キリング・イン・ザ・ネーム「・・・できれば、この世から"争いが"、無くなって欲しいと思っているんだ。」
「そりゃァ結構だな。だが、悲しいかな、この世は大海賊時代。平和が欲しけりゃァ、争わなきゃならねェ。」
「そうやって、"連鎖"していくのが、一番"良くない"。」
薄暗い、応接室。
向かい合った男は、いかにも穏やかそうで、聡明そうなはっきりとした口調で話す。
質素なソファに腰掛けたドンキホーテ・ドフラミンゴは、目の前の男とは相容れぬ価値観に、心の中で舌を打った。
「"アロイ国"は、"武器"だけは作らないと決めている。・・・すまないね。ドフラミンゴ君。」
「残念だなァ・・・。"国王"陛下殿。
・・・豊富な資源、立派な工場と熟練した工員。貿易に慣れた港。それを、"産業機械"だけで食い潰すのは惜しいんだが。」
「アロイの商品で、人が"死ぬ"のは気が引ける。・・・国民だって、そんな金で栄えるのを良しとはしないだろう。」
"よく言うぜ"、と、ドフラミンゴは息を吐く。
一歩、この王宮から出れば、路地裏には浮浪者が蔓延り、盗みを働く孤児が街を駆け抜けていた。
立派な"格差社会"である。
これ以上、話していても無駄か、とドフラミンゴはソファに埋もれた体を立ち上がらせた。
元々、ダメ元の商談である。また別の手を考えよう、と傍らに置いていたピンクのファーコートを肩に引っ掛けて、扉の前に移動する。
「君も、武器では無く、うちの機械の方で仲買人をしたらどうだい。
・・・武器の時代は、必ず終わるよ。
人間は皆、"善人"な筈だ。本当は争いたく無いのだ。」
ドフラミンゴの左目が、妙に赤い光を含んだ。
腹の底から迫り上がってきた何かを、口元を覆って必死に飲み込む。
ああ、吐きそうだ。
許容できない価値観と、その、"神様"のような物言いに。
ドフラミンゴは、ドアノブを握った体制のまま、がくりと首を擡げて振り向いた。
「・・・人間は、誰しも"残酷"だ。あんたも油断してると、明日辺り、隣人に"火炙り"にされて"左目"を"射られる"かも知れねェぞ。」
怪訝そうに、そして、まるで恐れるように顔を歪めた"国王陛下"に手を振って、ドフラミンゴは愉快そうに出て行った。
######
「おかえり。若。どうだった。」
「ただいま。・・・駄目だな。"平和ボケ"した爺にゃ、刺激の強いお話だったようだ。」
「そりゃァ、残念だったな。」
綺麗に整備された港。並ぶ、貨物船。
レンガ造りの建物が目立つ、美しい街並み。
その船着き場に停泊した、"ヌマンシア・フラミンゴ号"の甲板に"船長"ドンキホーテ・ドフラミンゴが降り立つと、丁度煙草を吸っていたセニョールが手を振った。
"アロイ帝国"は産業機械の輸出入で、グランドラインに名を馳せた小さな商業国である。
"帝国"の名前はただの通称で、植民地支配をしていると言うよりは、近隣諸国に工場や倉庫を持ち、ビジネスの繋がりを持っているというだけの、平和な国だ。
『グランドラインで商圏を広げるにゃ、"独自ルート"が必要だ。おれは暫く"メーカー"の開拓に掛かる。』
"北の海"から"偉大なる航路"へ進出したばかりのドンキホーテ・ファミリーは、右も左も分からないまま、武器売買を軌道に乗せようと躍起になっている。
片っ端から産業国を当たり、武器の製造を持ち掛けている最中だった。
この悲劇溢れる時代。平和な街にも武器屋が存在する世の中だ。
武器製造自体への感情の"ハードル"は低いが、駆け出しの"海賊"とビジネスをしてくれるような"メーカー"探しは割と、混迷を極めている。
「どうする?もう少し、粘るか。」
「・・・そうだなァ。製造環境はここが一番有望だ。・・・"近隣諸国"の方から攻めてみるか。」
セニョールと船室へ入ると、ダイニングスペースでは、連れて来た幹部数名が、思い思いに過ごしていた。
「おかえりなさい。若様。」
「あァ、ただいま。」
言いながら、ドフラミンゴはテーブルに海図を広げる。
わらわらと集まってきたディアマンテ、グラディウス、シュガーがそれを覗き込んだ。
「"アロイ"の国王は駄目だった。武器製造に興味がねェ。一旦ここは諦めて、アロイの工場がある"翡翠島"を視察する。」
「へェ。素敵な名前ね。"翡翠"、"琥珀"、"瑠璃"。」
海図に描かれた、"帝国"アロイを囲むように位置する三つの島は、アロイと提携して商品の製造から輸出までを行っている。
"工場"を置く"翡翠島"、"原料"が豊富な"琥珀島"、そして"倉庫"が"瑠璃島"だ。
この三つの島を束ね、人口僅か1000万人の小国は、グランドラインの猛者を相手に商売をし、付いた渾名は"帝国"である。
『・・・武器の時代は、必ず終わるよ。』
ああ、虫酸が走る。
あの、穏やかに歪んだ目尻に、"懐かしい""悪夢"を見た。
"優しい人間"は"害悪"だ。
ドフラミンゴは、巣食う心の猛獣を、宥めるようにため息を吐いた。
######
「何だ。辛気臭ェ島だな。」
アロイから直線距離で約二時間。
"翡翠島"に降り立ったドフラミンゴ達は、その、モクモクと黒い煙を吐き出す工場群に息を呑んだ。
無機質な配管が複雑に組み合わさり、組み上げられた、見上げるほど大きい工場が何棟も見える。
人工物特有の、生き物のような生々しい配管の曲線が、その島を異様な雰囲気に塗り替えていた。
ハイカラな物は何もない、工場のみのモノトーンな島。
"翡翠"と名付けるのは、些か皮肉である。
「・・・だが、島全体が工場ってのは他にはねェなァ。やっぱり、生産能力は高そうだぜ。」
「しかし、随分アロイとは様子が違うな。"共栄"は"領主様"の戯言か。」
港から続く石畳の一本道を、工場街に向かって歩きながら、セニョールはその街並みをまじまじと眺めた。
洒落た建物が並び、明るい印象のアロイとは打って変わって、排気された煙で薄ぼんやりと煙いこの島は、なんだか薄暗い。
工場街に入ると、遠くの方に住居スペースらしい、今にも崩れ落ちそうな、古くて巨大なビル群が見えた。
陰鬱な面持ちで何かを組み立てたり、溶接をしたりしている工員と、工場の外で遊ぶ子ども。地べたに座り込み、昼間から酒を飲む老人。
全てが陰気で、あまりにも活気が無かった。
「わっ!!!」
突然、工場と工場の間の道を進むドフラミンゴの足元で、大きな木箱を抱えた少年が、石畳に躓いて地面に転がる。
ガラガラと、木箱から大量のネジが溢れた。
「大丈夫か。ボーズ。」
「えへへ。ありがとう。」
いち早く、セニョールがその腕をひょいと掴んで立たせてやる。
恥ずかしそうに笑った少年は、それでもちゃんと、礼を口にした。
(・・・。"ブリーチローダー"・・・。)
ドフラミンゴはその少年よりも、少年のポケットから転がり落ちた"小銃"に目を奪われる。
子どもが銃を携行している事に、この海では流石に驚かないが、"後装式銃"など未だ"偉大なる航路"でも最新式で、限られた数しか流通していない筈。
ドフラミンゴの視線に気が付いた少年は、慌ててその小型の護身銃をポケットに仕舞った。
「おい!!"チビ"!!何やってんだ!!」
「今持ってくよ!!!」
すぐ隣の工場から、大きな声がして、大柄な男が現れた。
"チビ"と呼ばれた少年も、強気に怒鳴り返して、散らばったネジを拾い集める。
何となく、ドフラミンゴもしゃがんでそれを手伝ってやった。
「あぁ、良いんだよ。兄ちゃん。スーツが汚れてしまう。」
「フッフッフッ。別に良いさ。上等に"見える"が"安物"だからなァ。」
「そうかい。そりゃ安心だ。・・・"領主様"のお客かい。」
「領主様?なんだ、まるで"支配"されてるような物言いだ。」
「同じようなものさ。」
皆でネジを拾いながら、世間話がぽつりぽつりと始まる。
ドフラミンゴは漠然と感じた"違和感"を、思わず口にした。
「アロイがうちの島から撤退したら、おれたちは一気に貧困に陥るんだ。それはもう"支配者"だろう。・・・アロイがもっと高く買ってくれれば、おれたちの生活は楽になるのにな。」
「・・・"嫌い"だよ。あんな国。ちょっとでも商品に傷があると不良品だって言って捨てさせるんだ。おれたちが作った商品で良い暮らしをしてる癖にさ。」
少年が、吐き捨てるように言った言葉に、ドフラミンゴは、"ああ、知らないのか"と思う。
世界政府非加盟国であるこの小さな島が、こんなグランドラインのど真ん中で、海賊に襲われる事も無く、のうのうと"機械遊び"が出来ているのは、紛れもなく、"帝国"アロイの恩恵だと。
アロイの保有する軍隊が、近海を荒らす海賊団の討伐に一役買っているのは有名な話だ。
(・・・馬鹿ばっかりだな。)
"武器よさらば"と宣う"領主様"に、利益と代償のバランスが見えない"島民"。
この世が、自分にだけ厳しいと思い込む、浅はかな奴ら。
「なァ、頼むよ。あれを"不良品"にされたら、うちでは良品は作れない。」
ザラザラと、拾ったネジを集めて木箱に入れていると、島の奥からスーツを着た五人の男が大股で向かってきた。
その五人に、食い下がる同じく五名の工員は、油でよごれた手のひらで、スーツの男の肩を掴む。
「"アロイ"の人間だ。どうせまた無理難題を吹っ掛けてきたんだろう。・・・オイ、あまり、"領主様"を困らせるな。」
「・・・しかし、」
一緒にネジを拾っていた大柄な男が仲裁に入るのを、ドフラミンゴ達は黙って眺めていた。
みるみるうちにヒートアップしていくその諍いに、傍らの少年は、ぎゅ、とポケットの中で"何か"を握りしめている。
それを、ドフラミンゴは嬉しそうに見下ろした。
がなる"平和主義者"。無知で馬鹿な島民。銃を握る"少年"と、自分の"器"。
ドフラミンゴの頭を、一つの"算段"が駆け巡り、人知れず、ポケットに突っ込んでいた右手を上げた。
その瞬間、ドフラミンゴの視界に"信じられない物"が入り込み、上がった手のひらが中途半端に止まる。
「ゔぇ・・・ッ!!!」
工員の五人の中に一人、頬にハンバーグを付けた男が居る。
この世に、あんなにも盛大に"おべんと"を付けている人間が、そうそう居ては堪らない。
思わず叫び出しそうになった言葉を飲み込むと、その"相棒"もシーッ、シーッ!と立てた人差し指を必死に口元に付けるジェスチャーをした。
(ドッ、フィイイイイ・・・!!!何故君がここに居る!!!)
(それはこっちの台詞だヴェルゴ!!テメェおれに内緒で何してやがる!!)
(海軍の潜入捜査中なんだ・・・!というかドフィ、今何をしようとしたんだ!!下ろせ・・・!その手はそっと下ろすんだドフィ・・・!!)
目配せだけで何故か通じ合う二人に、ディアマンテ達もヴェルゴの存在に気が付く。
「・・・え、何してんのあいつ。」
「潜入先間違えたんじゃね。」
「・・・有り得る。」
何とも呑気なグラディウス達にも、ヴェルゴは必死に身振り手振りでドフラミンゴを止めるようにアピールを繰り返した。
(・・・一体何をするつもりか知らないが!!ドフィを止めてくれ!!頼むぞ!グラディウス!!!!)
(オッケー!!任せろよヴェルゴさん!!優先順位は一に若、二に若、三四も若で、五も若だ!!舐めた奴から全員ぶっ殺してやるよ!!!)
パチパチとウィンクをしながらサムズアップするグラディウスに、まったく通じ合っていないヴェルゴは、安心したように同じく親指を立てる。
そのやり取りを黙って眺めたドフラミンゴは、大きくなる諍いと、集まってくる島民達の群れに視線を向けた。
狭い通路の真ん中で諍い合う人間を、心配そうに見つめている。
「・・・え。」
「・・・!!!。ド、」
まるで、"操られて"いるかのような滑らかさで、アロイ側の人間が、懐に手のひらを滑り込ませた。
本人ですら、突然動き出した自分の腕に、間抜けな声を上げる。
勘付いたヴェルゴが思わず声を漏らすが、その"呼び声"は、一発の"銃声"によって掻き消えた。
「・・・やりやがった。」
怖いくらいに静まり返った劇場で、頭を撃ち抜かれたあの"大柄"な男は、声も無く地面に転がり、その場に血溜まりができる。
島民の誰かが、震える声で呟いて、銃を構えたアロイの男に視線が集まった。
「ち、ちがう!!体が、"勝手に"、」
「やりやがった・・・!!」
「"とうとう"やりやがった!!!」
湧き上がる怒号に、傍から見ていたドフラミンゴは、面白そうに口元を歪める。
ガチャリと、傍らで撃鉄の起きる"音がした"。
足元で佇む小さな少年が、ポケットから抜いた銃を、震える腕で持ち上げる。
ちらりと、地面に転がる男に視線を走らせた。
「おとうさん。」
呟かれた言葉に、ドフラミンゴの喉が震える。
愉快だった。どうしようもなく。
憎悪に駆られ、"銃"を構える"少年"は、こんなにも、"美しい"。
その、銃口が火を吹いて、上等そうなスーツを纏う腹を食い破った。
呻いて、地面にのたうつ、その男を囲んだ島民達にアロイ側は慌てふためき、それぞれ懐から銃を取り出して構える。
それでも、島民達は怯まなかった。
「ハァー、ハァー、ハァー・・・。」
妙な呼吸を繰り返した島民の瞳孔が、怪しく揺れる。
ドフラミンゴは齧り付くようにその光景を凝視し、溢れる笑みが隠しきれない。
(耳元で、"誰か"が"がなる"んだろう。)
その、明瞭な"覚え"に、重なっていく、島民達の明らかな"狂気"。
「・・・ウワァアアア!!!!」
工員の一人が、雄叫びを上げて、廃材の中に放置されていたシャベルを掴み、振り上げた。
銃を構える一人の頭に、思い切り振り下ろす。
グシャリと、潰れた頭に追い立てられるように、工員達が次々とアロイ側の人間に掴みかかった。
こうなれば、後は、もう、有耶無耶。
始まった乱闘を挟んで、立ち尽くすヴェルゴがドフラミンゴを呆然と見つめた。
パクパクと、音を出さずにドフラミンゴが言葉を紡ぐ。
"良いことを、思い付いた"
その、凶暴さを孕んだ眼光に、ヴェルゴは、恍惚にも似た感情を抱くのだった。
「・・・ハァ、ハァ、は、」
息遣いだけが妙に響く、その石畳には、六つの死体が転がっていた。
ぶち撒けられた血と、何度も踏まれ、へこんだ頭蓋に、島民達の狂気が萎んでいく。
「・・・。」
顔を見合わせて、我に返る人々が、まるで泣き出しそうに表情を歪めた。
「オイオイどうした。"帝国"への反乱の狼煙じゃねェのか。もっと喜んだらどうだ。"抑圧"からの"開放"だぜ。」
だらりと下ろした腕の先で、小さな銃を握り佇む少年の頭に、一度、ポンと大きな手のひらを置いたドフラミンゴは、途方に暮れる島民達の中に歩みを進める。
他力本願の"馬鹿"は、"誰かの所為"が無ければ動けないと、ドフラミンゴは知っていた。
「"罪"を、被ってやろうか。」
そして、ドフラミンゴの放った一言に、全員が怪訝そうに顔を顰める。
腕を広げ、まるで演説でもするように、その"海賊"は言った。
「おれは、"海賊"だ。今まで何人も殺してきた。今この場で六人増えようが、増えまいが、もうとっくに、誰も"許し"ちゃくれねェのさ。
・・・突然現れた海賊が、アロイの人間を殺したと"領主様"に報告し、お前等は"奴隷"に戻るだけだ。」
「ただ、誰にも支配されずに暮らしたいのなら、この罪はお前等の物だ。今すぐ武器を取り、蜂起しろ。
"諸悪の根源"を殺害し、"自治"と"権利"を主張しろ。働かされるだけの"ブリキの玩具"から、"人間"になれ。」
「さァ、選べ。お前等、おれの"被害者"になるか、それとも"共犯者"になるか。」
突っ立って、その様子を眺めるヴェルゴは、その、湧き上がる感情に思わず口元を歪める。
今、正に、ドフラミンゴはこの場で"王"となったのだ。
"誰か"の"上"に立つ、この男が、ヴェルゴはどうしようもなく"好き"だった。
「安心しな。人間は誰しも"残酷"だ。それだけ溜めた"憎悪"がありゃァ、誰だって殺せるぜ。」
不意に、あの"少年"がふらりと歩き出し、地面に転がった"父親"の傍らに跪く。
血溜まりが、簡素な洋服を真っ赤に染めた。
見下ろしたドフラミンゴの瞳を、下から見上げるその眼光が射抜く。
口元が、僅かに、笑った。
「おれは、"人間"になりたい。」
######
「しかし、蜂起するとしても、勝ち目なんかあるのか。アロイ帝国の軍勢は5万人だ。対して翡翠島の総人口は5千人程度だぞ。」
「バッカ!!こっちにはハイパー無敵な若が居るんだぜ?!それがどういう事か分かるか愚民共!!5万でも10万でも連れて来いや!!うちの若様に敵うもんならな!!!」
「・・・武器は、あるのか。」
石畳の上でドンキホーテ・ファミリーを中心に島の男達が輪になって、妙に落ち着いた声で話出した。
ドフラミンゴは考えるそぶりを見せてから、ちらりと島民の方を見る。
一度、考えあぐねるようにその場が静まり返り、島民達は目配せを繰り返した。
「・・・"無い"訳ではない。」
ようやく、口を開いた島民に、ドフラミンゴの瞳に光が宿る。
"ガキ"の手にする"最新式"。"無い"訳がないのだ。
「・・・"何処に"、"どれだけ"、ある。」
「・・・。」
黙って、ドフラミンゴを見つめた島民の男は、やがてぐるりと踵を返す。
そして、"来い"とだけ言って、歩き出した。
「お前等ちょっとここ掃除してやれ。」
「よしキタ!!任せてくれ!!」
その場をグラディウス達に任せ、工員に化けたヴェルゴに"一緒に来い"と顎で示す。
黙って付いてきたヴェルゴを伴って、その石畳をさらに島の奥へと進んだ。
しばらく歩くと、港からも見えていた居住区であろうビル群の麓に辿り着く。
今にも崩れそうなその縦に長い巨大な建物は、五棟が密集するように聳え立っていた。
その一つに入っていく男の背中を追い、飾り気のないモルタルの壁に囲まれたその建物に足を踏み入れる。
「・・・まるで、スラムだ。」
「アロイと、取引を始めた頃に、工員向けに建てられたものだが・・・。その後の管理にアロイは金を出してはくれない。・・・ほぼ、スラムと同じさ。皆、工場の稼ぎだけじゃ食っていくのが大変なんだよ。」
階段を登ったり、廊下を進んだり、割と長く歩いているが、景色はあまり変わらなかった。
冷たい廊下に座り込む、薄汚れた老人。ゴザを引いて何かを売る女。一心不乱に商品を磨く子供。
そんなような人間達が、所狭しとひしめき合っているだけだ。
このビル群が、丸ごとスラムのようだ。
「アロイの厳しい品質に応えようとすれば、利益は殆ど出ないんだ。それでも、アロイに物を売ることでしか、我々に生き残る術は無い。・・・ままならないものだ。」
諦めたように笑った男が、一つの部屋の、重そうな扉をこじ開ける。
正直、この国の窮状にそこまで興味の無いドフラミンゴの意識は、開いたその扉の奥へと、一瞬で移った。
「ここ数年、"ある方"の"指導"を受けてね。武器の製造をしているんだ。」
扉の奥の、ぶち抜きのフロアは外で見た工場と変わりは無かったが、その卓上で組み立てられているのは、武器である。
(・・・海軍でさえ、いまだ"フリントロック式"が主流だってのに。)
最新式の銃を組み立てる、その工員達の手付きは慣れたものだ。
「・・・ドライゼ銃がメインか。」
「そうでもない。回転式もあるぞ。」
「・・・開発は誰がしている。」
「"シーザー・クラウン"。・・・海軍の科学者だ。」
男の口から出た"名前"に、ドフラミンゴは少し驚いたが、ヴェルゴの方は僅かにドフラミンゴを見遣っただけである。
"海軍本部"の"厄介者"が、"帝国"の下請けに武器を作らせているとは、何ともキナ臭い。
「数年前に、突然現れて設計図を渡されてな。まだ数は少ないが、こっちの売上で翡翠は何とか保ってるんだ。」
素人でも最新兵器が作れる設計図など、そんな夢のような物、是非とも拝んでみたいものだ。
ドフラミンゴは目論見より更に恵まれた現状に、内心浮足立つのを感じる。
「ご覧の通り、武器なら、ある。・・・しかし、我々はこれを、"使った"事が無いんだ。」
未だ、不安の拭えない男が呟くのを、ドフラミンゴは鼻で笑って一蹴した。
"充分"だ。これから"仕出かす"、"大事件"の見返りとしては。
「フッフッフッ・・・!馬鹿言うなよ。こんなモンは、"撃てて""当たれば"充分なんだ。それが、"武器"ってモンさ。」
######
「で?何でお前は翡翠島に居たんだ?何の捜査だよ。」
一度、自分の船に戻ったドフラミンゴは、船長室にヴェルゴを招き入れた。
商談に向かわせた人間が戻って来ないとなれば、アロイ側も直に騒ぎ出す。
その前に準備をしなければならなかったが、一度、しっかりと"作戦"を立てたかったのだ。
「翡翠島と"シーザー"の"癒着"に、海軍本部も勘付いている。その調査だ。」
相変わらず、ドフラミンゴの前で"座る"事をしないヴェルゴが、ゆったりとソファに腰掛けたドフラミンゴを見下ろして言う。
そういえば、こうやって、"頑な"になったのはいつからだったか。
(昔は、)
"相棒"と、呼んでくれたのに。
「ドフィ。これは、単純な国盗りじゃ済まないかもしれないぞ。・・・この翡翠島で、"シーザー"は・・・。」
その、落胆にも似たドフラミンゴの心情を、まるで察しない男は、ゆっくりと口を開いた。
「シーザーは、"人造悪魔の実"を作ろうとしている。」
耳慣れないその単語に、ドフラミンゴはサングラスの奥で視線を細める。
その発想は、成程、常人では行き着けないかもしれない、と素直に思った。
「そんなもの、可能なのか。」
「まだ構想段階らしいが・・・。武器製造をさせつつ関係を深め、この土地で本格的に人造悪魔の実を研究するつもりなんだろう。・・・ドフィ。この件は根深いぞ。海軍は"不都合な真実"を、世に出すことはしない。関わった全てを葬るだろう。」
「フフフフッ。なんだ、お前がおれを止めるたァ、珍しい事もあるもんだな。」
「止めてないどいないさ。・・・ただ、迂闊に行動しない方が良いだろう。おれ達には先に見据えた"計画"がある。」
ドフラミンゴの物言いに、言い訳がましく付け足したヴェルゴをサングラスの隙間から見上げて、口元だけで笑う。
困ったように眉間に皺を寄せたヴェルゴは、手持ち無沙汰に首筋を撫でた。
「・・・止めたって良いんだぜ。ヴェルゴ。お前の言うことなら、聞くかもな。」
「君が、おれの言う事を聞く必要など無いだろう。」
ニヤニヤと歪んだ口元から、あっという間に笑みが消える。
いつまで経っても、この男は、"落ちて"は来ないのだ。
「・・・島民をけしかけて、一体、どうするつもりなんだ。」
取り繕うように、はたまた、"誤魔化す"ように、矛先を変えたヴェルゴの顔を一度見つめて、ドフラミンゴは諦めたようにため息を吐く。
「・・・アロイ"帝国"の内部で"国民"と"国王"の対立を誘発させ、そこへ翡翠の島民をぶつけ、アロイ国王を二者の"敵"に仕立て、殺害する。」
勢いを付けて立ち上がったドフラミンゴは、船室に設えた本棚へ向かった。
「アロイが倒れた後は、翡翠島から新国王を立て、新しい国家を作らせる。
その後は・・・資源が豊富な"琥珀"で製鉄、"翡翠"で武器を製造し、"瑠璃"の倉庫に保管という流れは崩さず、アロイに貿易業を担わせて、おれがグランドライン中に売り捌く。できる事なら、"シーザー"ごと抱え込みたいところだな。どうだ、素敵なプランだろう。」
「アロイ国民と国王が、そう簡単に対立するだろうか。」
「さァな。ただ、綺麗に見えて、あの"帝国"も"闇が深い"。機械製造に関わる大企業は儲けているが、その他の国民にほぼその恩恵は無い。
現にあの島じゃ、貧民層のデモや暴動は日常茶飯事だぜ。」
ヴェルゴはちらりと机に置かれた黒革の手帳に視線を走らせる。
開かれたままのそれは、潔癖な程、隙間なく小さな文字で埋め尽くされていた。
傍らには、アロイ"帝国"内で販売されている新聞と、アロイと商談をする為に買い揃えたであろう、関連書籍が積まれている。
勤勉なのだ。この男は。
これだから、この男の"下"に居るのは心地良い。
「あとはおれに、"国"をどうこうできる"器"と、"運"があるかどうかだ。」
本棚に向いていた体が、ヴェルゴを向き直り、ソファの背もたれに腰掛けた。
ヴェルゴは柔和な顔で、ドフラミンゴに視線を返す。
「大丈夫さ。さっきの"アレ"は、感激したよ。君はやはり、"誰か"の"上"に、立つべきだ。」
「・・・"お前"の、上にもか。ヴェルゴ。」
試すように、言ったドフラミンゴをキョトンと見たヴェルゴは、静かに喉を震わせた。
「悲しい事を言うんだな。ドフィ。君は、ずっと、おれの"王"じゃないか。」
ドフラミンゴの首が少しだけ傾いて、立ったままのヴェルゴを見上げる。
決定的に食い違う、その価値観を、正すのは"もう"遅かった。
「フフフフッ。・・・なァ、愛してるぜ、"相棒"。」
「ああ、勿論。おれもさ。"ドフィ"。」