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    BORA99_

    🦩関連の長い小説を上げます
    @BORA99_

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    BORA99_

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    コラソンズ+大将若様海軍if
    遊郭で起こる白い町絡みのいざこざ
    ⚠モブがよく喋る
    ⚠捏造、オリジナル設定過多
    ⚠🐯が若様との関係性を決めるようなお話

    天命、されど意義を問えゆらり、ゆらりと朱い尾っぽが水中で揺れる。
    床の間に置かれた巨大な水槽の中で泳ぐ金魚の群れは、すぐに到達してしまう世界の果てで旋回すると、美しい尾びれを見せた。
    (……呑気なもんだな)
    障子戸に阻まれる、個室の外。
    薄暗い縁側に胡座をかいて座る、海軍本部"大将"ドンキホーテ・ドフラミンゴは、部屋の中から聞こえてきた馬鹿騒ぎに溜息を吐いた。
    障子戸の隙間から見えるのは、高笑いするこの国の国王と側近、取り巻く遊女達。そして、床の間でゆったりと泳ぐ金魚の水槽。
    うんざりと額を撫でたドフラミンゴは障子戸に背を向けて、中庭で咲き乱れる赤い花を眺めた。
    (国王側と遊郭の関係は悪くねェのか。被害者面しやがって……)
    こんな、色の匂いで噎せ返る島にドフラミンゴが現れたのは、任務以外の何者でも無い。
    ただ、今回の任務は元帥殿から押し付けられた物では無かった。
    五老星から直にドフラミンゴへ降ったこの任務を、サカズキすら認知しているかは分からない。
    相互利用の形でギリギリの均衡を保つ、"聖地"とこの男との間には、稀に、このようなキナ臭い出来事が降って湧いた。
    世界政府加盟国であるこの島に鎮座する、巨大な"遊郭"。
    この国の王の護衛を名目に、厳かな屋敷へ入り込んだドフラミンゴは、この先に起こる騒動を思い描き溜息を吐いた。
    (何にせよ、茶番だ)
    協力者である筈の国王は、緊張感の欠片も見せず大きな笑い声を上げている。
    政府との折り合いが悪いこの遊郭に、ドフラミンゴが入り込めたのは彼のお陰ではあるが、それにしても呑気だ。
    いい加減、痺れを切らしたドフラミンゴはゆっくりと立ち上がる。
    国王はこの後遊郭に宿泊する予定だが、もうお開きにしても良いだろう。
    「……!」
    その時、障子戸の隙間で目障りに光る金属の輝きを、ドフラミンゴの瞳が捉えた。
    遊女の派手な髪飾りが一度、大きく揺れて、ぶつかり合う金色が音を立てる。

    「あっちへ行っても……こっちへ行っても……嫌やわァ、すぐに行き止まり。金魚鉢みたい」

    「わちきらまるで……金魚でありんす」

    鈴の音のようなか細い声。月光を反射する薄い刃。その瞬間、パッと障子紙に赤い飛沫が散った。
    軽い戸を勢いよく開けて個室内に踏み入ると、真っ白い頬に血を溜らせ、護衛対象の脇腹を掻き切った遊女が、ゆっくりと首を擡げて振り返る。
    その瞬間、銃声が響き渡り国王の側近達が畳の床に次々と崩れ落ちた。
    唐突に動きを見せた場内で、平静を保つ血塗れの遊女は、ゆっくりとその白い腕を下ろす。
    紅い唇が不穏に孤を描き、その綺羅びやかな目元が美しい笑みを携えた。

    「来世は沼で……鮒に成りたいもんやねェ……」

    ******

    「……ドフラミンゴ、居ないのか」

    夕日が照らす海軍本部の長い廊下を進み、日頃何かと入り浸っているドフラミンゴの執務室の扉をノックする。
    居るはずの部屋の主はその気配を見せず、怪訝そうに眉間に皺を寄せたのは、海軍本部"大佐"トラファルガー・ローだった。
    借りていた本を返しに来た青年は、予想外の留守に臆することも無くその扉を開け室内に足を踏み入れる。
    (……珍しいな。忙しいのか)
    いつもは整理整頓どころか、殆ど何も置かれていないデスクに散らばった書類や書籍に、僅かな違和感を読み取って、ローは借りていた本を書棚に戻しながら視線を向けた。
    「……」
    その時、目に入った文字の羅列と知った表紙に、ローの瞳が大きく揺れる。
    妙に跳ねた心臓部分を、鎮めるように手のひらを強く握った。
    (……何で、今更)
    古びてしまった、"白い町フレバンス"。その下に散らばった書類数枚には、フレバンスで珀鉛の運輸業に携わった世界政府関係者や、投入された労働者達の名簿が印字されていた。
    何故、今更、亡国の資料をあの男が必要としたのか。
    それを知るこの部屋の主は、いつまで経っても姿を見せない。
    それでも、導かれるように書類を眺めていたローは、一つだけ、まったく持って覚えの無い名簿を見つけ出した。
    ("こんなところ"と……何の関係があるんだよ……)
    世界政府加盟国内に在りながらその介入を拒む、この海でも有数の巨大な"遊郭"。
    四皇連中すら出入りする悪党達の巣窟で、こちら側の人間はお忍びで訪れる事が常のグレーゾーンだ。
    そんな、名前しか知らない施設の従業員名簿らしき紙切れを眺め、ローは忌々しく舌を打つ。
    (何が……起きているんだ)
    本来、綺麗好きで秘密主義のあの男が、こんな、ローにとってはセンシティブとも言える資料を広げたまま席を外すとは思えなかった。
    明らかに、あの男は自分を導いている。
    自分の手足に糸がかかるその瞬間を、ローは確かに見たのだ。

    『珀鉛病は中毒だ』

    リミット三年を数える最中、一番最初に出会った"神様"は、海軍本部の闇の部分。
    善意なき正義を掲げ、あの男にとって都合の良い人間だけが生きながらえる海を平和と位置付けた彼が、繋いだ生命の使い道を、ローは知っている。
    それなのに、あの男はこうして自分に選択を迫るのだ。
    (……同じ、)
    その時、ローの瞳に映るニ枚のリストが、奇妙な一致を見せる。
    間髪入れずに踵を返したその背中は、あっという間に部屋を後にした。

    ******

    「ハァ、ハァ、は……クソッ!」
    板張りの床は厄介だ。
    ギシギシと軋む音がいとも容易く居場所を示す。
    遊女に脇腹を刺された国王を引き摺りながら、ドフラミンゴは高く積まれた空箱の影に隠れ、ゆっくり息を吐いた。
    騒動のあった個室から辛うじて息のあった国王を引っ張り出し、手早く傷を縫い合わせたがポタリポタリと落ちる赤い雫は未だ止まらない。
    突然、害意を表した遊女は全員、その瞬間に昏睡させた。
    銃で撃たれた国王の側近達など、ハナから眼中には無い。
    今目の前にある"問題"は、たった一つなのだ。
    ("計画"が……漏れていたのか。間抜けな奴らめ)
    ドフラミンゴがこの遊郭に潜り込んだのは、ある種、世界政府の尻拭いを押し付けられた結果とも言える。
    貸しを作り続ける事で得られる"神風"紛いの"特権"を振り翳す為に、渋々ながら依頼を受けた事を後悔するが、本来であれば、この依頼はそう難しい物では無かった筈だ。
    政府側の思惑が、遊郭側に漏れ伝わっていなければ。
    (……まァ、良い。どうせ、やることは同じだ)
    今回ドフラミンゴに降りてきた五老星直々の依頼は、遊女を含めた遊郭の従業員全員の殺害。
    その大惨事の罪を被り、今日死ぬ予定の海賊団も既にこの遊郭で馬鹿騒ぎに興じている。
    「……し、しくじったな、世界政府め……。私の安全は保証されると言うから……協力したんだぞ……!」
    その時、既に虫の息だった国王が床の上に蹲るように倒れたまま言った。
    死なれるのも面倒だという理由だけで、ここまで引っ張って来た男を見下ろし、ドフラミンゴはゆっくりと口角を上げる。
    「そりゃァ、すまねェなァ……フフフフッ!そんな約束になっているとは知らなかったんだ」
    「何を、」
    いい加減、耳障りな声を遮るように、国王の顎を掴み壁に叩きつけた。
    くぐもったうめき声を漏らした情けない顔の男をサングラスの奥で眺めたドフラミンゴは、喉の奥で笑い声を上げる。
    「"元々"は……テメェらがクレームを入れやがったからじゃねェのか。エェ?この遊郭の連中が海賊を呼び込んだせいで治安が悪化していると……そう言ったのはテメェだよなァ?」
    「も……元々の話をするなら……この遊郭はそもそも政府側の怠慢でできたものだ……!」
    苦しげに言う男の台詞を、ドフラミンゴは行動に反して最もだと思う。
    ドフラミンゴが勝手に調べた遊郭の成り立ちだけを見れば、国王の言い分は最もではあるのだ。
    しかし、この男の被害者面を許す気にもなれない事実がある。
    「ここの従業員は今後、政府が用意した人間達に入れ替わる。この遊郭は"政府公認"のお墨付きを貰い、更には政府の接待及び会合の場として推奨される事が約束されている筈だぜ。常識の通じねェ悪党共を相手取るよりよっぽど低リスクで持続的な運営ができる。その莫大な利を……お前、まさか無傷で得られると思っていたのか?」
    しかも、この男は今まで遊郭の売上を天上金の足しにしてきた。
    小さくは無い癒着があるのにも関わらず、世界政府が待ち望んでいた、一斉掃討の口実を与えたのである。
    「わ……私は、」
    その時、空箱の更に後ろで撃鉄の上がる音が響き、ドフラミンゴはゆっくりと立ち上がった。
    遊郭の黒服達が銃を手にドフラミンゴを囲む。
    「オイオイ、逆に聞きてェんだが……お前ら、勝てる算段はあるのか」
    結局、全員殺すのは、簡単なのだ。
    この海で、難しいのは、"誰か"を"生かす"事である。
    あまりにも非力な集団に、ドフラミンゴが呆れたように言った瞬間、ヒラリと翻ったのは"赤い旗"だった。

    「……天命に」

    煙草の煙が遮った、赤い唇が動く。
    廊下の先で身の丈よりも大きな旗を担いだ女は、火の付いた煙草を床に吐き捨てた。

    「天命に意義を問え……!」

    よく通る声。赤色の旗。煙草の煙。
    突然現れた女を、ドフラミンゴはよく知っている。
    厄介な奴が現れたと思う、その心中を表には出さず、ゆっくりと笑うように口角を上げた。
    「……デケェ声を出すなよ、はしたねェな。革命軍"東軍"軍隊長……"ベロ・ベティ"。お前らこんなとこまで出張るのか」
    「私達は……立ち上がる弱者を見捨てはしない」
    世界規模の組織がこの遊郭に手を貸しているのなら、今回の計画が漏れていた事も腑に落ちる。
    最悪の方向に転がりだしたその状況に、ドフラミンゴは内心うんざりとため息を吐いた。

    「まるで時代の娼婦だ。フフフフッ!こんな行き場の無ェ敗者の巣窟を唆して、一体何をするつもりだ」
    「……行き場が無いと、決めたのは誰?人は誰しも自由なものよ」

    ******

    「……何の、話だ」
    この部屋に、進んで訪れる者は二人から一人に減ってしまった。
    一人分、増えた静寂を掻き消し現れた青年の物言いに、海軍本部"元帥"サカズキはその眼球を向ける。
    「"北の海"にある遊郭の従業員名簿と……フレバンスで珀鉛の運輸業に携わる予定だった労働者の名簿に載っている名前がまったく同じだった。両方、ドフラミンゴのデスクに置いてあった物だ。一体、これは何だ」
    ローがデスクに置いた紙切れに視線を向けたサカズキは、ゆっくりと帽子の影で瞳を細めた。
    あの遊郭の成り立ちは、世界政府がひた隠しにしており、海軍本部でも、サカズキを含めた数名しか知らない。
    勿論、ドフラミンゴも本来であれば知らない筈の部類だ。
    (……また、頭ァ飛び越えられたんか)
    あの男と、聖地の間にある確執。神風紛いの"特権"。この肩書をもってして、全てを把握はできない魑魅魍魎達。
    また、自分の知らないところで勝手に動き出す事象を悟り、サカズキの拳の中でチリチリと炎が上がる。

    『……"嘆願書"です。レヴェリーの時に護衛した、ノースの国王から渡されました』

    『ほら、あの、遊郭があるところですよ』

    "覚え"は、ある。
    レヴェリーの時に王族の護衛をしていた中将に泣きつかれ、他でもない自分が、五老星に渡した嘆願書。
    その中に何が書かれていたのかは知らないが、遊郭の撤去を求める物以外考えられなかった。

    「……あの遊郭は、世界政府の怠慢が積み重なって出来た」

    己の意志とは別のところで回り始めた口車。
    サカズキは深く被った帽子の奥で、ローの冷めた表情を眺めた。

    『あの男は、お前が振るえぬ正義を行使できる』

    そう言ったのは、ドフラミンゴの"特権"を利用していた"前"元帥だった。
    同じやり方を継ぐつもりなど、毛頭無かった筈なのに。
    あの男への憎悪と嫌悪を上回る、奴らの駒になる屈辱。
    結局、自分だって誰の下にも付けないのだ。
    「あの遊郭の従業員は、元々政府がフレバンスで運輸業に携わらせる予定で集めた労働者じゃけェ」
    十数年前、フレバンスで運輸業に介入した世界政府が、その産業に投入する予定だった奴隷達。
    しかし、労働者を確保した直後、フレバンスは滅亡の道を辿る。
    行き場を無くした奴隷達を、政府が"一時待機"として例の島に降ろしたのが全ての始まりだった。
    秘密裏に集めた奴隷達を元居た場所へ戻す術は無く、対応が延々と先送りになる中、職もない、帰る家も無い連中が勝手に客を引き始め、その"一時待機区域"はいつしか巨大遊郭と化したのだ。
    当たり前のように遊郭内では反政府的思想が蔓延り、度々怪しい動きを見せる遊郭を世界政府は持て余し続けている。
    「わしを通さんちゅう事は……上の連中は持て余していた遊郭に対して、非人道的対応を取るつもりじゃけェ。おどれらの"兄貴分"はそういう役回りじゃからのう」
    その瞬間、変わる目の色を捉えたサカズキは帽子のツバを上げる。
    "上"と自分の正義の価値は違う。その相違を破壊し、自分の正義を貫ける最終兵器とも呼べる男の名前を知っていた。
    サカズキの台詞は、呼応するように目の前の青年を突き動かす。
    くるりと踵を返したローの足元で、踵が軽い音を立てた。
    「おれも遊郭に行ってくる」
    「待たんか。おどれごときが首を突っ込めるとでも思うちょるんか」
    「おれからすれば……」
    その時、振り向いたローの瞳にやけに温度を感じぬ光が入る。
    息を呑んだのは、怖い訳でも圧倒された訳でも無かった。
    ただ、驚くほどその眼球は"似ている"。
    「おれからすれば……お前ら全員が"部外者"だ」
    「……」
    底冷えするような目を向ける青年に、サカズキはうんざりとため息を吐いた。
    加担するつもりは無い。あの男がどこでどうなろうとも、自分の情緒は動きは見せない。
    (……だが、)
    他でもないローの、目に付く場所にそのリストを置いた男とサカズキの腹の底は、そう大差無いように思えた。
    要は、気に入らないのだ。その、裏で蠢く奴らの計画が。
    (人間は……正しくなけりゃあ、生きる価値なし)
    ドフラミンゴが今回の結末をローに託すというのなら、サカズキのものさしでもそれが是である。
    本来手段を選ばぬ性質のサカズキが、自分の正義を貫くために使える駒は多くは無いが充分だった。
    「……そんなら、"部外者"から餞別じゃけェ」
    「……あ?」
    予想外の返答だったのか、怪訝そうに眉間に皺を寄せたローを後目にサカズキの手のひらがデスクの上で眠りこけている電伝虫の受話器を掴む。
    葉巻の吸い差しを灰皿に投げ込むと、一度、帽子を深く被り直した。
    「"懐刀"を出しちゃるけェのう……。あァ、それから、」
    コールするナンバーは、"G-5"。優等生の真似事をする、凶暴な男。
    その番号を名簿から探すサカズキの眼球が一度、ちらりとローに向いた。
    この男の生命の重さの測り方は、権力も大義も加算項目には無い。
    海兵として肩に正義を背負った瞬間から、腹に括ったものさしがあるのだ。

    「それから、目上の者には敬称を付けんか……バカタレが」

    ******

    「……そもそも、おれァこの馬鹿げた茶番劇の幕引きを、別の男に託したいんだ。その善意を他でもないお前らが無碍にするな」

    板張りの床がギシギシと軋む。
    その上に無数に散らばる従業員と革命軍を見下ろして、未だ殆ど無傷のドフラミンゴはゆっくりと口を開いた。
    全員首を刎ねても良かったが、それは、"奴"が決めることにしている。
    「……誰かの意志に、自分の自由は委ねない。それが、立ち上がるということよ」
    ボロボロの旗を未だ降ろさず、膝を付いたベロ・ベティは掠れた声で言った。
    その言葉の意味を、理解できないからこの男女は敵対している。
    「残念だったな。お前らは全員……操られる立場の人間だ」
    「それは、どうだろうな」
    その時、無数の黒い鳥が廊下を埋め尽くし、その中から若い男の声がした。
    その声にも、能力にも覚えのあるドフラミンゴは、心中で舌を打つ。
    「オイオイ、革命軍は暇なのか。おいそれと"参謀総長"が出てくるなァ……組織としてはマズいだろう。なァ……"炎帝"」
    黒い鳥の群れが一度集まり、人型を作る。
    唐突に現れたサボとカラスの姿を瞳に映した瞬間、ドフラミンゴの両側を炎が走った。
    「焼身自殺か?フフフフッ……!早まるなよ、未来は楽しいことだらけだぜ」
    「こんな場所があるからいけないんだ。居たく無い場所は、壊すだけさ」
    一瞬で上昇する温度。焼けた木の爆ぜる音。被害者面で見上げる人間の群れ。
    何かを主張するように、痛み出した左目を手のひらで覆うドフラミンゴは、目眩がする状況に口角を上げた。
    「……ベティ!動けるか!?全員連れて館の外へ!」
    「分かった……!」
    あくまでその生命の価値を、この後現れるであろう青年に委ねたいドフラミンゴは、立ち上がる人間達を目で追うだけに留める。
    それよりも、立ちはだかる二人の革命軍に視線を戻した。
    「この遊郭が政府公認となった後、実権を握るのは"ジョーカー"という男だと聞いた。その名前は数々の戦争や人身売買の裏で聞くが、誰も実態は知らない。なあ……天夜叉、あんたはその正体を知っているか」
    明らかに、何かを掴んでいるようなその瞳に、ドフラミンゴの呼吸が僅かに止まる。
    その内心を悟らせないように笑う裏で、浮上した裏切りの気配に瞳を細めた。
    炎を操る能力。この海で名を馳せる血縁の無い三兄弟。自由などという有象無象を掲げ、権力の破壊を目論む組織。
    その青年の全てがこの男の琴線に触れる。ドフラミンゴは思わず吐き気のような疼く何かを抱いた。

    「フフフフッ……!お前ら如きに掴める真実なんざァ、この海にはほんの僅かだ」

    ******

    「サカズキさん、どういう風の吹き回しだ?何か悪いもんでも食ったのか」
    「知らね。だが好都合だ。カームベルトを突っ切れば遊郭はすぐに見えてくる筈だが、急ぐぞ、コラさん、ヴェルゴ"さん"」
    「ロー、ヴェルゴさんじゃない、ヴェルゴだ」
    「いや、合ってるぞヴェルゴ。急にどうした、ロー」
    一方、サカズキの命を受け、ドフラミンゴの"お迎え"を名目に海軍本部を発ったのは、ローとロシナンテ、そしてG-5からの"応援"、ヴェルゴだった。
    「別に。今回の件は元帥にちゃんと感謝してるってだけだ」
    「それとこれとなんの関係があるんだ……」
    いつも通りの生意気そうな顔で妙な台詞を口走るローに、ロシナンテとヴェルゴは顔を見合わせるが、深くは追求せずに船室のテーブルに広げられた遊郭の図面に視線を落とす。
    フレバンス絡みの何かが北の海の遊郭で起きているという事しか知らない三人が、最善を尽くすにはドフラミンゴを最短距離で見つけ出すしかない。
    それをするには、あの屋敷は広過ぎるのだ。
    「既に何かが起きているなら、騒ぎの中心を一直線に目指す。全員、図面を頭に叩き込め」
    「……いや、」
    ヴェルゴの言葉に口元を擦ったローが異論を唱え、その様子にサングラスの奥の瞳が動く。
    図面を見つめたままのローは、ゆっくりと視線を上げた。
    「おれは……何が起きているのか正確に知りたい。ヴェルゴとコラさんはドフラミンゴを探してくれ」
    「戻ってるぞ、ロー」
    「ヴェルゴ"さん"とコラさんは、ドフラミンゴ"さん"を探してくれ」
    「ロー、無理しなくて良い」
    「良いのかよ」
    その時、若干いつも通りではない三人組の妙な沈黙をかき消すように、軍艦に備え付けられている電伝虫が鳴き出す。
    受話器を取ったヴェルゴの手元から流れ出したのは、サカズキの声だった。
    『今回の一件には、革命軍が関わっとるようじゃ。参謀総長サボが遊郭に向かったという情報が入った』
    これはいよいよ背後が暗い。
    予想外の方向に進んでいるらしい"一件"に、ローは顔を顰めて口を開いた。
    「どうするんだよ。革命軍と今正面衝突するのはマズいんじゃねェのか」
    『……ああ。くれぐれも、革命軍とはやり合うな。だが……好都合じゃけェ』
    その電波の先にいる人間を真似た電伝虫の口元が、僅かに笑ったように見える。
    用件は伝えたとばかりに、再び眠り始めた電伝虫を見下ろして、三人は視線を交差させた。
    「……なんか、ドフィみたいになってたぞ。大丈夫か」
    「馬鹿言うな。似ても似つかん」
    「元々あんなもんだろ」
    唐突に介入を止めた電伝虫を眺め、その余韻を口々に評した三人の目的は、結局、ドフラミンゴを迎えに行く以外の何物でも無い。
    その途中に、見過ごせない何かがあるのなら、納得できる結果を掴むだけだ。
    ローはゆっくりと瞳を閉じて、開く。
    (……お前が、"望む"おれの姿は、一体何だ)
    己の体の一部のように、意のままに動く存在を求める孤高の"神様"。
    その一部になってやっても良かったが、それを、果たして幸福だと呼べるのかは未だ分からない。
    ただ、ぽっかり空いたあの男の隣の空席を、埋める誰かが必要なのには薄々勘付いていた。
    そこへ、別々の価値観で座ろうとはしない"相棒"と"弟"に、とやかく言うつもりも無かった。
    ローはこの先に起こる多少の荒事を思い、"望む結末"を考えあぐねるように額を撫でる。
    (……ああ、面倒臭ェな)

    ******

    燃える木の破裂音。肺を焼く熱い空気。
    被害者が見せる加害者の眼球。
    何十年も夢に見る、忌々しい光景が目の前に広がる屈辱と苦痛。
    防衛本能が左目に痛みを訴え、それが、頭全体を覆うような気がした。
    「……ッ!」
    燃え落ちる柱を覆う炎が、唐突に人の形を作り出し、殆ど反射神経だけでその赤い光を掴む。
    意識せずとも覇気を纏うドフラミンゴの手のひらは、その実体を捉えた。
    「フフフフッ……!お前らここの奴隷共をどうするつもりだ」
    「それは本人が決める事だ」
    竜の爪を模した手のひらがドフラミンゴの"核"を狙う。
    逃げ切れなかった頬に一線の傷が走り、その頬に赤い血が流れた。
    「この海での十年は驚くほど長い。既に故郷が滅亡している人間も多い。戻ってもまた、餓死に怯え、明日の生命を憂う日々だ。……奴ら、後悔するだろうぜ。住む場所と、仕事がある遊郭は良かったとなァ……!」
    「それでも……」
    その瞬間、その目に宿る赤い炎を、ドフラミンゴは怒りにも似た激情で見る。
    その体を動かす動力は、憎悪か、痛みか、恐れか。そのどれとも違うその光が、ドフラミンゴは嫌いだった。

    「それでも、自分で選ぶその瞬間を、おれ達は護る」

    その瞬間、爆発的に肥大した炎がドフラミンゴの体を飲み込む。
    襖を突き破り吹き飛ばされた先で、自分の皮膚が焼ける音を聞いた。
    (……ああ、忌々しい。おれに、)
    従わない人間は、全て敗者の筈だ。
    この体を流れる高貴な血液。それを、呆気なく手放した"人間"の父親。泣き叫ぶ弟と硝煙の匂い。迫害と拒絶。
    そもそも、勝算をもって楯突く若造が目の前に立ちはだかっているという事実が既に耐え難い。
    「ハァ……ケホッ……フフフフッ……!"立場"としちゃァ、やり合うのはマズいんだが、まァ、良い。このおれが、殺しちゃならねェ人間なんぞ、この世には居ない」
    ひび割れたサングラスのせいで視界が悪い。それ以上に、頭が痛くて朦朧とする。
    ゆっくりと、膝を立て立ち上がるドフラミンゴの巨体を見上げたサボの腕を、真っ赤な炎が覆った。
    それを受けるように、ドフラミンゴの手のひらが上がる。
    「おれの指は竜の爪!!嵩取る権力を引き裂く為の"爪"だ!!!」
    「フフフフッ……!血を恨め……!お前らはただ、操られるだけの存在だ……!」
    この海では、生まれた場所が全てだ。
    この青年を殺せば、多少世界は傾くが、それすらも、ドフラミンゴには握り潰せる"血"が流れている。
    そもそも、この遊郭に息づく全ての生命は、この男にとって無価値も同然。
    ただ、ドフラミンゴにとって"無価値"ではない青年に、選ばせたかっただけだ。
    (……ロー、お前は、)
    この場の全てを破壊し尽くしたら、彼は、
    (おれを、)
    畏怖したあの日の弟と、同じ目を、するのだろうか。
    その可能性を認識してもなお、収まることを知らないこの激情と、長い間折り合いが付かないのだ。
    (……もう、いい。どうせ、)

    (どうせ、おれの隣は……空席のままだ)

    炎とぶつかる数秒前。
    僅かなその隙間に割り込む黒い影を視認して、ドフラミンゴの瞳が大きく開いた。
    振りかぶる、覇気を纏った赤黒い"竹竿"。
    空を切って振り抜かれた先で、炎の中の青年にぶち当たる。
    「すまない、ドフィ」
    見慣れた坊主頭がこちらを向いて、いつも通り、取り繕った紳士面を見せた。

    「屋敷が広くてな……遅くなった」

    唐突に割り込んだ黒い影の正体。
    G-5"基地長"ヴェルゴは、凶暴な犬歯を覗かせ少しだけ、笑っていた。

    ******

    「ドフィ!怪我は……してるな!大丈夫か?!」
    「ハァー……ハァー……何故ここにいる」
    サボを吹き飛ばしたヴェルゴが炎の中で立ち上がったのと同時に、背後から弟の声がする。
    海軍本部の任務で動いていないドフラミンゴの元に、現れる筈の無い男が二人顔を見せたことに、ドフラミンゴは掠れる声で言った。
    「サカズキさんからドフィを迎えに行けって言われたんだ。ローも来てる!」
    「そうか」
    未だパチパチと爆ぜる木の燃える音と、耳鳴りのような金属音が煩い。
    それを振り払うように頭を振ったドフラミンゴの顔を、ロシナンテが心配そうに覗き込んでいた。
    「ドフィ、革命軍とはやり合うな。帰るぞ」
    分かりきった事を言うロシナンテの顔を眺め、ドフラミンゴは長く息を吐く。
    元帥殿が何故この二人を寄越したのか、その真意は考えたって分からないのだろう。
    「……言われなくても分かっている。アァ、だが、"一つだけ"」
    どの口が、と自分でも思うが、そんな事は言わなければバレやしないのだ。
    革命軍の気に入らない青二才が、吹き飛ばされた先でゆっくりと立ち上がるのを後目に、ドフラミンゴは手のひらを懐に滑り込ませた。

    「お前は生きて、この館を出られない」

    ずっと、床の上で蹲り戦況を眺めていた国王に抜いた引き金を向け、ドフラミンゴはその小さな男を見下ろす。
    皆殺しに怖気づいたか、気に入った遊女でもいたか。理由など知らないが、この遊郭の新オーナーが革命軍側に伝わっていたという事実が、この男の裏切りを決定付けていた。
    「ドフィ……!ちょっと待て!」
    事情も知らないロシナンテが、ドフラミンゴと国王の間に割り込んだ。
    こういう時に、ヴェルゴが何も言わないのは分かっている。
    「わ……私は……、」
    「フフフフッ……!オイオイ、口を開くなよ蝙蝠野郎。お前が革命軍側についてどうするつもりだったかなんざ、おれには興味が無ェんだ。ただ、おれは、裏切り者を許しやしねェのさ」
    「……ドフィ!」
    ドフラミンゴの前に立ちはだかるロシナンテは、咎めるように声を上げた。
    その瞳の中に見えるのは、三十年前と何も変わらない"畏怖"。
    (お前の、)
    その眼球の色を確かめるように、ドフラミンゴの手のひらがロシナンテの頬に触れた。
    目が合った事に、僅かに安堵したロシナンテの顔を眺めた瞬間、ドフラミンゴの手のひらがその頭を引き寄せて自分の胸板に押し付ける。
    空いた手のひらで握る小銃を国王に向け、撃鉄を上げた。
    「ドフィ……!待て!お前、」
    ドフラミンゴの胸を押し返す手のひらを、抑え込むように強く抱き締め引き金に指を掛ける。
    (……お前の目を見ていると)
    安堵するのだ。
    (おれは、"まだ"、)

    人間には成り下がっていない。

    ゆっくりと力を込めた指先が、その引き金を引き切る刹那。

    「"ROOM"」

    聞き覚えのある声と共に、半透明のドームが広がり小銃が消え、ドフラミンゴの指先が思い切り空振った。
    入れ替わるように現れたローは、ドフラミンゴの肩に舞い降りる。
    「何してんだ。おれにもコラさんを抱きしめさせろ」
    「……ロー。なぜ毎回おれの上に登場するんだ」
    「楽しいから」
    「あ!!ルフィの友達!!」
    「友達じゃねェよ!!!!!」
    起き上がったサボがローの登場に嬉しそうな声を上げた。
    以前、この青年の弟と成り行きで共闘してから、何故か兄弟ぐるみで懐かれている。
    お決まりのやり取りの後、仕切り直すようにため息を吐いたローは手のひらを広げた。
    「革命軍……悪いがお前らはこの遊郭から手を引いてくれ。これは……"当事者"がカタを付ける問題だ」
    「……?」
    解せない顔を見せたサボに、ローは珍しく含みのない笑みを見せる。
    両者の視線がぶつかる瞬間、ローは帽子を深く被り、その眼球を隠した。

    「おれは医者だ。あの国の病が、誰かを蝕むのなら……治療ぐらいしてやるよ」

    台詞の直後、サボの姿が忽然と消え、代わりのように小石が板張りの床に跳ねる。
    敵対勢力の消えた廊下に、太い柱が燃え落ちた。
    「……一応聞こうか、ロー。お前、何をしに来た」
    一連の流れを見守っていたドフラミンゴは、やがて、ゆっくり口を開く。
    その呼びかけに、振り返ったその青年は、いつも通りの生意気な顔を見せた。

    「あんたの行動の……意義を問いに来た」

    ******

    「何故あの島に海兵を派遣した」
    「あの遊郭の後始末は世界政府側の役目だった」
    「そもそも今回の掃討作戦は、国王からの依頼だ」

    ああ、どいつも、こいつも、全員一体、誰の傀儡だ。
    "聖地"マリージョア。"権力の間"。
    この場に鎮座する五人の老人さえも、誰かに操られているようにサカズキの目には映る。
    呼び出しを食らう前に現れたサカズキに、五老星は恨み節紛いの台詞を吐いた。
    「遊郭は……あんたらの思惑通り"空っぽ"。遊郭の元従業員は海軍本部がケツを持ちますけェ。文句はありゃァせん筈じゃ」
    昨日未明、大火傷を負ったドフラミンゴを抱え海軍本部に戻ってきたローに、軍艦使用の許可を出した。
    あの遊郭の元従業員達は、島内の街に住む者、故郷へ帰る者、別の島へ移住する者に別れ、その全てを海軍本部が面倒を見る事に決めた。
    文字通り空っぽの遊郭は、今後従業員が投入され、"政府公認"の名を持って再オープンする筈である。
    「今回の貴様の介入の罪は重いぞ……一介の海兵風情が……」
    「革命軍が上陸している島に、海軍本部の大将が鉢合わせちゃァ、最悪総力戦に発展する恐れがある。部下を迎えに行かせるいうんは……そがな不可解ですかいのう」
    「口ばかり達者になりおって……貴様もあの男の傀儡に成り果てたな……サカズキよ」
    五老星達の苦々しい顔を順繰りに眺め、サカズキは葉巻の煙を盛大に吐き出した。
    加担したつもりはない。あの男に、迎合した訳でもなかった。
    ただ、今回は同じものさしを持っていただけのこと。
    「あの男の傀儡など……わしがならんでも腐る程おる。あの男は……」
    目の前の彼らと、自分の正義の価値観は違う。
    そうだとしても、"追い出した"、違う正義の形がある以上、自分の正義を曲げることは"もう"できないのだ。

    「あの男は、わしが天命に意義を問う、その為の駒ですけェ……!」

    Epilogue******

    「ドフラミンゴ"さん"。遊郭の元従業員の帰還ルートを考えた。見てくれ」
    「……何だ。どうした。何か悩み事でもあるのか」
    「ねぇよ」
    遊郭から戻り、一週間。
    大火傷を負ったドフラミンゴは、点滴を付けながら職務に戻りロシナンテとローを大いにドン引きさせた。
    そんな、平和とも見紛う昼下り。
    海図を持って現れたローの口ぶりに、ドフラミンゴは気味悪そうな顔を向けた。
    「サカズキ元帥に感謝の意思を示してるだけだ。来週からは通常通りに戻る」
    「……そうか」
    解せない顔のまま、それでも深く追求しなかったのは、明らかに、"元帥"の名が出たからである。
    その後、追求の場が用意されると思っていたが、"聖地"からドフラミンゴへコンタクトは未だ無い。
    まさか、サカズキが手を回すなど、そんな天変地異紛いの事象が起こるとは思いもしなかったドフラミンゴは、若干の恐怖を感じ、しばらく彼の回りには近づいていなかった。
    「……回りくどいんだよ」
    「ああ?」
    海図をデスクに広げ、ルートを確認していたドフラミンゴは意図の読めない台詞を聞き返す。
    デスクに腰掛けたローは、抱えた大刀の柄に顎を乗せて、ドフラミンゴを眺めていた。
    「してほしい事があるなら口で言え。おれが気が付かなかったらどうするつもりだったんだ」
    「フフフフッ……!そうなりゃァそれが運命だろう」
    「今後はお前の思い通りには動かねーぞ」
    「ああ、"意義を問う"んだったな」
    彼が、決めたその立ち位置を、ドフラミンゴは何だって、受け入れる筈だった。
    ただ、予想外の場所に立ったローのその真意を見極めるのはまだ先である。

    「ああ。おれと、お前の正義の見え方は違う」

    その隣の空席に、彼が座るかどうかは、どうやらドフラミンゴの意思が介在しない場所で決まるらしい。
    それでも、悪い気がしないのは、身内に甘い、この男の悪癖か。
    ただ、早急に埋めなければならない席でも無いと、今は、そう思うのだった。
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