
「"マナーのなってないフリで嫌われよう"作戦は、あいつのプライドの高さ的に難しいんじゃねェか。コラさん。」
「もっとマシな作戦を用意してから臨めよ。」
何とも呑気な弟二人に、クロコダイルが不安になったところで、バタバタと品の無い足音がする。
ロシナンテが思わず能力を発動し、三人の音を消した。
「王女様はレストランに入ったか?」
「ああ、ドンキホーテ・ドフラミンゴと一緒だ。」
「・・・なら、はやく済ますぞ。"王女様暗殺計画"。」
あまりにも柄の悪い連中が、物騒な言葉を吐くのを聞いた三人は、思わず目を見開く。
「しかし、海軍中将も居るんだ・・・上手くいくかな。」
「馬鹿野郎。こっちはこれだけ人数がいるんだ。一人くらいどうにでもなる。ドフラミンゴは人知れず死に、"行方不明"の王女様"誘拐"の濡衣を被ってもらわなきゃならねェ。」
「しっかし・・・王女を殺すとは、一国の覇権争いはえげつねえ。」
「全くだ。国王の"弟君"も、随分と非道な事を考えるもんだ。」
隠れた三人は顔を見合わせて、全員が"面倒な事になった"とばかりに眉間に皺を寄せた。
国王の弟君が、自分の娘夫婦に国の実権を握らせる為に、王女を殺そうと画策するとは、随分と血なまぐさい。
「え?!どうするよ?!なんかドフィも殺されそうになってるけど!!」
「ガタガタ喚くな。あいつがチンピラ程度に殺されるタマか。むしろ、好都合じゃねェのか。」
焦り出したロシナンテに、クロコダイルは落ち着き払って言った。
"好都合"だと、言ったその"凶暴"な眼光に気が付いたローは、人知れず溜め息を吐く。
「手を出さねェ方が丸く収まるかもしれねェしな。様子を見ようぜ、コラさん。」
ロシナンテの肩に触れたローは、再び双眼鏡を覗き込んだ。
(ロシィイイイイ!!ロォオオオオ!!兄上は無理だァアアア!!!体を巡るロイヤルな血と、おれのプライドが食事のマナーを守らないなんて許さねェエエエエ!!!)
一方、何も知らないドフラミンゴは、"マナーのなっていないフリ"をしろと言われたものの、体に染み付いた最上級の食事作法を崩せずに、心の中で悲鳴を上げた。
(・・・それに、)
ドフラミンゴはサングラスの奥で、こっそりと瞳を伏せる。
取り留めのない会話をして、食事をする。
偶にクスクスと笑うその顔を眺めていると、"手に入らなかった"、"幸福"を錯覚した。
どうしようもなく、この女は"似ている"。
記憶の中の、"母親"に。
ドフラミンゴが普段は言わない、優しい冗談を口にして、泣きそうな顔で笑った瞬間、ドアの外に覚えの無い物騒な気配がした。
######
バタン!!と、大きな音がして開いた扉に、ドフラミンゴはナイフとフォークを置くと、一応そちらに顔を向けた。
数十人の武装した人間が、あっという間に部屋を占拠する。
目の前の王女様は、明らかに怯えた顔で体を強張らせた。
「オーオー、何だ、王女様の花婿候補か?」
「・・・その女は今日、"お前"に"誘拐"され、"行方不明"になるんだ。国王陛下の弟君の策略によってな!!」
中心に立っていた柄の悪そうな男がご丁寧に言うのを聞いて、ドフラミンゴは、あー、そういう感じか、と特に驚きもせずに思う。
この騒動に、誰も来ないということは、ホテル側もグルか。
「・・・諦めて首を差し出せ、」
空を切る音がして、がなる男の首が飛んだ。
唐突に首を無くした胴体が、ゆらゆらと踊るように揺れて、倒れる。
ドフラミンゴが指を曲げると、そこに居た人間達の首が次々と舞い上がった。
ビシャリと、王女の顔に血飛沫が飛ぶと、その可愛らしい顔が恐怖に歪み、がたりと椅子から転がり落ちる。
床にしゃがみ込んだ彼女の前に、ドフラミンゴは立った。
見下ろした小さな女は、ガタガタと震える肩を抱き締めている。
(・・・ああ、生きていなくて、"良かった"。)
"あの人"も、きっと、こうやって、怯えた瞳を自分に向けた筈だ。
"同じ顔"で震える女に、ドフラミンゴは消え失せた"錯覚"を名残惜しく噛みしめる。
ジリジリと、ドフラミンゴから逃げるように、後退した彼女の背中が壁に当たった。
そういえば、あの時。
(ロシーも同じように、"怯えていた"。)
いとも簡単に引いた引金。泣き喚く、幼い弟。父親の死体。
"殺し"という"理不尽"を、容易く行うその神経を、恐れる方が、きっと、"正常"。
「気持ちは分かるぜ、お嬢ちゃん。おれだって、ずっと、"怖ェ"からよ。」
しゃがみ込んで、その血塗れの頬を掴むと、ドフラミンゴはニヤリと口角を上げた。
耐えきれなくなったのか、王女の瞳からぽろりと涙が溢れる。
ああ、結局。
(泣かせちまったな。)
######
「何だよー!鰐野郎!!お前結局来たのか!!心配だよな!そうだよな!おれが結婚しちまったら悲しいもんなァ!!」
大騒動の後始末の為に海軍一個小隊が動き、王女は無事保護された後。
死体が片付けられた血塗れの部屋で、椅子に座ったドフラミンゴの元に現れたのは、クロコダイルだった。
これ以上無く嬉しそうに言ったドフラミンゴがクロコダイルに抱き着こうと両手を広げて近づくが、砂になったその男に空振りに終わる。
「何だよ素直じゃねェなァ。今日は泊まってけよ。無事破談祝いだ・・・、」
ペラペラとよく回る口を、じとりと見つめたクロコダイルは豪華なテーブルに土足で乗り、ドフラミンゴの正面にしゃがみ込むと、いきなりサングラスを掴んで取り払った。
「何だ。ひでェ顔してるじゃねェか。」
笑っていたのは口元だけで、その瞳はまるで空洞のように真っ暗である。
この男は、確かに、"外ヅラ"が良い。
クロコダイルと視線がかち合った瞬間、ドフラミンゴの腕がその後頭部を掴んだ。
がぶり、と、クロコダイルの口元に噛み付いたドフラミンゴが立ち上がると、大きな音を立てて椅子が倒れる。
薄く開いた唇に、長い舌が押し込まれて、思わずふらついたクロコダイルをドフラミンゴはテーブルに押し付けた。
「・・・は、おれが恋しかったなら言えよ。あんな、"お綺麗"な"小娘"じゃァ、お前は、手に負えなかっただろ。」
「・・・あァ。駄目だった。手酷く振られたぜ。」
「余所見するからだぜ、フラミンゴ野郎。」
クロコダイルの"右手"が、その頬に触れると、ドフラミンゴはまた、泣きそうに笑って手のひらに擦り寄った。
「お前だけだな、おれを、"怖い"と言わねェのは。」
「・・・馬鹿言うなよ。雑魚が。」
クロコダイルの瞳が愛おしそうに細められて、クシャリとその短髪を撫でる。
(・・・お前こそ、)
この"右手"に、"そんな顔"で触れる癖に。
それがどれだけ重大な事なのか、この男は理解していないだろう。
(本当、馬鹿な男だぜ。)
「ロシナンテ准将、トラファルガー大佐。現場検証を始めても宜しいでしょうか。」
「あー、悪い、おれから指示出すまで、ちょっと待ってくれるか。今、取り込み中だ。」
「入っても良いが、胸焼けするだけだぞ。」
「お、おい、ロー!!」
この大騒動の現場となった個室の扉に寄りかかったローとロシナンテの元に、海兵が数名現れ敬礼をした。
個室に用があるであろう数名に、ロシナンテはしどろもどろになりながらそれを止める。
しれっと言ったローの言葉が分からない海兵達を待機場所に戻して、ロシナンテは何本目か分からない煙草に火をつけた。
「ったく、何でこっちが気を使わなきゃいけねェんだ。」
「まぁまぁ、落ち込んでるドフィを慰められるのは、クロコダイルさんだけだろ。」
現場から、血塗れで救出された"王女様"は、明らかに、ドフラミンゴを怯えた目で見ていたのである。
ロシナンテは悲しげに細く、煙を吐き出した。
(一番最初に、ドフィを"恐れた"のは、おれだ。)
自分にあるその"負い目"のせいで、実の弟でありながら、あの男が抱える"孤独"を消し去る事ができない。
あまりにも役に立たない血の繋がりは、いつでもロシナンテを責め立てた。
他力本願に願う"それ"を、あの不敵な男は、叶えてくれるのだろうか。
(・・・頼むよ。)
まるで、祈るように合わせた手のひらに額を付けて、ロシナンテはそっと、目を閉じるのだった。
######
「ただいま。・・・おつるさん。」
「ああ、おかえり。ドフラミンゴ。大変だったね。」
全ての後始末を終えて、海軍本部に戻った時には夜が更けていた。
勤務時間はとっくに終わっている筈なのに、つるの執務室には明かりがついていて、ドフラミンゴは思わず顔を出した。
何やらデスクで書き物をしていたつるは、報告を受けたのか、訳知り顔でその顔を見る。
「まさか国取りに巻き込まれるなんてね。センゴクを通して"上"にはちゃんと抗議をしておくよ。」
「フフフフッ。別にいいさ。美人と一緒に、美味いモンも食えたしな。・・・それに、」
いつものように大股で入ってきて、どかりとソファに腰掛けたドフラミンゴは背もたれに腕を回してつるを見た。
困ったように眉を下げて、それでも口角を上げる。
「"幸福"な、"夢"が見れた。」
その顔に、ドキリ、と、つるの心臓が悲鳴を上げた。
天竜人から人間に降ろされ、迫害される生活の中で父と母は"病死"したと聞かされている。
ただ、つるは、"それだけではない"大きな闇を、ドフラミンゴの背後に感じていた。
「夢は、駄目だな。おつるさん。覚めちまったら、もう、終わりだ。」
ひらひらと手のひらを振ると、ドフラミンゴはサングラスを取って片手でその顔を覆う。
つるは立ち上がると、ソファに歩み寄った。
「そうかい。それじゃあ、はやく、戻っておいで。"夢"にわたしは、いないからね。」
ふわり、ふわりと頭を撫でる、そのか細い手に、ドフラミンゴは指の隙間から目を覗かせる。
「おいで。夜食でも作ろうか。ロシナンテと、ローも、今まで後処理をしていたんだろう?皆で食べようね。」
「悪ィ、おつるさん。」
ドフラミンゴは、頭から離れようとした手のひらを掴んだ。
それをそのまま自分の首に掛けると、つるは呆れた顔をしながらも、その頭を優しく抱きしめて、後頭部を撫でてくれる。
ポンポン、と、後頭部に感じる暖かさは、紛れもなく"現実"だった。
「悪ィな、おつるさん。おれの幸福は、夢には無かったな。」
「当たり前だよ。情けない事を言っていないで、しゃんとしな。」
「フッフッフッ・・・。敵わねェなァ、おつるさんには。」
(・・・そういえば、)
そういえば、この人も、自分を怯えた目で見た事は無い。
その確信と安心に、ドフラミンゴは素直に身を委ねた。
「あーあ、今日は疲れたぜ。振られるわ、命を狙われるわ、散々だった。」
「・・・そうかい。よく頑張ったね。今日はゆっくりお休み。」
自分には無いその温度に、ドフラミンゴは静かに瞳を閉じた。